2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
明治150年、何がめでたい(13)

明治以降の日本と戦争(8)

第一次世界大戦


 〔問題10〕に関する解説を転載します。

〔〈欧州戦争〉と〈第一次世界大戦〉の話〕

 日露戦争のあと,日本が宣戦を布告したのはドイツで,1914年のことです。つまり,日露戦争からちょうど10年あとで,また「4―シ―死の年」です。

 この戦争のことを,当時は「欧州大戦」と言いました。しかし,のちには「世界大戦」と呼ばれるようになりました。はじめは,英・仏・露・伊を中心とする同盟国とドイツ・オーストリア・ブルガリア・トルコの同盟国とが戦って,ヨーロッパ(欧州)のすべての強国を戦争に巻き込んだので,「欧州大戦」と呼ばれたのです。ところがその後,東洋の日本のほか,1917年には米国もドイツに宣戦を布告して戦争に参加したので,「世界大戦」と呼ばれるようになったのです。そしてその後,「第二次世界大戦」が起きたので,今では「第一次世界大戦」と呼ばれるようになりました。

 この戦争のとき,日本は直接の敵対関係があって戦争に参加したのではありません。 1902年以来日本は,英国と〈日英同盟〉を結んでいたので,同盟国の英国がドイツと戦争したのを理由にドイツに宣戦を布告したのです。

 この戦争は「世界大戦」とは言っても,その主要な戦場はヨーロッパにありました。それなら,日本は遠いヨーロッパのドイツまで軍隊を送ったのでしょうか。いいえ,そういうことはありません。それなら,日本は名目上だけ戦争に参加したのでしょうか。


〔問題11〕
 第一次世界大戦のとき,日本は実際に戦闘に参加したのでしょうか。それとも,名目上だけ戦争に参加しただけでしょうか。

予想
 ア. 日本は実際にドイツ軍と戦った。
                  ―どこで?(     )
 イ. 日本軍は実際には戦闘に参加していない。
 ウ. その他(       )

 どうしてそう思いますか。
 みんなの予想を出してから,つぎの話を読んでみましょう。


 〔問題11〕の解説を転載します。

〔欧州戦争=第一次世界大戦と日本軍〕

 欧州戦争のとき,日本軍も戦闘に参加しています。当時,清国(中国)の山東地方にドイツの租借地があったので,そのドイツ領を攻撃,占領したのです。

 また,南太平洋のグアム島以外の<南洋群島〉もドイツ領だったので,日本の海軍はそれらの島も占領しました。日本は,ヨーロッパヘの派兵は拒絶していましたが,ドイツの潜水艦の活躍を抑えるために地中海まで艦隊を出動させています。

 しかし,第一次世界大戦は,ヨーロッパ(欧州)が中心だったので,日本軍が戦争に参加したのは短期間だけでした。そこで1917年,ヨーロッパではまだ戦争が完全に終わっていなかったのに,日本では「戦後」と呼ばれるようになりました。

 この戦争のあとの1920年,日本は,国際連盟から,「米国領のグアム島以外の旧ドイツ領の<南洋群島〉」の統治を委任されました。そこで,日本は,「南洋庁」という役所を設けて,1945年までそれらの島々を統治しました。

〔欧州大戦と大正デモクラシー〕

 第一次世界大戦=欧州大戦が始まると,日本や東アジアの国々の人々は,ヨーロッパからの医薬品などの輸入が止まって,大変困りました。そこで,日本でそれらの製品を自給自足する研究が始まり,かなりの粗悪品でも飛ぶように売れるようになりました。そこで日本の産業界はこのとき,いまだかつてないほどの好景気に恵まれ,「科学技術の振興」が叫ばれるようになりました。また,このとき,日本と同じくドイツと戦ったアメリカから民主主義の思想がさかんに紹介されて,デモクラシーの運動か盛んになりました。

〔問題12〕
 第一次世界大戦のあと,日本が宣戦を布告して正式に戦争したのはどこの国だと思いますか。

予想
 ア.清国(中国)
 イ.ロシア(ソ連)
 ウ.米国
 エ.英国
 オ.その他(    )

