FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の15年戦争史(44)

原爆関連記事(1)~(5)

 「昭和の15年戦争史」の最終年にたどり着いた。『残日録』はこの年の主な出来事を次のようにまとめている。
2月
 ・ヤルタ会談
3月
 ・東京大空襲
 ・硫黄島の日本水軍全滅
4月
 ・米軍、沖縄上陸
 ・トルーマン、米大統領就任
 ・ムッソリーニ処刑
 ・ヒトラー自殺
5月
 ・独、無条件降伏
6月
 ・米軍、沖縄占領
 ・国連憲章成立
7月
 ・ポツダム宣言
 8月
 ・広島、長崎に原爆投下
 ・ソ連、対日宣戦布告
 ・ポツダム宣言受諾、太平洋戦争終結
 ・マッカーサー着任・日本、無条件降伏
9月
 ・日本、降伏文書に調印

 日本の無条件降伏を決意させたのは広島・長崎への原爆投下だった。1945年の記事に入る前に、まず、前々回に予告した事項「人類が作り出した最悪の残虐兵器・原爆にまつわる記事」を『残日録』から取り出してまとめて転載しておこう。

 初めて核分裂実験に成功したのはドイツであった。

(1)1938年12月17日
ウランの核分裂に成功


「連鎖反応」

 天然ウラニウムのなかに0.78パーセントしか含まれぬウラニウム235の原子を分離し、それに中性子をあてると、原子核は分裂し、平均2個半の中性子が飛び出す。その中性子の1つが、さらにとなりのウラニウム235の核を分裂させると、そこから中性子が2ないし3個飛び出す。それがさらにとなりの核を分裂させ……

 こうして連鎖反応が起こり、そこに存在する多量のウラニウム235が次々に核分裂を始め、その分裂1つ1つについて200億ボルトという、想像を絶するエネルギーが放出される。それは制御しなければ異常な超熱気をともなう大爆発を起こす。生命にかかわる放射能を出す。これを軍事利用すれば、原子爆弾となる。
 シロウトの説明ながら、ご理解いただけたであろうか。

 ドイツの物理学者オットー・ハーンが実験によって初めて、中性子によるこのウランの核分裂に成功したのは、1938年12月17日である。つまり「核の世紀」がこの日に大きく開かれたことになる。

 いまや核拡散とどまるどころのない地球である。人類が生き残れるかどうかは、21世紀の人間の英知にかかっている。

(追記1月16日)
 日本やアメリカのような英知の欠片もないような無知で無恥な奴に政治の実権を与えているような現状が続く限り、人類破滅の危機はなくならない。東京新聞の「ICAN事務局長が広島で行なった対話集会」の記事『核禁止条約不参加・「日本は足踏み外した」』を転載しておこう。
 昨年のノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長(35)は15日、広島市で開かれた若者との対話集会で講演し、核兵器禁止条約に参加しない日本政府を「(核廃絶を求める)合理的な国際社会から足を踏み外した」と批判した。
 集会には学生や被爆者ら約340人が参加した。フィン氏は、被爆国の日本が条約に反対していることに「広島、長崎以外で同じ過ちが繰り返されていいと思っているのではないか」と指摘。「被爆地と日本政府の隔たりは大きく、埋める必要がある」と訴えた。
 米国の「核の傘」に依存する日本政府は、北朝鮮による核攻撃の脅威を理由に核抑止力の正当性を唱えるが「北朝鮮の核開発を抑止できなかった。核兵器がある限り、核の恐怖から逃れられない」と強調。全ての国が条約に参加することが解決策になると主張した。
 一発の原爆が広島を壊滅させたように「今、この瞬間に日常が終わり得る。われわれは核兵器が使われる最も近い時にある」と述べる一方、条約で「最も核廃絶に近い所へも来た。希望を持って打ち勝つ必要がある」と呼び掛けた。

 『残日録』の記事に戻ろう。
 ドイツに続いてアメリカが原爆製造を始める。

(2)1939年8月2日
アインシュタインの書簡


「爆弾1発で港が壊滅」

 20世紀は原子力の世紀だといわれている。そのスタートとなったのが、さきに書いた1938年12月22日のドイツ原子物理学者オットー・ハーン博士の論文である。ウラニウム235に衝撃を与えることで、核分裂させることが可能という仮説を発表したのである。これは新大陸発見と同じくらい大きな出来事であった。

