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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

詩文編(1)

 前回で「作詞作曲編」が終わりました。今回からは詩文の公開をすることにします。

 「赤ん坊のやつめ」を作詞作曲したことが切っ掛けとなり詩を書く楽しみを覚えて、書き継いだ詩は百篇ほどになるでしょうか。その書き溜めた詩文を詩集として纏めてみようと思い至り、「蜥蜴(とかげ)」と題した初めての詩集を作ったのは1965年6月の事でした。

 勿論ささやかな自費出版であり、近所の印刷屋さんに相談して、印刷と製本をしていただきました。40ページほどの小冊子で、部数はごく親しい方たちへの報告ということだったので20部くらいだったと思います。

 その翌年(1966年)に同様の趣旨で、「影」と題した詩集を自費出版しました。今度はそのころ付き合っていた親友が全体の装丁をして下さり、詩文もすべてカラーのガリ版刷りの見事な筆跡でまとめて下さいました。

 そしてその翌年(1967年)、「日ごとの葬送」と題した詩集を自費出版しました。今度は親しく付き合っていた青年が装丁をしてくださいました。

 そしてその11年後(1978年)に 最終の詩集「母の沈黙 あるいはふるさとのありか」が、なんと書肆山田から出版されました。どうしてそういうことになったのか、詳しい経緯は全く覚えていません。詩集のあとがきを読むと、どうやら書肆山田の出版担当の方が強く仲介してくださった御蔭だったようです。
 どのくらい売れたのか知る由もありませんが、書肆山田のホームページで調べたところ、当然のことながらとうの昔に絶版になっているようです。その検索のときたまたま《古書・古本通販 『古書サーチ』》というホームページの記事に出会ったのですが、そこの在庫一覧の中に「母の沈黙 あるいはふるさとのありか」がありました。「あゝ、全く売れなかった訳ではないんだな」と、ホットしました。

 さて、読み直してみると自費出版の詩集は大半が自ら駄作だと思ってしまう詩が多く、これを直接取り上げることは止めることにしました。最後の書肆山田から出版された詩集は全体が二部構成になっていますが、その第一部は上の自費出版の三詩集からの抜粋詩で構成されています。第二部は全く新たに作成された詩で成り立っています。ということで、最後の詩集を用いて私の詩文の公開をすることにしました。

 まずは次のような「序詩」を掲げています。

序詩
こころを病むこころのことは捨てはてつ
とうそぶくわが安逸
の辺境へとなおも牽引されるこのこころの
業の風は止むすべもなく
想実の相剋いんいんと甦えれば
ついに捨て得ぬ生命(いのち)の
片言隻語

 (では第一部(1964~1967)の詩作品を転載します。)

Ⅰ 日ごとの葬送(1)

  病気の母

    病人は くるしいと つぶやいた
   おれは 外の遠い景色を ながめていた
  病人は ふたたびくるしいと つぶやいた
  おれは
  幼いおれが小さなシャベルをあやつるのを
  ぽろぽろ砂がこぼれるのを ながめていた
  病人は ひとすじ 涙を流した
  おれは
  時空のひろがりを 美しく酷いと思った

流れ星

  子供よ、しっかりした足どりで歩きなさい。星はもうあんなにたくさん見えるけど、まだ勢揃いしてはいないのです。

   とうさん、ぼくはくたびれた。星がたくさん見えるのに、まだ夜ではないのですか。野山がこんなにもとっぷりとしているのに、まだ 夜ではないのですか。

  子供よ、夜はもう大空を、野山を、海を、地の中をさえ夜の色でいろどっています。しかし、星はまだ勢揃いしてはいないのです。さあ全部揃うまでもう少しだ。がんばりなさい。

  でもでもとうさん、星が揃うことはあるの。一つが現れれば、一つが消えるのでしょう。

  あゝ子供よ、お前は正しい。しかし待たなければいけない。全部が揃うまで、私たちは眠ってはいけないのです。今はまだ、一層心をとぎすます時なのです。

  とうさん、ぼくの足はもうこんなに血だらけなのに、どうして星は
   ……あっ! とうさん、いま流れた星はなに?

  あ……あれは……子供よ (マタ一ツ落チテシマッタ。)

私の悲喜劇

  私の暦は
  いつでもくるっていた
  それが私の喜劇だった

  私の暦は
  遅すぎたり早すぎたりした
  それが私の悲劇だった

  たとえば
  草の芽がふくらみ初める頃の野に
  真夏の太陽を持ちこんだり
  未練もなく去ろうとする病葉のかげに
  春の花を咲かせようとしたり

  その度に 私は
  苦い想いにうちひしがれた
  私の暦を正そうと焦った

  その度に 私は
  正された暦に 安息を覚えた
  私はその時私ではなくなっていたのに

  昨夜
  酒を酌みつつ華やかに笑ったものは
  気がつくと一年前の花であった
  一年前
  私の心に咲きつづけるものと思って
  私の心が摘んだ花だった

  今朝
  自らのうかつさに腹立ち
  後もどりした暦をちぎっていったら
  一年先まで進んでしまった
  私の暦はまだくるっている

   
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