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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

詩文編(12)

(次の表題は「妣」に「はは」というルビを振りましたが、正確には「なきはは」と読みます。)

妣(はは)の国

こころは
世界の始源よりやってきた無のかけら
常に空を翔り行くことを願うことにより
うつし身にうがたれた疵
こころという疵のうづきは
なずみゆく足ゆえにではなく
帰り行く処を名附け得ぬ故の
たぎたぎしさ

こころ という痕の色は白
こころ という疵がとるひとときの形は鳥
海処(うみが)行き海処(うみが)いさよい
海と空の溶けあうあたりを
沈み行く日に向って
飛び立つ白い大きな鳥を
ぼくらの祖達(おやたち)は確かに見た
やしろしろちどり
の描く軌跡は
無の深みへのいざない



西行

光の欠如を闇と呼びならわすが
光の過剰のなかでなお
息づきふくらむ闇を
何と呼ぼう

醒めてしまった孤独な心だけに届く
遠く遥かな声に促されて
ただひたすら西へ行く漂泊者の
遍歴の果ての歓喜は無限である
それは西へ行く道の終りではなく
ありあまる光と闇がまんじとなって
激しく渦巻く大いなる魂が
光と闇をふたつながらに
莞爾としてうべなったときの
人間にして
人間をはるかに超えた別の生の誕生
朝霧が晴れて
落葉とともに木もれ日がふりそそぐ山道に
杖にもたれて佇み
白い眉をあげる老翁は
そのときつややかなひとりの童子
魂の奥底から湧きあがる歓喜の震えは
山間いっぱいにひびきわたる自然の
深い自賛の語調とひとつになって
今は自らひとつの
遠く遥かな声である

いのち なりけり!


(念のため、上の詩は次の西行の和歌に依拠して作ったものです。)
   <あづまのかたにまかりけるに、よみ侍ける
             年たけて又こゆべしと思きや命なりけりさやの中山>





お前の熾んな息吹きに濡れて
けものみちをけもののように走ることが
おれたちの聖なるくらしだった
お前を確かなみちしるべに
二本の足で足りたから
 <あれを石器時代と呼ぶのか
 <あるいは黄金時代?



お前の空への届き方がほしいばかりに
お前の頂の上方ばかりを見ながら
お前の枝の曲り方が読みとれず
けものみちを踏みはずして
ただひたすらまっしぐらに
ずいぶんおかしな所まで走ってきてしまったおれたち
足が足りなくなればその分だけ
お前を伐り倒し道をひろげて
その度にみちしるべをひとつずつなくして
だから今では
コンクリートの道こそ聖なるひとの道
そこを踏みはずせば罪深いけものみち
そこはひとの気に入らぬ道
木に入ることは
死ぬことだ!



お前の確かな立ち方を得るために
足は
どの深みにまで届けばいいのか
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