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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
80. 米長の欺瞞
2004年11月2日


 「反ひのきみネット」MLでは、天皇の発言についての議論がまだ盛んなに行われている。
 私は米長がどう始末つけるのか、という関心から、米長のホームページを覗いてみた。
 「さわやか日記」というページの10月29日の記録では園遊会での天皇とのやり取りを 次のように書いている。

 『園遊会 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月29日(金)16時57分9秒
10月28日は園遊会。雲ひとつない久し振りの日本晴でした。
父親の形見の紋付で出掛けました。
全く思いもよらず、天皇皇后両陛下からお声をかけていただきました。
さすがに緊張します。
将棋のことをお話ししました。
「現役はやめました。将棋盤を挟んで親子が楽しんでいる家族は幸せだと思います。 将棋の普及に務めております。陛下のお正月の昭和天皇と皇太子殿下とご一緒の写真は 大切な我が家の宝でございます」
「あの、もう随分前のことになります」
「教育委員として本当にご苦労さまです」
「はい。一生懸命頑張っております」
しばらくして隣の妻にもお声をかけて下さいました。
「ご苦労は大変なものでしょうね」
妻はその後は全くなにも覚えてはいない由です。
皇后陛下からは日本の文化、特に音楽についてのお話をさせていただきました。
又、養護学校についても心豊かな子どもの教育が大事と教えられました。』


 これで全部。もっとも大事なやり取りには全く触れていない。どうやら知らぬ顔の半兵衛を決め込む ようだ。「さわやか日記」どころか「ずる日記」である。

 米長の記録によると、皇后の「素晴らしいお言葉」は養護学校の教育についてだった。
 皇后は障害者などの施設をよく慰問する。「平和を愛し、お優しい」皇室のイメージ作り の一つであるが、皇后自身がハンディを持った人たちに本当に関心を持っているのかもしれない。
 将棋の米長相手に養護学校の話が出でくるのはいかにも唐突だ。やはり米長が都教委員を務めていること に関連しての話題ではないか。これは勘繰りすぎかもしれないが、都教委の養護学校いじめの 様子も天皇・皇后の関心事で、耳目に入っているのかもしれない。

 10月30日の日記はなく(お出かけのようでした)、次は10月31日の日記。

 『掲示板 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時28分32秒
土曜日に帰京しました。
掲示板への多くの書き込み有難うございます。
読みきれないくらいありました。
感動しました。感激しました。
陛下をご尊敬申し上げている人達のなんと多いことか。
お言葉の深さを本当に肝に汲みいるように受けとめている。
数々の書き込みを拝見して、心がひとつであるという氣が致しました。
胸を打つ書き込みが多く、重ねてお礼申し上げます。

陛下のお言葉には閣僚が相次ぎコメント。文部科学省は「強制ということではなく、 喜んで自発的に掲揚したりするありさまが好ましいということをお述べになったので はないかと考えている」と述べた。
私は都の教育委員として、残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチし たいと思います。』


 自分が天皇の政治利用という憲法違反をやらかしたという意識は皆無だ。
 米長を感動・感激させた「胸を打つ書き込み」を読みたいものと、「掲示板」の ページで探したが、ない。次いで「放談室」というページを覗いたら、次の記事を発見。

『HP更新 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時29分49秒
たくさんのご意見承りました。
これからHPを更新します。
更新したHPと日記を是非ご覧下さい。私の意見を書かせて頂きました。
この後は園遊会と陛下のお言葉についての意見は堅くお断りいたします。』


 なんと、折角のたくさんの「胸を打つ書き込み」を削除して、もう「胸を打つ書き込み」 はいらないと言っている。遠慮深く慎ましいお方だ。

 そこでまた「ずる日記」に戻った。

『非凡なる教育者と国旗 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時27分47秒
金曜日は富山県上平(かみたいら)村で仕事。これは本日更新のHP「まじめな私」 をお読み下さい。
教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見を述べました。』


 忙しいお人だ。引用した3つの文章のアップロード時刻はそれぞれ14:28:32、14:29:49、14:27:47。 相当急いでたのだな。

 私も忙しい。次は「まじめな私」にアクセス。
 かなり長いので「教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見」の部分だけを抜書きする。

