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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。

  「移設反対運動」(2)

   前回、4月18日付けの東京新聞の【こちら特報部】が取り上げていた「辺野古問題の記事【コロナ禍で辺野古移設反対運動は】(以後【移設反対運動】と略記します。)を転載しておくことにして、取り合えずその記事の【前き】と【デスクメモ】を転載しておきました。
        今回から、その記事の本文を転載していくことになりますが、その記事の扱いについて追記をしておきます。

《追記》
        4月22日付けの東京新聞に、しばく途絶えていた「辺野古問題」の記事が4篇も掲載されました。「社会」面と「核心」欄と「社説」と二十三面に掲載されたもので、それぞれ内容が充実している長い記事です。これらの記事も【コロナ禍で】の後に転載しておきたくなりました。
ということで「辺野古問題」を独立したカテゴリにして、連載を続けることにしました。
     と、ここまで考えていたら、なんと昨年9月に「辺野古問題」というカテゴリで記事を掲載していることに築きました。
     つまり今回からの記事はそのカテゴリの追加記事ということになります。

   それでは【移設反対運動】の本文の転載を始めます。

《【移設反対運動】の本文 一》

抗議苦渋の中断

「命落としてはならない」

   「わたしたちは命を守るために基地建設に反対しているのに、その運動の中で命を落とすようなことがあってはならない。休止は苦渋の決断でした」。
   「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」共同代表の一人で元那覇市議の高里鈴代さん(八〇)は、米軍キャンプ・シュワプのゲート前などで続けてきた抗議行動を一時休止すると決めた経緯を語り始めた。

  沖縄県内の新型コロナウイルス感染者は、二月十四日に県内一例目が発生。三月下旬には米軍嘉手納基地で二人の米兵の感染者が出て、反対運動の関係者は感染対策に頭を痛めていた。

  キャンプ・シュワブゲート前での抗議行動は、工事用土砂などを積んだ大型トラックが基地内に入るののを少しでも遅らせるため、ゲート前に人々が座り込む。

座り込み高齢者多く接触も

    肩を擦り合わせて座る人々を機動隊が強引に排除するため、接触が避けられない。感染者がいれば濃厚接触になる。座り込み参加者には高齢者も多い。感染リスクは抗議行動の側だけでなく、その場に立つ警備員たちの側にもある。

  このため抗議行動の現堤では四月十日、すべての参加者がマスクを着用し、一人一人が距離を保つことたどをルールとした「指針」が申し合わされた。機動隊による強制排除も避けるため、ゲートの前に座り込んで工事中止を訴えると、自主的に現場を離れて反対側の歩道からシュプレヒコールする方法に変えた。

  コロナ禍の影響で県外からの活動参加者は減り、毎月行っていた二千人規模の抗議行動は三月以降はできていない。それでも抗議行動は続ける予定だったが、地元の名護市で十二日に同市初の感染者が出て事態は一変。高里さんらオール沖縄会議は十三日、地元選出の国会議員でつくる「うりずんの会」と連名で、沖纏防衛局に即時の工事停止を要請した。だが、防衛局は「停止は考えていない」とにべもなく、「今はこれ以上座り込みなどは続けられない」と判断。五月六日まで行動の一時休止を決めた。

  ゲート前での抗議行動は二〇一四年の開始以来、二千百日を超えた。「工事が続いているのに休止するのは初めて。本当に悔しい」と高里さん。関係者の間でも「工事は止まっていないのになぜ休むのか」などと異論があった。このため、高里さんらは全面的に行動を休まず、ゲート前などでは毎日、責任者が工事の監視を続けるという。

  それでも、現場が心配で足を運んで抗議を続ける人がいる。那覇市から週二回は抗議に通う元大学教員の屋富祖(やふそ)昌子さん(七七)もその一人だ。十五日は土砂の積み出しが行われる名護市安和の琉球セメント桟橋で抗議した。「座り込みを排除しようとする機動隊は、抗議する私たちには、命にかかわることなのに感染リスクなどお構いなしに接近する。工事を中止してくれれば、私たちも抗議に出掛けなくてすむ」と訴える。

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