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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
天皇制問題(9)

天皇報道と記者たち(4)

  山口さんの論考の最終節の標題は「記者に残された課題」です。これを転載します。

記者に残された課題

  今回のⅩデー報道が日本のジャーナリズムに残した負の遺産はあまりにも大きい。私たち記者は、このⅩデー報道全体について、一人ひとりの体験に基づき、深く掘り下げて反省を重ねていかなければならない。本稿をしめくくるにあたって、今、記者につきつけられた課題を整理しておきたい。

 第一点は、
    天皇に対する無条件の敬語報道の問題である。天皇報道においてマスメディアは、戦前も戦後も.一貫して敬語を使っている。この敬語使用は、天皇を無条件に「尊敬すべき存在」とする前提に立ったもので、これに縛られている限り、記者はけっして客観的、批判的な報道をすることはできない。あの「崩御」報道は、日常的な敬語使用の延長線上で行なわれたものであり、「崩御」使用を阻止するためには、敬語報道そのものを問い直すしかなかった。

 第二点は、
    権威、権力に頼った〝客観報道″の弱点である。日本のマスメディアは〝日常の報道″で常に「客観、公正、中立」を標榜しながら、実際には、「○○によると」という形で、権威あるもの、すなわち警察や行政機関によりかかった報道に終始している。
    その悪しき典型が、無罪推定の法理を踏みにじる犯罪報道だが、天皇報道においてもそのパターンが適用され、結局、政府、警察などの見解が無批判に紙面の中心を占めてしまった。犯罪報道などにおいて権威に頼り権力に思考を内面化してしまう習慣を身につけてしまうと、記者が記事を書く際の拠り所は、市民の立場から権力の立場に知らずしらずのうちに移行してしまう。逮捕された者に対する一方的な犯人扱いの呼び捨てと、天皇への敬語使用は表裏一体である。
    天皇という日本社会でもっとも権威づけられている存在を対象とする報道であれば、なおさら権威に頼らず、市民の立場に立った記者自らの責任に基づく取材報道スタイルの確立は不可欠である。

 第三点は、
    ものごとの核心を見抜く洞察力と批判精神の衰退である。天皇の死を「歴史の転換」などという皮相かつ歪曲した視点からとらえるマスメディア幹部の論理に、数多くの記者が無批判に動かされ、断片的な情報をただ伝えるだけの「歯車の一部」にされたことを、ジャーナリストの原点に返って反省しなければならない。また、そうならないためには、記者はもっと視野を広げ、歴史に学ぶ姿勢を強めなければならない。

 第四点は、
    マスメディア内部の言論の自由の問題である。マスメディアは宮内庁を〝菊のカーテン″と呼ぶが、それ以前にメディア内部にもっと厚い菊のカーテンがある。天皇批判タブーである。そして、このタブーに挑む言動に対しては、メディア内部で厳しい統制が行なわれる。社内論議抜きのⅩデー予定稿とそれに基づく取材、報道の指示に、なぜもっと大きな議論が起きなかったのか。それは、異を唱えること自体に大きな勇気が求められるほどの社内における言論の自由の閉塞が大きな原因である。

 私たち記者は、今、目の前にこのような大きな課題を突きつけられている。今回の天皇Ⅹデー報道でマスメディアが「やってしまったこと」の意味を考えれば考えるほど、気分は重く、前途は暗く見える。もう一度、『マスコミ市民』特集号から、引用しよう。

〈仲のいい他社の記者とは「もう天ちゃん(天皇)が死んだらオレたちお互いに新聞記者っていうのはよそうな。戦前から戦中にかけ大本営発表で読者をだまくらかして戦場へ送り、戦後の憲法下で死んでいく天皇に、崩御などという戦前に逆行するような紙面づくりに加担したんじゃ、もう本来の記者とはいえないよ」と。こんな内容の会話を交わして別れたが、それがとうとう実現してしまった〉(「新元号を抜け」=内山健)。

