2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
【凡庸な悪】
《「凡庸な悪」という恐怖》(1)
前回の「前書き」で
『今、私の念頭に長い連載になりそうなテーマが一つ巣食っているのですが、それは次回から取り上げることにして、』
と書きましたが、私の念頭に巣食っていたテーマは「凡庸な悪」でした。今回からこのテーマを新たな表題とした連載を始めることにしました。
「凡庸な悪」という問題はこのブログを始めた当初から関心を持っていた問題で、既に度々その問題を取り上げています。まず、最初にこの問題を取り上げたのは2007年でしたが、その当初の記事を2016年1月1日に纏めて掲載ましたが、ここでは、再度「凡庸な悪」をテーマにするので、そのテーマの問題点を明らかにしておくことを目的として、2007年に書いた「凡庸な悪」の記事をいくらか書き換えながら転載することから始めることにします。
【2007年2月7日の記事】
「凡庸な悪」は戦時のような極限でだけ生まれるわけではない。
(その例として、悪辣な都の教育行政に圧迫されている教育現場の現状を取り上げていますが、ここでは割愛します。)
「職位上の義務」だけでなく「一般的な義務」にまで「義務」を敷衍したとき、義務の履行を「言い訳」とする「凡庸な悪」は私(たち)も日常的に共有している「悪」ではないか。私は自らの人生を省みて内心忸怩たる思いを禁じえない。
(次回に続きます。)
《「凡庸な悪」という恐怖》(1)
《「凡庸な悪」という恐怖》(1) は1月18日に掲載したのですが、私が誤って消去してしまったようです。順序が逆になってしまいますが、 1月22日付で再掲載することにしました。面倒なことになり、ごめんなさい。
前回の「前書き」で
『今、私の念頭に長い連載になりそうなテーマが一つ巣食っているのですが、それは次回から取り上げることにして、』
と書きましたが、私の念頭に巣食っていたテーマは「凡庸な悪」でした。今回からこのテーマを新たな表題とした連載を始めることにしました。
「凡庸な悪」という問題はこのブログを始めた当初から関心を持っていた問題で、既に度々その問題を取り上げています。まず、最初にこの問題を取り上げたのは2007年でしたが、その当初の記事を2016年1月1日に纏めて掲載ましたが、ここでは、再度「凡庸な悪」をテーマにするので、そのテーマの問題点を明らかにしておくことを目的として、2007年に書いた「凡庸な悪」の記事をいくらか書き換えながら転載することから始めることにします。
【2007年2月7日の記事】
「凡庸な悪」は戦時のような極限でだけ生まれるわけではない。
(その例として、悪辣な都の教育行政に圧迫されている教育現場の現状を取り上げていますが、ここでは割愛します。)
「職位上の義務」だけでなく「一般的な義務」にまで「義務」を敷衍したとき、義務の履行を「言い訳」とする「凡庸な悪」は私(たち)も日常的に共有している「悪」ではないか。私は自らの人生を省みて内心忸怩たる思いを禁じえない。
(次回に続きます。)
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