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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

詩文編(11)

 今回から最終詩集の第二部に収録した詩文を転載します。
 第二部は最終詩集の書名「母の沈黙 あるいは ふるさとのありか」と同じ表題が付けられています。そして第二部の最後の詩文が「母の沈黙 あるいは ふるさとのありか」です。この詩文は『詩文編(2)』で公開しました。

 さて、第二部に収録されている詩文は20歳代後半から40歳ぐらいまでに書いたものですが、その前半と後半は全く異なる質の詩文になっています。
 前半はギリシャ神話など古代の世界にのめり込んでいた時期で、ギリシャ神話に依拠した作品ばかりが取り上げられていますが、それが後半ではがらりと変わります。まるで急に現実の世界に戻ってきたようです。実は結婚をして子供も授かったり、生活環境の変化を求めて三宅島に移住したりしたことが、私の精神状況に大きな変化を齎したのでしょう。 ということで、第二部の前半はギリシャ神話に依拠した詩文であり、後半は現実の世界に依拠した詩文となっています。

 ということで、今回はギリシャ神話に依拠した詩文を、次回にはその後の詩文を二回に分けて公開して、カテゴリー「自作品の公開」を終わることにします。



振り返ったオルフェウス

死の国のユウリデケ
お前にあげたいものが
ぼくの両の手にあふれるばかりだ
だが与えるときを失ってしまったままに
ぼくが堪えている重さは
気がついてみれば
とりかえしのつかない欠落のそれだ
だからといってそれを
ぼくの未来を捨てるようにあっさりと
捨ててしまうことはできない
それが心の形をしているので
できることはお前を捜し続けることだけ


  地上に生きるオルフェウス
  死者を捜すのに光はいらない
  タイナロンの岬に立てば
  そこがタルタロスへの洞穴
  永劫の沈黙と暗闇がいるばかり
  でもそのとき明るい大地と
  紺碧の海や空がうたう詩(うた)が
  あなたの心を苦しくさせたはず
  詩(うた)は希求ではない予感ではない
  詩(うた)は存在
  なのに何故あなたは久しくうたわない?


愛(いと)おしいユウリデケ
ぼくらの大好きな地上ではあったが
そこではひとりでいるかぎり
ぼくの両の手はいつでもふさがっている
ぼくの生をつなぎとめる親しい人たちが
ぼくにくれる暖かいものを
ぼくは受けられない
そのときの困惑を繕うことがむずかしいから
冷たい素振りが
ぼくの習慣になってしまう
それは勢一杯の返礼なのに
あのひとたちを傷つけるだけなのだ
その罪を惧れて
ぼくはゆくりなくもひとりになる


  やさしいオルフェウス
  太陽の恵みは残酷なもの
  夏の豊饒は神々の嫉妬
  一つの夏が終ったとき
  神々の報復の饗宴のために
  実ったものは返さなければならない
  私たちが美しく豊かであるほどに
  神々の嫉妬はいよいよ深い
  だから豊饒だったその分だけ
  あなたの心は大きくえぐられる
  それが生きるということ


よみがえるユウリデケ
しかしあの過ぎ去った夏を
ぼくらはもう一度やり直すことができる
ぼくらは人の形をした痛み
問い続ける問い
しかも世界をみたす存在
常に新らしい充溢
それを証すためには
ぼくらの絆こそすべてのカだ
古い物語にいつわりがなければ
今でもぼくらにそれは豊かだ
ぼくの欠落を
神々の嫉妬でうめるわけにはいかない
ぼくの豊饒はお前のためのものだから
すぐ後にいるユウリ………


  振り返ったオルフェウス
  あなたの心にひろがる詩(うた)で
  私の心もいっぱいになる
  あなたのなつかしい視線に
  私の心は喜びふるえる
  なのにその視線を代償に
  私は死の国へもどらなければならない
  ハデスの禁制を超えてしまったあなたの力
  でもそれは私ゆえのものだから
  振り返ったあなたを
  私は責めない
  もう声も届かないほど
  離れてしまったけれど
  さようなら またひとりになるオルフェウス



下痢するシシュホス

地球の皮膚の病の群れへの
愛惜深ければ下痢する
若やる胸 白玉の嬰児
それらを限りなく孕む黄金の精気を
惜しみなく排泄しながら
傷悴しきってなお
水平線から水平線へ
繰り返し浮上し落下し
Du,der gross Himmelskörper(天体)!
地に君臨する病は
お前の慈悲を受けるに値せず
お前の孤独の深みに気づかぬまま
今 地球は瀕死
お前の激しい下痢で
終末の世界もかろうじて明るいが
お前はシシュホスだ


だがひとつの病・俺は
群れからはぐれて快癒を志向する
すると我が骨も砕けよと
相も変らぬ群れの譏り
 <汝の祖国はいずこにありや>
祖国とは何か
収奪と殺戮の盟約
シシュホス
お前の孤独な下痢にひたる俺の骨に
閉ざされた血縁の悪血はめぐらない
腹満ち過ぎてなお垂涎し
地をあさり匍(はらば)うものに
空と海の呼応は聞こえない
お前の下痢の悩ましさを
かの群れに
俺はどう歌おう
シシュホス
俺のお前への愛慕は断てぬから
俺が持ち得る最後の希望は
お前と対略しつつ持続する群れとの別れ
群れの真近かな破滅のためでなく
奪還すべきただひとりの死のための挽歌こそ
ひとり立つために
今は俺にふさわしい
春の頌め歌だ



 上に出てきた「Du,der gross Himmelskörper!」はギリシャ語だろうか。私はドイツ語として読んでその意味を考えましたが、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の序説の中の一文を思い出しました。うろ覚えですが、参考までに記載しておきます。次のような文です。
「汝大なる星よ、汝によりて照らさるる物なかりせば、いかなる幸福なることか汝にあらん」



盲目のホメロス

時が過去から未来へと連なる直線ではなく
円環または球体の形態をとる
完結した総体として存在するものであると
従ってまた人間を
拒絶する途方もない深淵であると
何の変哲もなく迎えたある朝
そんな想いがホメロスを襲う
いくばくか彼は
日に向って立つ石の彫像
やがて大きく崩れる


  あれは哄笑であったか号泣であったか
  「過ぎ去りしことども
   過ぎ去りしことどもゆえ
   捨ておけ」
  とうたうこころねの
  なんという悩ましさよ


すでに何度目の春か
世界と人間を隔てる深淵に懸って
知悉の
ときには盲目の炎で
なおもぼくを魅了する
太陽!



エリコ

なぜいつも終りなのか
始まりが始まったためしがなく
始まりと見えて
なぜいつも終りなのか


数千年の歴史についにあずからぬ
陽気で惨劇にみちた群れの
黙契の櫃は掠取され続けて
空の櫃は舁き継ぐほかなく
舁き継ぐままに自らの砂漠を縮め
見る影もなく改竄された黙契の柵(しがらみ)に到れ
無辜の群れ
饒舌の槌に斃れるものは影ばかりだから
ここより最も遠く
ここより最も深い
海溝の生みの苦しみの涙の記憶を
七度つぶやき
七度城壁をめぐれ
そのとき無量の血を吸い続けた黒い砂漠は
一柱の巨大な旋風となって
疎々しい虚飾の都市を襲うであろう


幾度始めて
なぜいつも終りなのか
空の櫃のための一行の
ただ一行のリフレンが欲しい
ぎりぎりの沈黙から湧きあがる
炎え立ち
疾走する
太陽!
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