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今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(33)

  本日(8月8日、木曜日)の東京新聞に久しぶりに「辺野古問題」を取り上げた記事が掲載されました。【姿消すジュゴン】と題された連載記事の上巻(「上-中-下」と続くようです)です。
  今回はこの上巻と最新の『辺野古・高江リポート』(8月6日掲載)を転載することにします。


姿消すジュゴン(上)

【美ら海の宝 どこえ】
  沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設に伴う辺野古新基地(名護市)を巡り、国の天然記念物で、絶滅危惧種でもあるジュゴンが辺野古沿岸部から姿を消して半年以上たった。
  辺野古沿岸部は、世界的にも貴重な生物多様性が残された宝の海。国の調査でも、絶滅危惧種二百六十二種を含む五千八百種の生物が確認されている。世界自然遺産に登録された北海道の知床や小笠原諸島(東京)に引けを取らない生物の宝庫だ。
 しかし、政府はその海を埋め立て、米軍新基地の建設を着々と進める。強固な日米同盟をアピールするための犠牲とも言える 。

  沖縄の人々の暮らしと密接につながり、沖縄戦でも翻弄されてきたジュゴンの歴史を通して、沖縄の自然の大切さを考える。 (この連鎖は山口哲人が担当します)

【乱獲、戦争…受難の歴史】
  日本で最近まで、存在が確認されていたジュゴンは沖縄本島周辺に生息する三頭のみ。うち一頭は今年三月、本島西海岸のの今帰仁(なきじん)村の漁港に死骸で漂着した。東海岸の名護市辺野古の近海で確認されていた二頭も、新基地建設が進むとともに周辺海域から消えた。

  ジュゴンは水温が二〇度以上の暖かい海に生息する体長二~三㍍の哺乳類だ。東南アジアやオセアニアからアフリカ東部沿岸にかけて分布し、日本では南西諸島が北限となる。その姿形から人魚のモデルとされ、沖縄では神や神の使いと崇拝されてきた。
  一方で、大型の個体で体重四〇〇㌔にも成長するため、古くからその肉が食用とされてきた。神の肉として不老長寿の効能があるとも信じられ、琉球王国時代には税として王朝に献上された。

  明治政府は一八七二(明治五)年、琉球王国を琉球藩とし、七九年には強行的に政府直轄とする「琉球処分」を行う。その後、農商務省が報告書をまとめた一八九〇年時点では、ジュゴンは「奄美(鹿児島県)以南ではまれではない」生き物だった。食用とし て捕獲されながらも、持続可能な個体数を維持していた。

  しかし、ジュゴンを取り巻くきょう状況は一変する。名護博物館(名護市)の紀要によれば、明治から大正時代初期に捕獲数が急増し、二十数年間で三百頭以上が捕獲された。乱獲で個体数が急減し、一九一六年には捕獲の記録も途絶え、ついにジュゴン領漁も廃止された。

  これに追い打ちを掛けたのが沖縄戦。米軍艦船が海を埋め尽くし、日本唯一の地上戦が展開されて島は焦土に。戦後の食糧難で人々は至る所に転がる不発弾から火薬を取り出してダイナマイトを作り、それを海に投じてジュゴンを捕り、命をつないでききた。

  ジュゴンの激減に危機感を覚えた米国統治下の琉球政府は五五年、ジュゴンを天然記念物に指定。その後も定置網にかかって混獲されるなど個体数の減少には歯止めがかからなかった。防衛省が辺野古新基地建設に向け、二〇〇七年から行う生息状況調査で確認された個体は、ついに三頭だけとなった。

『辺野古・高江リポート』

「世界中に勇気を与えている」

 【7月29日】
    沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部の埋め立て作業を継続。運搬船三隻が海上から搬入した土砂を台船へ移し替え、K8護岸やK9護岸へ陸揚げする作業が確認された。
  海上では建設に反対する市民らが抗議行動。カヌー十艇が浮具(フロート)を越えて抗讃した際、海上保安官に一時、拘束された。
  シュワブのゲートには朝、正午前後、午後の三回で計百九台の工事車両が入り、資材の撥入などが行われた。名護市安和の琉球セメント桟橋で大型車六百七十五台分、本部町の本部港塩川地区で百七十七台分の埋め立て用土砂が、運搬船に積み込まれた。

【30日】
    ドイツを拠点に国際的な軍備縮小を求める平和運動団体「国際平和ビューロー」(IPB)のライナー・ブラウン共同代表がシュワブのゲート前を訪問。「皆さんの行動は世界中に勇気を与えている」と座り込みの抗議をする市民らにエールを送った。
  IPBは約七十カ国の約三百組織で構成され、一九一〇年にノーベル平和賞を受賞している。ブラウン氏は今年メキシコで開催される「ノーベル平和賞受章者年次国際大会」で、歴代ノーベル平和賞受賞者に長崎、広島、沖縄への訪問を提案すると明かし「受賞者を沖縄に連れて来る。私が(県民に)できる小さな貢献だ」と語った。

【31日】
    名護市安和では午前七時ごろから、運搬船への土砂搬入作業が始まり、抗議する市民らがカヌー八艇で海上に移動。琉球セメントの搬入口でも、市民ら約三十人が「赤土を入れるな」と訴えた。

【8月3日】
    市民ら約八百人がゲート前に集まり、工事中止を訴えた。沖縄の基地や環境問題を調べるためにシンガポールから訪れたレイ・ウィーさん(二一)は「参加している人の背景に(沖縄戦の)歴史があると感じた」と話した。
           (琉球新報の記事を転載しています)

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