 みんなの意見を出しあってから,次の話を読んでみ ましょう。

 〔問題12〕の解説を転載します。

〔太平洋戦争と支那事変〕

 第一次世界大戦のあと,日本が正式に宣戦を布告して戦争をした国というと,「米国と英国」ということになります。

 こういうと,「その前に,中国と戦争をしていたではないか」という人がいるかも知れません。たしかにそうです。しかし,その中国との戦争のとき,日本は最後まで正式に宣戦を布告しなかったのです。そこで,欧州大戦=第一次世界大戦のつぎの正式の戦争というと,「米国・英国などとの戦争――太平洋戦争=第二次世界大戦」ということになるのです。

 日本が米英両国に宣戦を布告する前,日本は長い間中国と戦争をしていました。中国では1911年に清王朝が滅んで,新しく「中華民国」という国になっていたので,日本はその中華民国と長い間戦争を続けたのです。その戦争の期間は,
① 1931(昭和6)年9月に始まる〈満洲事変〉と
② 1937(昭和12)年7月に始まる〈支那事変〉
に分けられ,1945年まで足かけ15年間も続いたので,「15年戦争」と呼ばれることがあります。その間には1939年5月に〈満洲・日本軍〉と〈外蒙古・ソ連軍〉が外蒙古で衝突して起きた<ノモンハン事件〉という戦闘も起きています。

 〈支那事変〉というのは当時の日本側の呼び名ですが,中国側では<抗日戦争〉と呼びました。<日本に抵抗する戦争〉というわけです。<支那=しな〉というのはもともと中国古代の<秦=しん〉帝国の名がもとになって出来た地名で,英語の〈China=チャイナ〉と同じことです。しかし,いまでは当時の中国の国名<中華民国〉をとって〈日中戦争〉とか〈日華事変〉と呼ぶのが普通です。

 「明治以降の日本と戦争」はついに「15年戦争」に到達しました。「15年戦争」については
『昭和の15年戦争史』(昨年10月15日から今年の2月21日までの記事です。)
で詳しく紹介しています。重複する部分があるかもしれませんが、このまま『ミニ授業書』の学習を続けます。

〔問題13〕
 「太平洋戦争」というのは,当時アメリカ側がつけていた名前です。それなら,当時日本ではその戦争を何と呼んでいたか知っていますか。また,「その戦争は何年にはじまったか」知っていますか。

 《     》戦争は、《19  》年に始まった。


〔問題13〕の解説を転載します。

〔大東亜戦争と太平洋戦争〕

 その戦争の名は,「大東亜戦争」といい,1941年12月8日に始まり,1945年8月15日に終わりました。

 日清戦争は1894年,日露戦争は1904年,第一次世界大戦は1914年と,「四,シ」のつく年ごとに10年間隔で戦争が起きていたのですが,今度は1914年の「14」をひっくり返した「41」年に戦争が起きたのです。これは,日本史を理解するときに役立つので,一緒に覚えておくといいでしょう。
「1900年の前とあとの4のつく年(1894,1904)と,その10年後の4のつく年(1914)に戦争があって,1914の後ろの二つの数(14)を引っ繰り返した年(1941)に戦争が起きた」
というわけです。

 日清戦争と日露戦争のとき,日本の政府は正式にその戦争の呼び名を決めませんでした。しかし,今度の戦争のときには米英両国に宣戦布告をして4日後に,「〈支那事変〉をも含めて〈大東亜戦争〉と呼称す」と決めています。
 <大東亜〉の〈亜〉というのは<亜細亜=アジア〉を略したものですから,「大東亜戦争=東アジア大戦争」ということになります。「太平洋戦争」という呼び名は,当時アメリカでその戦争のことを〈Pacific War〉と呼んでいたのがもとになっています。しかし,この戦争は太平洋だけで行われたのではないので,<大東亜戦争〉という呼び名のほうがよく戦争の場所を現しているといえるかも知れません。

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