2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
明治150年、何がめでたい(37)

大日本帝国の住民抑圧政策(4)

日本ファシズム論(3)



(今日はちょっと横道に入ります。)

【国体論】

 前回の国民精神総動員運動の展開の要点は次のようにまとめることができるでしょうか。
 政府はこの運動が民間から盛上がる自発的運動であるという偽装をしょうと、様々な手法を試みてその施策を推し進めようとしましたが、 どれも思わしい結果得られず、最終的には民間人主導の偽装をあきらめて、政府とりわけ内務官僚と警察主導の方向に進んでいきました。

 私はここで運動推進の主導に警察が加わっていることに大きな驚きを覚えました。しかし、この点については前回に直接転載した文中の赤字部分の論説 ですっかりと納得することができました。国体維持がそれを必要としたのですね。

 天皇を頂点とする国体の下での官製国民運動には「警察取締り的性格」が不可避なのでした。
 では現在の日本ではどうでしょうか。この問題はいずれ取り上げることになると思いますが、最近現在の日本の「国体」についての 納得できる解説に出会いました。この国体論を使わせていただくことがあるかと思いますので、それを紹介しておきます。『週刊金曜日(1189号・6月22日発刊)』の「白井聡さんに聞く:『国体論』で斬る米朝首脳会談と安倍外交」 という記事です。
(この記事をブログ用文章に変換していたら、東京新聞(6月27日付)の一面に白井聡著「国体論:菊と星条旗」の広告が掲載されていました。いずれ読んでみようと思いました。)

 では、「『国体論』で斬る……」を転載します。
     (━━……━━は聞き手の発言です。)

米国への隷属を続け、日本を破滅に導くのか
 北朝鮮に対し最大限の圧力を唱え続けた安倍晋三政権は、米朝首脳会談後、態度を一変させ、日朝会談に前向きとなった。  なぜ、ここまで米国に隷属するのか。「国体」の視点から政治学者の白井聡さんが斬る。

   ━━トランプ米大統領が5月24日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩(キムジヨンウン)委員長あて書簡で首脳会談の「中止」を表明したとき、安倍晋三首相は翌25日に
「米朝首脳会談に向けトランプ大統領と緊密に連携しており、方針は完全に一致してきています。実施されなくなったことは残念ですが、大統領の判断を尊重し、支持します」
と記者団に言い切りました。
 ところが、史上初の米朝首脳会談が6月12日にシンガポールで開かれ、両首脳が共同声明に署名すると、安倍首相は日朝首脳会談を可能な限り早期に実現するよう関係当局に指示しました。━━

 対米従属に徹している安倍政権にとって、きわめて必然的な対応でしょう。この間、赤裸々に可視化されてきたのは、戦後日本の支配体制が
「朝鮮戦争が終わってしまったら絶対困る。終わるくらいなら再開してほしい」
と考えていることです。なぜなら、安倍政権にまでつながる戦後の親米保守支配権力は、朝鮮戦争など東西冷戦が厳しくなっていくなか、米国によって戦争責任を免じられて戦後日本の支配者として選ばれたという出自を持つからです。冷戦構造が対米従属を必然化し、対米従属が彼らの権力基盤となってきた。したがって、冷戦構造の残滓である朝鮮戦争の終結は、彼らの支配構造を直撃します。朝鮮戦争が終結すれば戦争当事者としての国連軍(実質は米軍)は解散するでしょう。米軍が日本にいる根拠は、日米安保条約と国連軍なのですが、二本柱の一つがなくなるのです。

米軍の駐留リスク

━━ 「永続敗戦論」で白井さんが明示した「永続敗戦レジーム」ですね。━━

 はい。最新刊「国体論」で指摘したように、永続敗戦レジームを無限延命させたい勢力から見れば、朝鮮半島有事の発生はすべての懸案を解決します。衝突にいたった場合、さまざまなケースが考えられますが、いずれにせよ大規模な復興需要が南北朝鮮に発生します。戦争そのものによる需要と相俟って、アベノミクスなるインチキ膏薬で危うさを増した日本資本主義を救いえます。現に戦争をしているのだから「憲法9条と自衛隊」の問題も吹き飛びます。

 この「解決」は最悪の場合、日本が核攻撃を受けるリスクと引き替えです。そもそも、この危機がもたらされた大半の要因は、朝鮮戦争が休戦状態のまま放置され、それを根拠に巨大な米軍が日本に駐留し続けたことにあります。北朝鮮は自国を存続させるために核ミサイル開発に走ったのです。本来ならば、強調すべきは、懸案を解決し北朝鮮国家を国際社会の中に軟着陸させるために朝鮮戦争の終結へ向けて努力すべきだということですが、政府にはそのような姿勢は一切ありません。>

