2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
明治150年、何がめでたい(17)

明治以降の日本と戦争(12)

大東亜戦争[=太平洋戦争](4)


 前回で「明治以降の日本と戦争」を終わる予定でしたが、一つ補充したいことがあって、もう一回追加することにしました。

 前回の戦没者数は軍属・軍人の戦死者数であり、一般国民は含まれていません。空襲や原爆での民間死者数はどのくらいあったのでしょうか。

 日本政府は、すでに降伏しか選択肢がなくなっていた状況で、なお連綿と降伏を延ばしていました。民間人の死者の殆どはそのための犠牲者だったのです。この経緯を『昭和の15年戦争史 48』から抜粋しておきます。

 「戦争終結策を至急に講ずる要あり」という近衛文麿の進言に対して、自己保身を優先した天皇ヒロヒトは「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う」と返答していた。1945年2月のことである。

 その後、東京大空襲(3月10日)をかわきりに沢山の都市で多く国民が死亡し、都市が焦土と化していった。そして太平洋の各地で日本軍の敗北が続き、多くの兵士が戦死した。にもかかわらず、日本政府は連合国が与えてくれた終戦の恰好の機会であったポツダム宣言(7月26日)を無視した。

 こうした結果がアメリカの残忍な原爆投下を引き寄せてしまった。
8月6日
広島に原爆投下さる

8月9日
長崎に原爆第二弾投下さる


 このブログではこれまでに、これらの悲劇を悼み苦しんだ人たちの悲痛な言葉をいくつか紹介してきましたが、そのうちのいくつかを紹介しておきます。
《詩をどうぞ》―『戦争、そして原子爆弾』
《詩をどうぞ》『追悼・石垣りん』
《今日の話題》『飢餓の果て人が壊れる』
《沖縄に学ぶ》『琉球処分から沖縄戦まで(4)』
 さて、では民間人の犠牲者数はどのくらいだったのでしょうか。サイト『社会実情データ図録』さんの記事「第二次世界大戦各国戦没者数」を利用させて戴きます。


第2次世界大戦における軍人の戦死者数と民間人の犠牲者数については、諸説があるが、ここでは、「タイムズ・アトラス 第二次世界大戦歴史地図 」のデータを元にグラフ化した(日本は厚生労働省資料)。
(中略)

 日本について、国内・海外の別に数字を示すと以下の通りである。

           国内    海外       計
軍人・軍属     20万人   210万人    230万人
民間人        50万人  30万人      80万人

 民間人犠牲者が多かった主な戦闘

  東京大空襲   10万人
  広島原爆投下  14万人
  長崎原爆投    7万3千884人
  沖縄         9万4千人

(資料)毎日新聞HP(数字は証言する~データで見る太平洋戦争~)

 以上で「明治以降の日本と戦争」を終わることにします。
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