2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
398 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(50)
歴史を学ぶときの基本姿勢(2)
2005年10月31日(日)


 これまでの論調をかえりみて、私がことさらに「九州王朝」に肩入れをして いるような印象を与えているのではないかと危惧している。もちろん、「九州 王朝」に肩入れする理由も義務のない。私たちは歴史の真実をナショナリズム でゆがめることを排するとともに、「支配者の歴史」を棄揚しなければならな い。思えば、ナショナリズムとは要するに「支配者の思想」なのだ。「時代の支 配的な思想は支配者の思想である。」

 史書で次のような叙述を読むとき、私は気が重くなり、同時に憤怒の思いが 心の底から湧き上がってくる。

 景初二年(238)六月、倭の女王、大夫難升米等を遣わし郡に詣り、天子に詣りて朝献 せんことを求む。太守劉夏、使を遣わし、将って送りて京都に詣らしむ。 そ の年十二月、詔書して倭の女王に報じていわく、「親魏倭王卑弥呼に制詔す。 帯方の太守劉夏、使を遣わし汝の大夫難升米・次使都市牛利を 送り、汝献ずる所の男生口四人・女生口六人・班布二匹二丈を奉り以て到る。汝がある所遥か に遠きも、乃ち使を遣わし貢献す。これ汝の忠孝、我れ甚だ汝を哀れむ。今 汝を以て親魏倭王となし、金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮綬せ しむ。汝、それ種人を綏撫し、勉めて孝順をなせ。」

 その四年(243年)、倭王、また使大夫伊声耆・掖邪狗等八人を遣わし、 生口・倭錦・絳青けん・緜衣・帛布・丹・木?・短弓矢を上献す。掖邪狗等、 率書中郎将の印綬を壱拝す。

 壱与、倭の大夫率善中郎将掖邪狗等二十人を遣わし、政等の還るを送らしむ。 因って台に詣り、男女生口三十人を献上し、白珠五千孔・青大勾珠二牧・異文 雑錦二十匹を貢す。(「魏志倭人伝」より)


 中国に貢献する度に物品とともに献上していた「生口」とはなにか。もちろん 奴隷以外の何ものでもない。奴隷でも特に征服した国から徴用あるいは拉致した 奴隷を指すらしい。この奴隷の献上は魏志倭人伝が記録する年代よりも100年以 上も前から行われていた。

安帝の永初元年(107年)、倭の国王帥升(すいしょう)等、生口百六十人を献 じ、請見を願う。 (後漢書・倭伝)


 奴隷ではない一般人民はどうであったか。

下戸大人と道路に相逢へば、逡巡して草に入り、辞を伝へ、事を説くに或は蹲り、或は 跪き、両手地に拠る、之を恭敬と為す、対応の声「噫」と曰ふ、比するに然諾の 如し。(魏志倭人伝)


 厳格な階級格差のなかで、一般人民は支配階級にまさに奴隷的に隷属してい る。これらの記録から浮かびあがってくる古代国家は奴隷制国家以外の何もの でもない。そういう意味では「九州王朝」であっても「ヤ マト王権」下の王朝であっても否定さるべき国家でしかない。

 古来、文字は支配者の独占するところのものであった。文字で書き残された 歴史は「支配者の歴史」である。それを被支配者の眼で見直し、歴史の底に隠 されたものを見抜く必要がある。私は歴史を学ぶとき、その観点を常に想起す るよう努めている。なぜなら、今なお人類は「支配―被支配」という下等なシ ステムを棄揚できていないのだから。

 賃金奴隷。久しく使われなくなってしまったが、労働者は相変わらず 賃金奴隷である。これは厳然たる事実だ。このことから眼をそむけるのは止そ う。もしかすると、現今の労働者は資本主義初期の頃以上の賃金奴隷に貶めら れているのではないだろうか。支配階級の戦略に乗せられて労働者同士が 足を引っ張り合い、労働組合を弱体化してしまったツケが今露わだ。

 人類が「支配―被支配」という下等なシステムを棄揚できていないかぎり、 被支配者の立場を堅持することが人としての真っ当な生き方だと、私は思って いる。そして何よりも紛れもなく私は被支配者のひとりなのだから。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/237-c6d2c901
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック