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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
【凡庸な悪】

《「凡庸な悪」という恐怖》(2)

【 2007年2月8日の記事】
「凡庸な悪」について(2)

   『澤藤統一郎の憲法日記』から二つの記事を転載させていただきます。

   一つは1月31日に行われた「君が代不起立ゆえに嘱託再雇用を不合格となった原告の損害賠償請求事件」の証人尋問の報告記事「課長も校長もロボットだ。」です。証人は都教育庁の人事部選考課長と都立高校の校長です・。

 この報告記事の中で澤藤さんは次のように感想を述べておられます。
   課長も校長も実に情けない。信念に基づいてやっているわけはないのだから。上に迎合する証言を、あたかも自分の意思のごとくにしゃべらせられる気の毒な人たち。
   とは言え、教職員や生徒の犠牲で保身をはかる人々でもある。遠慮してはおられない。

 そして、それに先立って、1月7日の記事「都教委幹部の個人責任追及を」で、『まだ個人的な見解』と断っていますが、次のような提言をしています。
 都教委は、「控訴によって9・21判決は確定を阻まれている。だから、これまでの方針を変更する必要はない。「10・23通達」は変更しないし、校長の職務命令もこれまでと同様に出してもらう」と言っている。

 しかし、そんな形式論で片づく事態ではない。
 行政裁量を幅広く認めて、望ましからぬ行政行為にも目をつぶっているのが今の裁判所である。その裁判所が、「10・23通達」とその指導には憲法上到底看過できないとした。起立・斉唱を命じる校長の職務命令に対しては、「重大かつ明白な瑕疵あり」と断じた。この重みを受けとめていただきたい。

 上級審の判断を仰ぎたいということでの控訴あっても、少なくとも、「重大かつ明白な瑕疵あり」とされた職務命令を強要したり、違憲違法とされた処分を強行するような乱暴なことは控えなければならない。それが行政のあるべき姿勢だし、道義であり社会常識でもある。

 9・21判決が上級審でも支持される確率は限りなく高い。控訴棄却となり、あるいは上告棄却となって確定したとき、誰がどう責任をとるのか。

  9・21判決の前後で決定的に異なるのは、担当者の個人責任である。この判決の以前には、客観的なには違憲・違法な公権力行使であっても、「主観的には違憲違法とは考えなかった」という弁解が通る余地はありえた。「教職員側の弁護団の指摘はあったが、横山教育長や都教委の法務関係者の意見を信用した。違憲違法なことをしているとの認識はなかった」と言って通るかも知れない。

 しかし、9・21判決が、あれだけ明確に違憲違法を言ったあとには、その弁明はもはや通らない。国賠法上、公務員は故意または重過失ない限り、個人としての責任は問われないが、逆に故意または重過失あれば個人として責任を問われることになる。東京地裁が判決という形で明確にした警告を無視して、敢えて処分を重ねた者の個人責任は、厳重に問われなければならない。

 石原慎太郎知事・木村孟教育委員長・中島正彦教育長・米長邦雄等教育委員、人事局長・職員課長までの個人責任は当然である。この点は、校長も同じことである。東京都教育委員会・東京都教育庁は、「個人責任を覚悟のうえで職務命令を出せ」と校長に言えるのか。

 権力を持つ者が、違法に権力を行使すれば影響は大きい。当然に責任も大きいのだ。自己保身のためにも、判決を尊重して、上級審判決あるまでは、乱暴なことは差し控えるべきだという警告に耳を傾けなければならない。

 われわれは、「10・23通達」とその強制によって生じた被害についての公務員の個人責任を徹底して追及する。そのことが無責任な知事や都教委幹部・校長らの行為によって違憲違法な教育行政がまかり通ることを予防する監督機能を果たすであろうから。具体的には、国家賠償請求に公務員個人も被告として加えることを検討する。確定判決後には東京都が支払った損害賠償ならびに、「10・23通達」関連で支出された諸経費について、東京都が知事・教育委員会委員長・教育長外の責任ある公務員個人への求償をなすべく、監査請求をし、住民訴訟を提起することを検討する。

 このことを事前に警告し、本気で追求しようではないか。

 9・21難波判決は都職員や校長にとって、その「凡庸の罪」を反省し、その罪過を重ねぬために自立した言動をなすための格好の根拠であり機会だと思うのですが、彼らにはそのような発想はないようです。「凡庸」の「凡庸」たる所以です。

 かれらの「個人責任をも追及する」という澤藤さんの提言に賛成します。これは法的措置としてばかりではなく、教育現場で苦闘している教員にとって、さまざまな不条理な攻撃をはねかえすための理論的根拠としても有効ではないでしょうか。

(追記 2016年12月9日)
 この画期的な難波判決は都教委が控訴し、東京高裁ではオソマツ判決で原告側敗訴。原告側が控訴し、最高裁でも原告側敗訴となる。『予防訴訟の記録』から「最高裁判決のまとめ」を転載しておこう。
 最高裁は、訴え自体を門前払いにした高裁の判断は間違っているとして、差止訴訟及び当事者訴訟としての義務不存在確認訴訟を適法としました。しかし、違憲・違法の主張は認められず、懲戒処分の差止や義務不存在の確認を求める訴えは認められませんでした。



《「凡庸な悪」という恐怖》(1) は1月18日に掲載したのですが、私が誤って消去してしまったようです。順序が逆になってしまいますが、 1月22日付で再掲載することにしました。面倒なことになり、ごめんなさい。
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