2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
天皇制問題(6)
天皇報道と記者たち(1)
前々回の「岡留安則さんを悼む 」で取り上げられていた右翼テロ事件を改めて列挙すると次のようでした
1960年 浅沼稲次郎暗殺事件
1961年 嶋中事件
1987年~1990年 赤報隊事件
1990年 長崎市長銃撃事件
2006年 加藤紘一宅放火事件
この後は右翼による大きなテロ事件はなかったようです。
岡留さんが皇太子徳仁の妃雅子に敬語を使わなかったことで右翼団体から威嚇的な抗議行動を受けたのは2000年のことでした。
現在では敬語問題でジャーナリストが右翼から威嚇されるようなことはなくなったようです。
しかし、私は皇室関係の記事を読んでいて敬語だらけの文章に出会って辟易とすることが結構度々あります。
実際にこの問題はどうなっているのでしょうか。
この問題に対しては『週刊金曜日』の特集「天皇制」では山口正紀(新聞記者)さんと宮下正昭(鹿児島大学法文学部准教授)さんの論考が掲載されていましす。
少し長いのですが山口さんの論考を使わせてもらいます。
論考の標題は
【天皇報道と記者たち「メディアの自殺状況」から抜け出すために】です。
まず『30年前の代替わりを振り返る』という表題で前書きが置かれていますが、その趣旨と方法を次の様に述べています
30年前、裕仁天皇の死去により日本国憲法下で最初の代替わりがあった。
当時の雑誌記事(「法学セミナー」増刊)を再掲。今回の譲位報道記事に必要な視点を探る。
それでは本文を読んでいくことにします。
(次回の続きます。)
天皇報道と記者たち(1)
前々回の「岡留安則さんを悼む 」で取り上げられていた右翼テロ事件を改めて列挙すると次のようでした
1960年 浅沼稲次郎暗殺事件
1961年 嶋中事件
1987年~1990年 赤報隊事件
1990年 長崎市長銃撃事件
2006年 加藤紘一宅放火事件
この後は右翼による大きなテロ事件はなかったようです。
岡留さんが皇太子徳仁の妃雅子に敬語を使わなかったことで右翼団体から威嚇的な抗議行動を受けたのは2000年のことでした。
現在では敬語問題でジャーナリストが右翼から威嚇されるようなことはなくなったようです。
しかし、私は皇室関係の記事を読んでいて敬語だらけの文章に出会って辟易とすることが結構度々あります。
実際にこの問題はどうなっているのでしょうか。
この問題に対しては『週刊金曜日』の特集「天皇制」では山口正紀(新聞記者)さんと宮下正昭(鹿児島大学法文学部准教授)さんの論考が掲載されていましす。
少し長いのですが山口さんの論考を使わせてもらいます。
論考の標題は
【天皇報道と記者たち「メディアの自殺状況」から抜け出すために】です。
まず『30年前の代替わりを振り返る』という表題で前書きが置かれていますが、その趣旨と方法を次の様に述べています
30年前、裕仁天皇の死去により日本国憲法下で最初の代替わりがあった。
当時の雑誌記事(「法学セミナー」増刊)を再掲。今回の譲位報道記事に必要な視点を探る。
それでは本文を読んでいくことにします。
(次回の続きます。)
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