米軍の日本駐留はリスクが大きいのですが、そこを見ない人が多い。「米軍がいるから大丈夫だ」という日本人の漠然たる安心感、米国を頂点とする「国体」に抱かれた感覚は、米軍駐留がリスクの根源となっている事実から目を背けさせています。。
 新聞など大メディアも鼎の軽重が問われています。安倍政権への論調は、批判的な『朝日』『毎日』『東京』と、擁護的な『読売』『産経』『日経』に分かれていますが、米朝共同声明については「非核化のプロセスが固まっていない」と、ほとんどが批判しています。

 しかし、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」とは何を指しているのか。核施設を破壊しても技術者がいる限り、再開発は可能です。能力を持っていることを、「潜在的核武装」だと批判するならば、翻って日本はどうなのか。余剰プルトニウムを多く抱え、技術もあります。こういう具合に自己を客観視できないのも、「国体」の中で内閉しているからなのでしょう。

━━ 「戦前の国体」は、万世一系の天皇を頂点に戴いた「君臣相睦み合う家族国家」を全国民に強制する体制でした。米国の媒介で戦後も「国体」が再編され維持されたと捉えるのが『国体論』の眼目ですね。━━

 はい。フルモデルチェンジを経て維持されたのです。頂点をアメリカが占める国体になった。天皇がその臣民を「赤子」として愛するという大日本帝国の物語に代わって、「アメリカは日本を愛してくれている」という物語がつくられた。だから、米軍駐留に抵抗がないのです。 ━━ 外国の軍隊にいてほしいとの願いは極めてねじれています。━━ 

 そろそろそのねじれも強制解消に向かうかもしれません。米朝共同声明をめぐっては、親米保守層が肯定派と否定派に分裂して〝発狂〟し始めるでしょう。トランプ政権の登場によって、「日本を愛してくれるアメリカ」という「戦後の国体」を支えてきた虚構がいよいよ通用しなくなってきたのです。

戦後国体の崩壊期

━━ 『国体論』では、戦前と戦後の国体について「形成期」「相対的安定期」「崩壊期」に分類し比較しています。米国を頂点とする「戦後の国体」も崩壊期に入ったのですね。━━

 ヘーゲルは「歴史的な大事件は二度起こる」と言いました。なぜかと言えば、一度では納得できないからです。歴史を画する重大な事件であればあるほど、自分たちの世界観が崩壊するため「たまたま起こっただけだ」と人はやり過ごそうとする。しかし、重大な出来事は構造的な必然性から起きるので、やり過ごしても必ずもう一度起こるのです。
 明治時代に形成された国体は、敗戦によって一度死んだように見えましたが、実は再編されただけだった。だからもう一度死ななければならないのです。

━━ この危機的な状況の中で、白井さんは「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(2016年8月8日)を「天皇が発する、歴史の転換を画する言葉となりうる」と受けとめました。後醍醐天皇による倒幕の綸旨や孝明天皇による攘夷決行の命令、明治天皇による五箇条の御誓文、昭和天皇の玉音放送の系譜に連なると指摘しています。━━

 歴史上天皇による重大な言葉が発せられたのは、激しい混乱、危機の時代です。その際には、権威としての天皇と実質的な権力との間で不和・対立が表面化します。いま天皇と最高権力者(首相)が対立していることは明らかで、だからこそ重みを持つ「おことば」が発せられた。

 ━━〈腐朽した「戦後の国体」が国家と社会、そして国民の精神をも破綻へと導きつつある時、本来ならば国体の中心にいると観念されてきた存在=天皇が、その流れに待ったをかける行為に出た〉というのですね。━━。

 現在が国体の二度日の崩壊期であることを前提としてその文脈に置いたとき、「おことば」がどう位置づけられるかは、明らかではないでしょうか。その本質は「米国を事実上の天皇と仰ぐ国体でいいのか」という危機感に満ちた問いかけだと私は思った。。
 もちろん主権在民ですから、「おことば」が歴史の転換を画するものになるかどうか、その潜在性・可能性を現実に転化するのは民衆の力です。。

         〈聞き手・まとめ/伊田浩之(編集部)〉。

 次回は「本道」に戻ります。
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