『教育と国旗
 「米長先生、東京では卒業式に国旗を掲揚しない学校があるんですか」
「富山県では小中学校全校掲揚している筈です。国歌を斉唱しない?えっ、起立しない人がいる?」
「あ、そういえば以前起立しない教師が居ましたが、いつでしたか退職しました」
 帰路は富山市へ立ち寄る。どうも私の話は全くかみ合いません。
 そうか、東京を変えて日本を変える。これが間違いだったのか。心の東京革命は、 先ず首都東京を改革してから全国発信しようという意氣込みなのです。
 文部科学省よりも先に進み、全国へ波及させる。井の中の蛙とはこのことか。日本には 健全の自然と人間が共生している地方があるのをすっかり忘れておりました。驕っておりました。
 東京を変えることは、発信ではなく着信だったのか。東京こそ変らなければならなかったのか。
むしろ東京さえ変れば良いと言い切ってしまおう。
(中略)
 都教委の職務を全うして後任へとつなげてゆきたい。』


 どこに「教育の原点」についての意見ががあるの?お目にかかりたかったのに「非凡なる教育者」 も見つからない。
 どだいこの人にまともな教育論などあろうはずがない。まったく「ふまじめな私」だ。
 ぜんたい、粉飾と慇懃無礼にへりくだった美辞麗句だらけの気持ち悪い文章だ。

 それに、おいおいだいじょうぶかい?
 「東京を変えて日本を変える。心の東京革命は、先ず首都東京を改革してから全国発信しよう」というのは 親分石原が立てた方針でしょう。老婆心ながら、「これが間違いだったのか。」なんて勝手に判断して 親分の逆鱗に触れるよ。

 今回の不始末で詰め腹を切らされるのか、自分からの申し出たのか知らないが、ここへきて
「残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチ」
「職務を全うして後任へとつなげてゆきたい」
と辞任を示唆するような文が二度も出てくる。ほんとに辞めるとありがたいのだが、まあ後釜も 同じようなバカが座るわけで石原が辞めない限り、同じか。それに、抜け目のない石原のこと、詰め腹 を切らせる場合とこのまま居座らせる場合と、どちらがダメージが大きいか、世論の動向を窺いながら、 思案中だろう。

 直接会ったのか、電話で行なったのか分からないが、米長は石原と少なくとこの苦境をどのように 切り抜けようかぐらいの善後策は講じのだろう。

 今日の朝日新聞朝刊「石原知事発言録」の一節
 「政治家のコメントも出てるようだけど、私は中山君、文部(科学)大臣の言っているのはご く妥当で、ちょっと法務大臣はピントがずれているんじゃないのかね」

 米長が援護射撃と判断して飛びついたのも文部科学大臣の発言。

 なるほど、その線で沈静化をはかろうと言うのかねえ。

 だいぶ長くなったが、石原の詭弁・強弁(上記発言の続き)に一言いわずに済ますわけには 行かない。

『(都教委の方針は)これは強制じゃないんですよ。これは要するに国が決めたことをだね、 公務員としてですね、義務として行うか行わないかの問題であってね。一般的に強制する、 しないの問題とはこれまた違う。そこは今後混同しないでもらいたい。』

 スパイを派遣して監視させ、処分をして、どうして「強制じゃない」などとほざけるのか。 文学者が聞いてあきれる。お前は日本語の破壊者だ。

 おまえが日本国憲法をどんなに憎悪していてもそれはお前の勝手だが、おまえはその憲法の 下で選挙された知事なのだ。その憲法を無視すればその職を失う身分なのだ。
 自らは憲法を認めぬと公言していて、教職員に国が決めて事を行う義務があると、よく言えたもんだ。
 だいたいおまえたちが出した通達は、最高法規の憲法と、国の教育の基本的あり方を決めた 教育基本法との両方に違反している。国民には憲法違反の通達などに服従する義務など全くない。 その通達に屈服させようというのは強制以外の何ものでもない。

 『仮に通達と法律とが矛盾しあうならば、法律に従うべきであり、法律と憲法が矛盾し ている時は、憲法に従うべきであるというのが私の行政官としての判断 である。』(都知事を務め ていたときの美濃部亮吉氏の言葉)

 美濃部亮吉氏の爪のあかでも煎じて飲んでおけ。
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