FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

<>論説編(3)

「大人になる」ということ

詩を読みながら、「大人になる」って、どういう事なのかを考えた。
(引用の詩は、茨木のり子さんの詩集『鎮魂歌』所収の「汲む」からです。)

君はこれから間違いなく大人になっていくわけだけど、「大人になる」って、きみはどういうことだと思う?

     大人になるというのは
     すれっからしになることだと
     思い込んでいた少女のころ
     立居振舞の美しい
     発音の正確な
     素敵な女のひとと会いました

 「大人=すれっからし」という公式を、もし君が信じているとすれば、それは不幸なことだ。
 しかし、その思い込みは半分正しい。そして間違っている半分は、もちろん君の責任ではなく、反面教師の役しか果たせないすれっからしな大人のせいだ。でも君が、君の心の眼に広角レンズの機能を育てる営みをしなければ、君は、どこかにいるに違いない君にとっての「素敵なひと」に、ついに一生出会うことがないだろう。その責は君自身が負うべきものだ。

     そのひとは私の背のびを見すかしたように
     なにげない話に言いました
     初々しさが大切なの
     人に対しても世の中に対しても
     人を人とも思わなくなったとき
     堕落が始まるのね 落ちてゆくのを
     隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

  「初々しさ」は、少年少女の頃、誰もが等しく持っていた。成長するにつれて、それを奪っていくのは何なのか、誰なのか、ぼくはそれを言いあてることができるつもりだが、いまはそれをあげつらうのはよそう。ぼくらにとって大事なのは、「初々しさ」を自分でどう守り育てていくか、ということだ。
 いやいや、「ぼくら」などと、いい気な言いぐさだった。ぼくと君は一緒にできない。君には初々しさがまだいっぱい残っているが、ぼくはそのほとんどを失ってしまったらしいから。ぼくは君と、「人間関係」ではなく、「教師・生徒関係」という枠でばかり相対してきてしまったのではないかと恐れている。
 「人を人とも思わない」ということは、とりたてて冷酷なことを言い表しているわけではなく、そんな日常的な無自覚のことなのではないかと考える。君はぼくを反面教師としてしか認めなくとも、ぼくには、その点ではとりたてて異論はない。

     私はどきんとして
     そして深く悟りました
     大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
     ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
     失語症 なめらかでないしぐさ
     子供の悪態にさえ傷ついてしまう
     頼りない生牡蠣のような感受性
     それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

 ものごころのつく頃から、男らしさ、大人らしさ、教師らしさ……さまざまな「らしさ」にとらわれて、ぼくは自分をずいぶん「鍛え」てしまった。
 ぼくは、口惜しくてならなかった中学生の頃のぼくのあだな「タコ」(すぐに赤面した)を、愛惜の念をもって思いだす。どうか君は、君の「生牡蠣のような感受性」を変に「鍛え」ないでほしい。
  「らしさ」といえば、君はこの三年間「高校生らしさ」にずいぶん呪縛されていたはずだ。「らしさ」というような曖昧な社会通念からする発想は、たとえ肯定的であろうと否定的であろうと、自分自身をだめにする。「らしさ」という呪縛の中では、模範生も問題生も同じ鏡の裏表だ。(もっとも「高校生らしさ」の呪縛の一端を握っている教師も教師だけどね。)

     年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
     外にむかってひらかれるのこそ難しい

    この「難しい」ものには、第一級の価値があるとぼくは思う。多くの人は、老いるほどにかたく閉じていく。その度合いは、女らしさ・男らしさ・大人らしさ・日本人らしさ……などなどの社会通念にのめり込んでいる度合と正確に比例しているのだ。

 ぼくらには、社会通念などにつきあう必要はこれっぽちもない。常に自分の生活現実を掘り下げ、そこから自分自身を自立させていけばよい。その課題を、君が意識的に担っていくことをぼくは期待する。ぼくもそうするだろう。
 逆説的だが、それは「柔らかく外にむかってひらかれる」ための必須の条件だとぼくは思う。

     あらゆる仕事
     すべてのいい仕事の核には
     震える弱いアンテナが隠されている きっと……

 ぼくは今までに一度も「いい仕事」をしたためしがないが、それでもかろうじて「震える弱いアンテナ」は保持しているつもりだ。そのアンテナを「大人らしく」なく「男らしく」ないものと恥じた頃もあったが、今はそのアンテナだけは大事にして、なんとか鈍くなってしまった感度を増幅していきたいと思っている。……

     わたしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
     たちかえり
     今もときどきその意味を
     ひっそりと汲むことがあるんです

 ……いつかある日、飾りつくろったものではなく、内面からおのずと輝く美しさ・逞しさを獲得した「素敵な女のひと」あるいは「男のひと」になった時の君の「アンテナ」とひけめなく交感できるためにも。
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/2490-d09aa07c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック