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今日の話題3

米国の属国・日本(2)

 日本が米国の属国であることを如実に示しているのが在留米国軍の存在であり、その米軍の異常な暴虐無人ぶりを許している法的根拠が「日米地位協定」です。
 日米地位協定については『沖縄に学ぶ』の中の記事『機密文書「日米地位協定の考え方」』でかなり詳しく論じていますが、前回の末尾で予告したように、この問題に対する詳細で分かりやすい論考に出会ったので、その論考の紹介を兼ねて、再度この問題を取り上げることにしました。

 その論考は季刊『現代の理論』(デジタル)17号(2018年11月1日発行・発信)の中の前田哲男(ジャーナリスト)さんによる論考【日米地位協定を考える―基地問題を軸に…安倍軍拡・脱専守防衛の基盤が「日米安保条約」です。この論考の目次は次の通りですが、本稿のテーマに直接関連する「1と2」を転載させて戴くことにします(tennsaその他の項は必要に応じて直接お読みください)。
はじめに
1.ルーツとしての「日米行政協定」
2.行政協定を引き継いだ60年安保の「地位協定」
3.沖縄への適用 大田知事の改正提起
4.「新ガイドライン」に見る基地使用の新段階
5.「全国知事会」が見直し提言に踏みきる
おわりに



1.ルーツとしての「日米行政協定」

 地位協定は、正式名称を「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」という。

 そもそも慣習国際法の世界では、軍隊は(海外または外国の地にあっても)その属する国家の延長とみなされ、治外法権を主張できるとされる。そこから「派遣国」と「受け入れ国」とのあいだに国家主権をめぐる根源的な矛盾とあつれきが生じることとなる。

 20世紀前半までの国際社会では、自外国領土への外国軍隊の駐留は例外的な事象、たとえば、(戦闘の結果としての)「戦時占領」、または(満州に駐屯した関東軍のような)植民地における「駐屯軍」といった特殊ケースしかなかった。
 ところが、第2次世界大戦後の冷戦期になると、米ソ両陣営とも外国に自国軍を常駐させる状態が一般化し、その結果、派遣国軍隊の治外法権と、受け入れ国の領土主権との調整をはかる必要から「軍隊の地位に関する協定」がむすばれるようになった。
 NATO地位協定、米韓地位協定などとともに日米地位協定も、その類型に属する。

 日本の場合でいうと、敗戦から占領期をへて独立回復(1951年のサンフランシスコ平和条約)がなされたのと同日、アメリカと安全保障条約(旧安保)が調印され、そこに「日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」(前文)と規定されたため、「米軍隊を規律する条件」(第3条)として「日米行政協定」(当時は地位協定をそうと呼んだ)がむすばれた。
 「基地」をめぐる日米摩擦の歴史がここにはじまるのである。

 派遣国の「軍隊主権」と受け入れ国の「領土主権」の衝突という根本的な問題にくわえ、「日米行政協定」はより卑屈かつ従属的な内容を盛りこんでいた。
 サ条約は、「占領軍は、いかなる場合にも90日以内に日本国から撤退しなければならない」(第6条 占領の終結)と規定していた。本来なら、当時、全国に2824か所、26万人いた米軍兵士(軍政下にあった沖縄をのぞく)は基地もろとも消滅するはずだった。
 しかし、吉田茂内閣による安保条約締結がそれをふいにした。米側交渉代表J.F.ダレスは「我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望むだけの期間、駐留させる権利を獲得する」(全土基地方式)方針を主張し、日本側がそれを受けいれたからである。
 その結果、平和条約発効時に存在した「占領軍基地」の主要部分は、そのまま(安保条約にもとづく)「駐留軍基地」へと看板を書き替えただけで(独立回復から90日が経過しても)米軍管理・米軍管理下に据え置かれることとなった(岡崎・ラスク交換公文によりそれを認可した)。
 さらに重要なことは、「日米行政協定」交渉が「内閣の一般行政事務」として行政府かぎりで処理され、その内容は国会にはかられず、批准・承認も必要ない形式、つまり国民のあずかり知らぬ政府間交渉で取り決められたことである。

   「独立回復」をよろこぶ国民は、安保条約の裏側にそのような「占領軍基地の永続化」がかくされている事実を知るよしもなかった。
 もっと悲惨だったのは沖縄基地の場合だった。平和条約で日本政府は、沖縄を本土から切り離し米統治下とすることに同意したため、それまでの「戦時占領」が継続され「銃剣とブルドーザー」による基地収奪が以後もつづくのである。

