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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題3

「嫌韓嫌中」問題」(1)

   前々回の最後で、『いずれ「嫌韓嫌中」問題取り上げようと思っています。』と書きましたが、今回からその問題を取り上げることにします。
   まず、私がそのように思うことになった切っ掛けの記事の最後の部分を再掲載しておきます。


   私は「ネットウヨ」と呼ばれている人たちはほとんど若者と思っていたので、上の文中の「高齢者が多いネット右翼、そのシンパたちとも重なる部分が多いとされる。」を読んで、そんなに多くの愚民(高齢者)がいるのだと、びっくりした。たぶんこうした人たちがアベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権を強く支持しているのだろう、とも思った。
   また、山口智美准教授の次の指摘には全面的に同意した。


   「慰安婦問題などの歴史修正主義や排外主義のおおもとは、日本会議などの運動の中から培われたもの」としているが、このような保守的思想は、「嫌韓嫌中」といった外国人排斥につながっていくケースも多い。

さて、「嫌韓嫌中」問題に関連した記事が東京新聞の9月12日~9月15日の朝刊に続けて掲載されていました。これを切り抜いて保存していましたので、これらの記事を日付順に転載していくことにしました。
  まず12日の記事ですが、『こちら特報部』の「話題の発掘」欄に「編集局南端日誌」として【席巻する「嫌韓」の煽り】という表題で掲載されたものです。転載します。

席巻する「嫌韓」の煽り

侵略の歴史直視せよ

   「嫌韓」の煽りが政治、メディアを席巻している。感情を排し、理詰めで考えたい。

   問題の発端は徴用工問題である。昨年十月、韓国の最高裁は元徴用工らが新日鉄住金などに対して賠償を求める訴えを認めた。そこで賠償を支払えば、済んだ話だった。
   ところが、日本政府が払うなと介入した。一九六五年の日韓基本条約に伴う日韓請求権協定には、請求権が「完全かつ最終的に解決された」と規定されており、二重払いになるという理屈からだ。
   だが、国レベルではない個人請求権はこうした条約に縛られないという解釈がある。これは日本の外務省の見解でもある。実際、請求権放棄を記した日ソ共同宣言があっても、元シベリア抑留者は強制労働の補償をソ連側に請求できるとの主張に適用された。
  ただ、この個人請求権は消滅しないという考えには異論もあった。中国人の強制労働などに伴う西松建設事件で最高裁は二〇〇七年四月、元中国人労働者に判決で支払いを命じられないと判断した。でも判決には被害救済を日本企業に促す一文があり、西松建設は謝罪と和解に応じた。

  こうした経緯を考えれば、今回の政府の介入は異様である。だが、前提である日本の統治(植民地支配)を合法と解釈すれば、話が変わる。つまり一九〇五年の第二次日韓協約や一〇年の日韓併合について、日本の加害性を認めるか否かが問題の核心なのだ。
  日韓基本条約(六五年)はこの点を曖昧にした。日本側は戦前の統治を合法とし、支払いも経済協力などと位置づけたが、日本の過去の侵略に憤る韓国では屈辱外交だとして反対闘争が広がった。しかし、ベトナム戦争など折からの冷戦激化に伴う米l国の圧力で「反共の砦」である両国は条約を結んでしまう。

  だが、九一年のソ連崩壊で冷戦が終結して以降、世界各地で植民地支配や民族差別への清算が活発になる。九四年には南アフリカで人種隔離政策が廃止され、二〇〇八年にはイタリアがリビアに過去の植民地支配を謝罪し、補償を支払った。今回の徴用工訴訟もそうした流れにある。

  一九九八年の日韓パートナーシップ宣言では「植民地支配」「痛切な反省」が記されたが、戦前統治の合法性は問わなかった。難局は好機でもある。今回の問題を日韓基本条約を再考する機会と考えられないか。歴史修正主義に溺れれば、孤立化は避けられない。 (特報部長・田原牧)

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