 これをうけて物理学者のアインシュタイン博士が、一書をしたためた。あて先はルーズベルト米大統領である。このウランの核連鎖反応というエネルギー現象は、核爆弾の製造にそのままつながる、と指摘した上で、
「この爆弾が船ではこばれ港湾で爆発させられれば、一発で港全部と周辺を壊滅させるかもしれぬ」
 と予言し、ドイツはこの分野での実験をすでにつづけていること、そして第2次大戦がはじまったとき、それが成功すれば恐るべき事態になるであろうと、博士は冷静に予言をつらねたのである。

 これが大統領を動かし原爆製造へと踏みださせた。書簡の日付は1939年8月2日である。

(3)1942年12月2日
ウラン核分裂実験に成功


「大変友好的でした」

  エンリコ・フェルミ博士を長とする12人の科学者は、いまや人類最初の原子炉によって"太陽の火"を得ようとしていた。炉の中でウランの核分裂がはじまり、連鎖反応がはたしておきるのか。それがおきれば、原爆製造への道はあっという間に開けるのである。実験は終始計算と一致していた。フェルミ博士はバルコニーにいる人びとのほうをふり向いていった。
「さあ、原子炉は連鎖反応をおこします」

 1942年12月2日の午後3時20分、物質がその内部のエネルギーを、人間のために解放した瞬間である。二人の科学者が直後に電話で短い会話をかわした。
「イタリアの船乗りは新大陸につきましたよ」
 フェルミ博士はイタリア人であった。
「で、現地人の態度はいかがでしたか」
 現地人――それは原子力である。
大変に友好的でした」
核時代開幕の日である。

 私は、恥ずかしながら、エンリコ・フェルミという物理学者の名に初めて出会った。ネット検索で調べていたら、伊藤智義著『栄光なき天才たち』の中の「― 狂った歯車の中で… エンリコ・フェルミ ―」という章が読めるブログに出会った。なぜ多くの物理学者達が「原爆製造という狂気の計画に参画していったのだろうか?」という問題も取り上げているし、(2)の「アインシュタインの書簡」も取り上げられている。是非多くの方に読んで欲しいと思った。紹介しておこう。

『狂った歯車の中で… エンリコ・フェルミ』

 アメリカによる日本への原爆投下は無条件降伏に応じない日本にアメリカが業を煮やした結果だと、私は思い込んでいたが、なんと既に1943年に原爆投下の目標を日本に設定していたと言う。

(4)1943年5月5日
原爆の投下目標が設定された日


「原爆の目標は一貫して日本」

 アメリカが原子爆弾の標的に、はたしていつ日本を設定したか。これまでよくいわれてきている説は、いくら急いでも原爆の製造が完成する前に対ドイツ戦は終わってしまう、とはっきりしたのちになって、それならばということで、かわりに日本が対象になった、というものであった。

 しかし最近になって、1943年5月5日には、もう視線が日本に向けられていた、という事実が判明する。この日、軍事政策委員会が「トラック島に集結中の日本艦隊が、最もよい目標と結論した」というのである。この時点では、ヨーロッパの戦いがいつ終わるか、まだだれにも確実に予想することなどできないときである。

 原爆製造計画(マンハッタン計画)の総指揮官グローブス少将の、スチムソン陸軍長官あての手紙の一節が非常に興味深い。
「目標は一貫して日本なのであります」
 1945年4月23日付けのもの。つまり製造中にもドイツが目標と考えられたことは一度もなかったのである。根底に人種差別があったのであろう。というより、戦争という"熱狂"が人間をかくも無責任なものにする。

 その1943年には、日本でも原爆製造を計画し始めていたと言う。これも私には初耳だった。

(4)1943年11月23日
日本の原爆製造計画


「明日の問題解明のために」

 東京駒込にあった理化学研究所の49号館1階3号室の天井を突き破って、5メートルの分離筒が、2階8号室にまで頭を出して完成したのは1943年11月23日のことである。

 竹内柾(まさ)、木越邦彦、石渡武彦の3人の科学者が、このひょろ長い筒で天然ウランからウラン235を分離させようと必死にとりくんできた。つまり1842年の暮から、細々とした予算で日本も原爆製造の夢を描き、そしていまほんの第一歩といえる分離筒が出来上ったのである。

 しかし、工業力と資金からみてもほとんど絶望である。それは"今日の戦争"には間に合わない。しかし研究を続けることは"明日の問題"解明のために大きな意味がある、 そう彼らは考えて頑張っていた。

 仁科芳雄博士がある日、彼らに聞いた。原爆がほんとうに出来ると思うかと。若い研究員は異口同音に、
「とても出来ないと思っています」
と答えた。博士は
「そんなつもりでやっているなら……」
と強い語調でいってから、ふうと顔をやわらげた。
「まあ、このまま、しばらくやっていろ」

 さて、次回から『残日録』の1945年の記事をたどっていくことにする。
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/2363-6c978a87
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック