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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
天皇制問題(7)

天皇報道と記者たち(2)


 記者たちの意識

  京都新聞労組が昨年(1988年)10月24日から31日にかけて行った「天皇報道についての緊急アンケート」の結果を紹介する同労組の「新研ニュース」によると、Ⅹデー紙面で「崩御」の語を使うことについては、次のような答えだった。

① 敬語を使うにしても「ご死去」または「ご逝去」で十分=45.0%
② 天皇神格化につながるので反対すべき=22.8%
③ 出来れば使用しないにこしたことはないが、使わない訳にはいかないだろう=13.3%
④ 天皇報道は例外なので、使用回数を限定するなどの条件を付けるならやむを得ない=8.3%
⑤ 日本の伝統、国民感情を考えれば妥当=3.3%
⑥ 「皇室典範」に準じているので構わない=1.7%

    また、「マスコミの天皇報道は天皇の戦争責任をあいまいにし、覆い隠している」という批判に対する意見としては

① その通りだと思う=51.7%
② そういう面も少しある=21.8%
③ 戦争責任は微妙な問題なので一方的な判断はできない=14.3%
④ 批判は当たらない=2.7%

  このデータを見る限り、記者たちの天皇制に関する意識はほぼ現在の市民の意識と変わりはないかむしろ、より批判的でであるようにみえる。

  別の側面からみてみよう。「マスコミ市民」の「特集・『天皇』とマスコミ」は 《その時、報道現場の記者たちは……》と題して多くの記者たちの手記を掲載しているが、その中の
 「デスクの片隅から聞こえた拍手」(三浦道人)は、
   〈こんなに解放的な気分になったのは、ついぞなかった __ 私が、天皇逝去の報を聞いた直後に思った率直な感想だ〉
  と書くとともに、
   〈デスクの片隅で、誰かが“拍手”をしているのが聞こえた〉
   〈他社から聞いた話だが、「天皇逝去」の一報が入った乾門など皇居各門の“張り番記者”たちの間からは、歓声のような声が揚がったという〉
     と、他の記者たちの反応を記録している。
  これらの文章から伝わってくるのは、天皇の死を「解放感」、あるいは「歓声」「拍手」で迎えた記者たちの生身の姿である。少なくとも、1月7日夕刊の
   〈われわれはいま、深い悲しみと無量の感慨をもって天皇陛下の崩御を悼み、「昭和」の去りゆくのを見送る〉(朝日社説)
    などの記事は、こうした記者たちの率直な反応を覆い隠した〝作文〟にすぎないことは疑いえない。

決まっていた基本姿勢

  記者の天皇に対する意識がこのようなものであったにもかかわらず、実際の紙面、放送が、そこから大きくかけ離れたものになった第一の理由は、天皇死去の際のⅩデー紙面が、あらかじめメディアの少数の幹部の方針によって予定稿として作られていたこと、重体以降の一連の「自粛報道」「過剰容体報道」は、その予定稿の基本線に沿って展開されたこと、そしてそれらの報道に記者たちは問答無用の形で動員されていったことである。
  新聞社のⅩデー予定稿は各社ともに、遅くとも十年以上前から準備されていたと思われる。私の所属する社の場合は、1971年に社会部と整理部に数人の担当者が置かれ毎年一、二回、編集局幹部と基本方針を打合せながら、用語や紙面製作の原則などを確認していた。その中で、たとえば用語の選定も「ご死去」「ご逝去」「崩御」と「社会の変化を鏡として」というあいまいな判断基準で修正されていったという。

  このようにして準備されていたⅩデー予定稿の基本的なトーンは、「崩御」使用を前提に
   ① 天皇への深い哀悼
   ② 天皇の人柄の賛美
   ③ 「激動の昭和」回顧
    と、その中での天皇の苦労の紹介(立憲君主として不可能だった開戦防止と、その制約を超えて決断した終戦の〝御聖断″など)
   ④ 戦後の平和繁栄への象徴としての貢献
   ⑤ 新天皇への期待とそのもとでの国民統合
     __で各紙ともほぼ共通していた。
  さらに、死去から新天皇即位、葬儀に至る諸儀式の用語、扱いについては、大正天皇死去当時の紙面が参考にされたという(ここにも憲法の主権在民が忘れ去られる要因があった)。

  問題は、これらの予定稿が編集幹部と少数の担当者の〝密室の作業″として作られていたことだ。先に紹介した京都新聞労組のアンケートでは、
   「病状報道やⅩデーの紙面製作の過程で、報道のあり方について十分な議論が職場でなされたと思いますか」
   との問いに対し、
  ① ほとんどなかった=65.3%
  ② 少し話しあった=21.8%
  ③ わからない・その他=12.9%
  ④ 議論を十分尽くした=0%
   の答えが返っている。だれ一人として、Ⅹデー紙面が議論を尽くしたものとは考えていない。
     これはテレビも同じで、『マスコミ市民』特集の「流されていった〝総力取材″」(北智揮)は
  〈何年もかけて、一般の報道局員には見えないかたちで作りあげられていった二日分の構成は全体として変えようがなく、手直しは小幅にとどまった。私も含め、多くの報道局員は番組構成こ不満をもっていたが、全体としての強い意思表示という形はとれないまま、流されていった〉
  と述べている。

  Ⅹデー予定稿の〝本体″にタッチできないまま、編集幹部から予定稿のトーンに沿って出される取材・紙面作りの指示に基づいて機械の歯車の一つとして動かされる記者。しかも、そのすべての記事は無条件に絶対的な敬語を使って書くことを余儀なくされているとすれば、報道の全体が.一色に染まっていくのは当然の帰結だったといえよう。


  (次回に続きます。)
 
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