 そのとおりだと思う。けれども、私たちは、そこに立ちどまっていてはならない。重い課題を真正面に見すえて、新聞記者として生きていく可能性を探っていきたい。

  さて、ここまでは山口さんの論考を転載させていただきました。この論考の末尾に次のように、その出典が付記されています。

 【「検証・天皇報道」(総合特集シリーズ44、法学セミナー増刊。日本評論社。1989年10月20日発行)より紙幅の都合上、約半分を掲載。数字表記などは原文通り。写真は新規。全文は小社サイトに掲載します。】

  つまり、この論考はほゞ30年前に書かれたものです。ここで問題にされていた皇室関係記事での敬語の使用状況は現在ではどうなっているでしょうか。

  『天皇報道と記者たち(1)』で私は「皇室関係の記事を読んでいて敬語だらけの文章に出会って辟易とすることが結構度々あります。」と書きましたが、このような事態が引き起こされた発端を、私は天皇明仁の生前退位の意向表明(2016年8月8日)だったと考えています。

  特集「天皇制」の中の宮下さんによる論考【敬語・敬称を抑制し、客観的な皇室報道に(副題『「開かれた皇室」へ そろそろ決断を』】はこの天皇の代替わり巡ってのジャーナリズムの動向をテーマにしています。以下、この論考を紹介することにします。


敬語・敬称を抑制し、客観的な皇室報道に
(まず、副題『「開かれた皇室」へ そろそろ決断を』について、次のように解説しています。)
   天皇の代替わりを控え、天皇や皇族に関する報道が増えている。
   皇室報道には敬語や敬称が付いて回る。
   それが記者たちの客観報道への姿勢を削ぎ、社会には皇室へのタブーを与える。
    「開かれた皇室」へ。記者たちはそろそろ決断が必要だ。

(本文の前書きは次の通りです)
   日本メディアはイギリス王室をよく取り上げる。ウィリアム王子夫妻に子どもが生まれたことを報じる記者やレポーターは楽だろう。外国王室に敬語を付ける必要はないからだ。
   一方日本の天皇・皇族を報じるとなると、それぞれの社の内規に従って敬語や敬称を使わないといけない。総理大臣にも使わない。来日した外国のトップにも使わないのに、だ。
   気が抜けない。その空気は社会に波及する。

  (以下、本文)
なぜ5月l日なのか

 現天皇が生前退位の意向を表明し、憲法問題(4条の国政関与禁止)を挟みながらも、政府が受け入れた。元号法で代替わりには新しい元号が付いてくる以上、新年に合わせて1月l日にすればよかったはずだった。しかし、宮内庁が「年末年始は宮中行事が多い」と反対の意向を示し、年度替わりの4月l日案は官邸側から「統一地方選とかぶる」と異論が出たという。結局、代替わり・新元号は5月1日からとなった。
 この間マスコミの報道は、というと、『朝日新開』が社説(2017年11月25日付)で「国民不在の議論」と批評した程度。中途半端な日付になることに批判的な報道は目に付かなかった。国民生活の不都合さに目を向けず、いったいどこを見ていたのだろうか。
 日本の天皇・皇族だけに付いて回る敬語も誰のために使っているのか、という疑問がわく。

-部に留まる敬語省略

 「天皇が日本を統治する」大日本帝国憲法下、軍部が専横し戦火を拡げて敗戦を迎えてまもない1947年、宮内庁と報道関係者は新憲法下「日本の象徴となった」皇室の報道について協議したようだ。
  「普通のことばの範囲内で最上級の敬語を使う」ことで合意し、天皇や皇族の述語には「れる・られる」などを活用することにした。
 しかし「れる・られる」を使っていては客観的な報道はできない。93年4月、現天皇が天皇として初めて沖縄を訪れたのを機に、地元紙『沖縄タイムズ(沖タイ)』は、述語の敬語を省くことを決めた。
 『朝日』も同年6月の皇太子と雅子さん結婚の報道から述語の敬語を省いた。翌94年4月からは『北海道新聞』も続いた。
 『毎日新聞』も『朝日』と同じ93年の9月ごろから敬語を基本省いた。ただ同紙の場合、「敬語を使うが、過剰にならないようにする」という内規のままだったようだ。例外記事も散見され、大阪本社は「参入」せず、西部本社も2012年ごろから敬語が復活。東京本社も14年ごろから基本、敬語1回は使うようになっている。