2.行政協定を引き継いだ60年安保の「地位協定」

 1957年、岸信介内閣が「安保改定」に乗りだし、60年6月、現行安保条約が成立した。
 さまざまな論点、また警官隊導入による強行採決など、いくつもの問題点があるが、ここでは基地問題にしぼって見ていこう。

 結局のところ、改定安保では「日米行政協定」が「日米地位協定」と名称変更されたほかは、米軍基地の権益になんの変更ももたらさなかった。
 いちおう「地位協定」は国会の承認を要する安保条約の付属協定として上程された。しかし、内容といえば「行政協定」時代とかわりない「排他的な基地管理権」と「米兵犯罪は米軍に」を継承し、保証するものであった。

 たしかに地位協定は、国会に「承認案件」として提案された。とはいえ、全文28条からなるこの協定の実質審議はおこなわれなかった。なぜなら、60年2月、衆議院に設置された「特別委員会」審議の論点は、安保条約本体がもつ幾多の問題点――改定そのものの必要性、極東の範囲、集団的自衛権、海外派兵など――に集中し、そのうえ、審議なかばにして強行採決された結果、関連批准案件である「地位協定」の各条について、それが、いかなる根拠、意義、限度をもつものか、などの質疑はいっさいなされなかったからである。

 もし、60年安保国会で地位協定の逐条審議がおこなわれていたなら、その不平等性、従属性はもっとはやく国民の知るところとなっていただろう。
 「思いやり予算」と称する(名前からしてうさん臭い)支出費目、全国どこにも設定できる「低空飛行訓練空域」など、拡大解釈による運用――それを可能とする「駐留軍用地特別措置法」「刑事特別法」「航空法特例法」などの「安保特例法」――がうまれる余地はなかったにちがいない。
 しかし、審議打ち切り・強行採決でその機会は失われた。

 したがって、日米戦後史の流れに則していうとつぎのようになる。

 占領時代の米軍基地特権は、1952年、(国会審議なしの)<吉田安保>に継承され、60年の<岸安保>も、ほぼおなじ権益を(実質的な国会審議抜きで)追認した。
 その結果、在日米軍基地にかんしては(立法府の意思さえ反映されずに)占領期の強制接収をひきずった状態で、基地提供が、いわば<既得権益>として順送りに継承されてきたのだ、と。
 とりわけ沖縄基地の場合は、(改定された安保条約のもとでも)いぜん「日本の施政の外」に置かれたので、占領=軍政そのものの基地使用がつづくこととなった。

 ここで「全土基地方式」というキーワードの移り変わりを考えてみる。
 占領期において「占領軍調達命令」は抗弁を許されぬ絶対のものだった。必要とされる場所すべてが接収の対象とされた。
 <吉田安保>では(ダレスのいう)「望む場所・望む期間・望むだけの兵員」を満足させるため「駐留軍用地特別措置法」が制定された(1952年)。
 一方的な基地指定に反対して「内灘闘争」や「砂川事件」「妙義闘争」など多くの反基地運動が起こったことはよく知られている。

 「地位協定」時代になると、「日米合同委員会」(第25条)という常設機関がすべてを取り仕切るようになり、その合意と決定が安保運用にかんする最高方針となった。
 地位協定第2条は「個個の施設及び区域に関する協定は、合同委員会を通じて締結しなければならない」と規定する。裏を返せば、合同委員会の合意があれば、全国どこにでも基地新設が可能となる仕組みだ。合同委員会メンバーに閣僚はいない。
 日本側・外務省北米局長、米側・在日米軍司令部副司令官がトップである。その下に20を超す省庁横断型の分科委員会と部会がもうけられて案件を処理する。思いやり予算なら「財務分科委員会」、低空飛行訓練空域は「施設分科委員会」や「航空分科委員会」といった具合である(辺野古新基地の場合は「SACO実施部会」が受けもつ)。

 日米合同委員会の議事録や合意文書は「非公開が原則」とされ、決定事項は(実施の必要上)官報に掲載されるが、国会承認がもとめられることはない。情報開示請求も受けつけず、文字どおり<闇の権力>である。
 このような機関で、(辺野古など)基地の新設、(低空飛行訓練など)空域の使用が協議され、「閣議決定」にいたるのである。そうしてできた基地は、第3条(基地管理権)によって「運営し、維持し、占有し、整備し、警備し、及び管理すること」が保証される。
 いまなお「占領期を引きずっている」というのは、そのような意味においてである。

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