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402 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(54)
激動の朝鮮半島(6)―「高句麗好太王碑」(1)
2005年11月18日(金)


 古田さんが次に取り上げたのはかの有名な好太王碑だ。と言っても、好太王碑 についての私の知識は教科書程度だから、その碑文を詳しく知るわけではない。 だからこそというべきか、「三国志」「三国史記」を併用しながらの 古田さんの明快な碑文読解がとてもスリリングだ。

 「好太王碑」の碑文は1800字余。古田さんのその読解は50ページ(朝日文庫版)に 及ぶ。論証部分を省いて、古田さんが読み解いた「事実」のポイントのみを列挙 する形で紹介することにする。なお、引用の碑文は古田さんの口語訳であり、『 』内の文章は 古田さんのコメントである。

<1> 書き出し―高句麗王家の出自

 おもえば昔、始祖鄒牟王(在位紀元前37~同20)が基を創めたときのこと、 王の出身は北夫余の地であった。父は天帝、母は河伯女郎であった。卵を 剖(さ)いて地上に降り、この世に生れきたったのである。

 『高句麗王家の出自は夫余から高句麗にかけて流れている河の水利権をにぎる 家族、その中で成長してきた神話であろう。』

 『北夫余の中心の神に対し、いったん「天帝」と漢語で表現するとき、見のが しえぬ問題が生ずる。なぜなら中国における「天子」とは、天帝から天命を受け た子の意味である。したがってこの碑文は、中国の天子と相並ぶ存在、そのよう に自家の始祖を、やがては代々の高句麗王を見なしているのだ。』

<2> 高句麗と「百済」「新羅」との関係

百残(百済)や新羅は、もと(高句麗の)属民であった。そこで由来、朝貢して きていた。

 『三世紀の馬韓が、四世紀の百済の前身。三世紀の辰韓が四世紀の新羅の前身 であったこと、それは周知のところだ。
 そのため、百済は新羅を旧属地と見なしていた。したがって、高句麗は新羅を もって、属地たる百済の、さらに属国の地、そのように見なしたのではあるまい か。
 これはもとより、百済と新羅側からは、心外な見地であろう。高句麗側の手前 勝手な論理に見えているであろう。しかし、好太王碑の「旧(もと)、是れ属 民」の一節、それはこのような高句麗側からの論理をしめしたものなのではある まいか。
 実はこの点、刮目すべきl点がある。その高句麗側からの論理の目からしても、 「倭は旧、是れ属民」とは一切、記されていないことである。倭は、高句麗・百 済・新羅たちとは、全く別種の民―そのように見なされているようである。
 これが五世紀初等(建碑時点)の高句麗側の判断だ。金石文という第一史料の 明示する基本認識である。』

<3> 倭との交戦

倭が辛卯年(391あるいは331)に(百済・新羅の地に)やって来た。 (そこで王は)海を渡って百残を破り、新羅(と共に)、これを臣民としたので ある。

 このときの倭軍の来襲は、一体どのような背景かち生じたものであろう。
 高句麗本紀(国壌王の項)によると385~389年の間、高句麗と百済が相互に侵犯 し合っていた状況が知られる。そして391年の項によると 『新羅王は高句麗王に人質をさし出し、両国間に同盟関係を結んだ、というので ある。このときの新羅王は奈勿王(在位356~401)である。その奈勿王の治世、 新羅は倭人のたび重なる侵寇に悩まされていた。』
その様子もまた、新羅本紀にリアルに記録されている。「新羅―倭」間は不断 の緊張関係のさ中にあり、新羅が北の高句麗との同盟を望んだその背景が明らか だ。

 そしてこの新羅の奈勿王の364~393年の期間、百済はあの七支刀の近肖古王 (在位346~374)、およびそのあとの四代に当っていた。「七支刀」の銘文の 「百済と倭との友好が永く後世に伝えられるように」という末尾の文の通り、 両国の同盟は、右の期間も一貫して強固だったと考えられる。
 『その上、好太王の晩年(405~411)に当る百済王は、腆支王(405~419) だった。この王は、王子時代倭国に人質となり、その後、倭王の友好に守られ つつ、人質の地から帰国して王位についた、というあの王だったのである。
 以上によってみると、好太王の即位直前において、すでに「高句麗―新羅」 対「百済―倭」という対立関係、それが抜きさしならぬ状況にあったことが知ら れる。
 したがってこの碑文のしめす国家関係、それが文字通り真実(リアル)である こと、それは疑いえないように思われる。』

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