    全国の地方紙が加盟する共通通信も記事の最初の1回だけ敬語を入れる形だ。関連記事などでは敬語を一切使わないこともある。未成年の皇族には敬語を付けない。
 「沖タイ』『北海道』は、その共同配信記事に手を入れて、敬語を抜いている。
  雑誌では講談社の『フライデー』『週刊現代』がライターにもよるが、敬語を一切使わない記事を多く掲載している。読んでいてすっきりする。

  一方、『読売新聞』と『産経新聞』は一つの文章に1回、敬語を入れる。記事によってはたくさんの「れる・られる」が登場することになる。『産経』は体言止めにも「ご訪問」などと敬語が付く。
  NHKを含むテレビ各局は両紙と同じ対応をとっている。一方、女性週刊誌などは敬語のオンパレード。民放の情報番組でも時々、同じような状態だ。
  テレビが発する「れる・られる」の影響は大きい。ふだん皇室に関心がない若者でも、皇族のことを話すとなると「れる・られる」が口に出る。
  敬語は平成を最後に、とまでは言わない。せめて『毎日』や共同のように最初の1回だけで済ますという英断は望めないだろうか。

注目時に出る敬語

  述語の敬語を省いてる『朝日』『沖タイ』も、皇族の死亡時は「亡くなられた」と敬語にしている。人の死は注目される。そういうときこそ、客観報道に徹するべきなのだが、やはり、皇室敬語の空気の壁は厚い。「逝去」という敬語も使われる。
  「逝去された」「ご逝去」など、各社が戒めている二重敬語も散見される。
  現天皇が生前退位の意向を示し、注目を浴びた16年7月、共同通信は敬語を複数回使う記事も配信。『毎日』も敬語を多用した。

  天皇、皇族はよく地方を訪れる。地元にとっては注目事案。『朝日』でさえも、支局によっては敬語のオンパレードの記事を県版に出している。地元のテレビや地方紙、地域紙ではもっと顕著なこともある。

  これから迎える代替わりは、さらに注目事案だ。またぞろ敬語のオンパレードの新聞、テレビが増えるのではないか。記者たちの「内なる天皇制」意識が顔を出すかもしれない。注目時こそ、客観報道に徹する覚悟が必要だ。

「陛下」は必要か

  述語の敬語を省いている『朝日』を含め多くのメディアが「陛下」という敬称を多用している。意識してあまり使わないようにしているのは沖縄の『琉球新報』と『沖タイ』ぐらいか。

  『広辞苑』によると、「陛」は宮殿にのぼる階段。階段の下にいる近臣の取り次ぎを経て上聞に達するという意味らしい。
  「陛下の意味を知ったら、報道では使えないと思いました」と語るのは、元KBC九州朝日放送のアナウンサー、森部聰子(としこ)さん(80歳、福岡市)だ。
  昭和天皇が亡くなってまもない1989年4月、ラジオのニュース編成もしていた森部さんは、『朝日』から送られてきたラジオニュース用原稿に「天皇皇后両陛下」とあったのを「天皇と皇后」、「両陛下」を「お二人」と換えて、読んだらしい。放送直後、上司から詰問され、結局、定年まで閑職に追いやられる。
 今も市民活動に積極的な森部さんは機関誌「女たちの21世紀』で述べている。
   「敬語や敬称が必要というのは、社の上の人たちだけの考えですよ」ときっぱり。
   「天皇制を支えているのは、他ならぬマス・メディアではないでしょうか」とも、

        代替わりを控えて、報道の質と量が変わりつつある。
  昨年10月、「行幸啓」という言葉を「平成最後」として使う社が複数出た。従来、新聞・テレビの多くは、皇室独自用語として使用を控え、「旅行」「訪問」などと言い換えていたはずだった。
  同じ昨年10月の皇后84歳の誕生日では、『朝日』『毎日』『読売』各紙とも特集面を組んだ。
  12月の雅子妃55歳でも『毎日』『読売』は特集面をつくり、手記全文を載せた。

  「平成最後の」とか、新しい元号「最初の」という冠を付けた皇室報道があふれる結果、「開かれた皇室」が変容してしまわないか。マスコミ各社の自省と自制が求められる。

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