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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
明治150年、何がめでたい(16)

明治以降の日本と戦争(11)

大東亜戦争[=太平洋戦争](3)



〔太平洋戦争の進展〕

 「大東亜戦争」が始まると,日本ははじめのうち圧倒的な勝利をおさめつづけました。 1941年12月8日の真珠湾の攻撃は,宣戦布告の文書がアメリカに届く前のことで,完全な奇襲作戦だったので,敵の不意を衝いたこともあって大きな戦果をあげました。 12月10日のマライ沖の海戦では,イギリス極東艦隊の主力である戦艦2隻も撃沈させました。そして,日本は蘭領東インドを目指して軍を進め, 1942年の3月9日には蘭領東インドの連合軍を無条件降伏させることに成功したのです。

 しかし,米軍を中心する連合国軍は間もなく勢力をもり返しました。そして,戦争が始まって半年もたたない1942年4月18日には東京・名古屋・神戸などが米軍機の空襲をうけるまでになりました。従来の日本の戦争では経験しなかった日本本土がついに戦場になったのです。そして,その年6月5日に西太平洋のミッドウェイ島沖での海戦で日本海軍が大きな損害をうけて以来,日本軍はつぎつぎと敗北するようになるのです。

 真珠湾攻撃が奇襲作戦だったという記述がありますが、最近インターネット上で、この問題には「ハル・ノート」というアメリカから日本への最後通告が絡んでいることを指摘する記事を頻繁に目にします。この事については2007年の記事
『戦争意志とは何か』
で取り上げています(9月20日…第7回と9月21日第8回)。最近では2017年の記事
『昭和の15年戦争史』
でも取り上げました(12月21日第34回と12月23日第35回)。

 さて、大東亜戦争は連合国軍との戦闘となり、敗戦に向かいます。次の問題は大東亜戦争のまとめの問題です。

〔問題18〕
 大東亜戦争のとき,日本軍にもっとも大量の戦没者が出たのは,どの地域での戦争だったと思いますか。

予想
 ① ソ連・満洲
 ② 中国本土
 ③ インドシナ半島
 ④ インドネシア
 ⑤ 沖縄
 ⑥ フィリッピン
 ⑦ 中部太平洋諸島
 ⑧ パプアニューギニア


 〔問題18〕についての解説を転載しましょう。

〔日本の戦没者の数〕

 富永謙吾「太平洋戦争決算報告」によると,太平洋戦争での地域別の日本の戦没者数は,

① ソ連・満洲……………30万人
② 中国本土……………・47万人
③ インドシナ半島………20万人
④ インドネシア‥‥‥‥10万人
⑤ パプアニューギニア…25万人
⑥ 中部太平洋諸島……25万人
⑦ フィリッピン…………・52万人
⑧沖縄…………………・・19万人

となっており、その他の地域を含めて,全部で240万人の戦没者がいたことになっています。
 このうち,一番多いのがフィリッピンで52万人,次が中国本土の47万人。三番目がソ連・満洲の30万人ということになります。「太平洋戦争」とはいっても,中国や満洲などで死んだ人が多かったのです。

〔なお,第二次世界大戦全体での国別での戦死/行方不明者の数は,①ソ連―612万人,②ドイツ―325万人,③日本―257万人,④中国―150万人,⑤ポーラソド―55万人,⑥米国―55万人だそうです〕

 さて、次はいよいよ「明治以降の日本と戦争」のまとめの問題です。

〔まとめ〕
 明治維新以後,日本はいろいろな国と戦争をしてきました。それなら,どんな国(独立国)と戦争したことがあったでしょう。まとめて思いだしておきましょう。

 正式に宣戦を布告して戦争した国には《》内に,×をつけ,戦争はしたのに宣戦布告をしていない国には△をつけてみて下さい。また,戦争をしたことのない国には○をつけてみて下さい。

《》(1) 朝鮮・韓国
《》(2)-a 清国
《》  -b 中国
《》(3)-a ロシア
《》  -b ソ連
《》(4) 米国
《》(5) 英国
《》(6) ドイツ
《》(7) フランス
《》(8) オランダ
《》(9) イタリア
《》(10) スペイン
《》(11) スイス
《》(12) タイ
《》(13) フィリッピン
《》(14)その他(    )

