2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
明治150年、何がめでたい(1)

「薩長史観」を超えて

 1週間も休載してしまいました。『自由のための「不定期便」』を再開します。

 昨年、作家の佐藤愛子さん(94歳)が「九十歳。何がめでたい」と題したエッセー集を出版して大きな話題になったが、その書名を真似させて頂いて新カテゴリを「明治150年、何がめでたい」とした。ちなみに、中学生だったか高校生だったか、私は日本史で明治維新の年を「いやロッパさん(1868)と覚えていた。つまり今年(2018年)は明治150年なのだった。

 明治150年をとりあげることにしたきっかけはアベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相の今国会の施政方針演説であった。アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相はこの演説を次のように明治維新の話題から語り始めた。

 150年前、明治という時代が始まったその瞬間を、山川健次郎は、政府軍と戦う白虎隊の一員として、迎えました。

 しかし、明治政府は、国の未来のために、彼の能力を活かし、活躍のチャンスを開きました。
 「国の力は、人に在り。」

 東京帝国大学の総長に登用された山川は、学生寮をつくるなど、貧しい家庭の若者たちに学問の道を開くことに力を入れました。女性の教育も重視し、日本人初の女性博士の誕生を後押ししました。

 身分、生まれ、貧富の差にかかわらず、チャンスが与えられる。明治という新しい時代が育てた数多(あまた)の人材が、技術優位の欧米諸国が迫る「国難」とも呼ぶべき危機の中で、我が国が急速に近代化を遂げる原動力となりました。

 今また、日本は、少子高齢化という「国難」とも呼ぶべき危機に直面しています。
 この壁も、必ずや乗り越えることができる。明治の先人たちに倣って、もう一度、あらゆる日本人にチャンスを創ることで、少子高齢化もきっと克服できる。今こそ、新たな国創りの時です。
 女性も男性も、お年寄りも若者も、障害や難病のある方も、全ての日本人がその可能性を存分に開花できる、新しい時代を、皆さん、共に、切り拓いていこうではありませんか。

 勿論、首相のブレーンの作文だろう。なかなかいい事を言っている。が、残念ながら、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相がやって来た政治は全く真逆な政策の連続だった。

昨年から明治150年が色々な形で語られ始めたが、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相が取り上げる程に明治維新を顕彰する動きが盛んになってきたのだ。この動きはいつ頃から始まったのだろう。調べてみて驚いた。首相官邸のホームページに『内閣官房「明治150年」関連施策推進室』という政策会議が既に2016年に設けられていた。その記事は明治150年の施策推進を次のように謳っている(明治以外の元号表記は西暦表記に変えた)。大変な力の入れようである。

「明治150年」関連施策各府省庁連絡会議/内閣官房
「明治150年」関連施策推進室
「明治150年」関連施策各府省庁連絡会議/内閣官房
「明治150年」関連施策推進室

「明治150年」に向けた関連施策の推進について
                    2016年11月4日

 2018年は、明治元年(1868年)から起算して満150年の年に当たります。
 明治150年をきっかけとして、明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは、大変重要なことです。
 このため、「明治150年」に向けた関連施策を推進することとなりました。

「明治150年」ポータルサイトの開設

 「明治150年」ポータルサイトを開設しました。「明治150年」に関する政府、地方公共団体、民間団体の取組みやデジタルアーカイブをご覧いただけます。
『明治の歩みを…つたえる、つなぐ』

 この明治時代を検証する官僚たちの動きは勿論アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相の指示を拝受して始めた仕事だろう。

 折しも、東京新聞が『「薩長史観」を超えて』と題して、半藤一利さんと保阪正康さんの対談を4回にわたって連載(2月20日~23日)した。お二人ともブログ記事を書くに当たってその著書を使わせていただいた方で、期待しながら読んできた。この対談については「新聞を読んで」というコラムで森健(ジャーナリスト)さんが次のように評価している。
『もう一つ東京新聞らしい企画は、明治150年に対する疑義溢れる連載だ。五木寛之氏が皇民化教育について「欧米の機械文明に到底追い付けなかった」から精神主義に走ったと指摘(1月30日6面)すれば、作家の半藤一利さんと保阪正康さんの対談「『薩長史観』を超えて」では、開戦に走った東条英機が「華族になりたかった」という木戸幸一の視点を紹介した(2月20日7面)。長州出身の政治家がいまだ権力を握る中、物語から実相を突く指摘は東京新聞ならではだろう。』

 さて、私は『「薩長史観」を超えて』を基軸にして、この明治150年問題を取り上げようと思った。そこでこの記事をOCRを用いてキストデータ化しようと思っていた。これだけでずいぶん時間がかかるなあ、と思っていたが、なんと、東京新聞のホームページで全てを読めることが分かった。その連載の第1回のURLを紹介しておこう。
<対談「薩長史観」を超えて>(1)

 さて、『「薩長史観」を超えて』を基軸にして問題解明を進めたいが、その対談内容の裏付けを得るための参考書を2冊用いることにする。

これから用いる資料
 対談『「薩長史観」を超えて』→『対談』と略記する。
『岩波講座 日本歴史14ー17 近代1ー4』→『近代史…』と略記する。
 『詳説 日本史資料集』(山川出版社)→『史料集』と略記する。

 前書きがずいぶんと長くなってしまったが、取りあえず今回は、『対談 1』に『対談』をするお二人の基本姿勢を紹介している前文があるので、それを転載しておくことにする。

 今年は明治150年。安倍晋三首相が今国会の施政方針演説を維新の話題から切り出すなど、明治時代を顕彰する動きが盛んだ。維新を主導した薩摩(現鹿児島県)、長州(現山口県)側の視点で「明るい時代」と明治期をたたえる「薩長史観」は根強い。来年4月末に平成が終わり、改憲の動きが活発化する時代の節目に、近現代史に詳しい作家の半藤一利さん(87)とノンフィクション作家の保阪正康さん(78)が語り合った。

 米国の仲介で薄氷を踏む形で講和に至った日露戦争について、

 半藤さんは大正、昭和の軍人に正しい戦史が伝えられなかったと指摘。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」では「正しい戦史は資料として使われなかった」と語り、人気小説がノンフィクションと思われていることに懸念を示した。
「太平洋戦争は維新時の官軍(の地域出身者)が始めて賊軍(の地域出身者)が止めた。これは明治150年の裏側にある一つの事実」と強調した。

 保阪さんは「日露戦争の本当の部分が隠蔽(いんぺい)された。昭和史を追うとそこに行き着く」と指摘。日清戦争で国家予算の1.5倍の賠償を取り、軍人は味を占めたと述べ、「日中戦争初期の停戦工作が不調に終わったのも政府が賠償金のつり上げをやったから」と分析。
「軍部に強圧的に脅され、昭和天皇は皇統を守る手段として戦争を選んだ。太平洋戦争の3年8ヵ月を一言でいうと『悔恨』。今の陛下はその苦しみを深く理解しているはずだ」と語った。

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