まとめの問題についての解説は次のようになっています。

〔明治以後,日本が戦争をした主な国〕

 前のページの国々のうち, (1)の朝鮮・韓国とは,明治以後には正式に宣戦を布告して戦争をしたことかありません。それなら,「日本は朝鮮とずっと平和を保って一度も戦争をしなかったか」というと,そうではありません。明治9年には朝鮮に開国を迫った日本の海軍が朝鮮軍と衝突して,戦闘しています。

 清国とは「日清戦争」のとき戦争しています。中国とも,「日中戦争」をしています。ロシアとは「日露戦争」をしており,ソ連とも,「大東亜戦争」の末期に戦争をしています。

 米国・英国とは「大東亜戦争」のとき,またドイツとは「第一次世界大戦」のとき戦っています。フランス・オランダも連合国に属していますから敵国になっています。しかし,イタリアとは第一次・第二次大戦とも味方同士でした。スペインとスイスは第二次大戦のとき中立国だったので戦っていません。タイは同盟国。フィリピンはアメリカの植民地だったので,米国と戦ったことになります。第二次世界大戦のときは,その他の国を含めて合計51ヵ国の連合国と戦ったことになっています。


 上の解説とこれまでの問題も振り返って、「まとめ」の問題の解答を作ってみましたが、間違っている所があるのではないかと危惧しています。間違いがあったら教えて下さい。

《△》(1) 朝鮮・韓国
《×》(2)-a 清国
《△》  -b 中国
《×》(3)-a ロシア
《×》  -b ソ連
《×》(4) 米国
《×》(5) 英国
《×》(6) ドイツ
《×》(7) フランス
《×》(8) オランダ
《○》(9) イタリア
《○》(10) スペイン
《○》(11) スイス
《○》(12) タイ
《×》(13) フィリッピン
《△》(14)その他(51ヶ国)
(日本が他国の植民地を攻めた場合もその領主国と戦争をしたことと解釈しました。)

 さて、以上で『ミニ授業書』の学習が終わりました。私の中では『明治150年、何がめでたい』という気持ちがますます強くなってきました。

 最後に〔あとがき〕を読んで「明治以降の日本と戦争」を終わることにします。

〔あとがき〕

 さて,いかがだったでしょうか。
 第二次世界大戦一大東亜戦争一太平洋戦争以後も日本の近くで,朝鮮戦争が起き,ベトナム戦争がつづきました。日本はそれらの戦争と「完全に無関係」とも言えないので,そのことも話題にすることを考えましたが,それはやはり「日本の戦争」ではないので,ここには取り上げないことにします。

 それにしても,第二次世界大戦以後日本が一度も戦争をしていないことは幸せなことです。 1868年の明治維新以後の日本は,1894~5年,1904~5年,1914~18年,1931~45年とほぼ10年ごとに戦争をしてきたことを考えると,1945年から今日まで40年以上も戦争を経験しなかったことは素晴らしいことです。私たちの生活が,戦前の日本人には考えることも出来ないほどに豊かになることができたのも,その長い平和のお陰といってもいいでしょう。そういう生活を守るためにも,私たちは今後とも戦争に巻き込まれないように,いや,この地上から戦争をなくすようにしたいものだと思います。そのためにはどんなことに心したらいいか―そんなことを考えるための一つの足場ともなればと思って,このミニ授業書を作ったのです。

 〔はしがき〕に書いたように,この授業書では,「戦争は何故起きたか」といったことについて,押しつけがましいことには一切触れなかったつもりです。そういうことについては,ここで取り上げた諸事実をも参考にして一人ひとりで考えていただければ嬉しいと思います。

 なお,最後に,付録として,日清戦争・日露戦争・大東亜戦争のときに日本の政府が,天皇の名で出した「宣戦布告」の文書〔勅語〕を収録しておくことにします。やたらに難しい漢字が沢山使ってあって,とても読みにくい,理解しにくい文章です。ですから,全部を理解するのは困難だとは思いますが,いろいろ参考になるところもあると思います。ひと通り眺めてみて下さい。
「こんなにむずかしい文章で,いったい誰が理解できたのだろう。ふつうの日本人にはまったく理解できないような文章を綴って戦争をしたということだけでも,その戦争がいかに非民主的なものであったかが分かるものだ」
といった感想が得られるだけでも,意味があると思うのです。

                                      板倉聖宣

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