2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の15戦争史(22)

『1★9★3★7』を読む(3)

 今回から、1937年に日本を戦時国家へ大きく変貌させていったもう一つの要因、「国民精神総動員法」に関連した辺見さんの論説の中から「第2章の第5節以降」を読んでいくことにする。


5 皇運ヲ扶翼シ奉ル

 堀田善衛はかつて戦争についてこんなことを書いたことがある。
「戦争という厖大な事件は、その巨大なまでに空しい必然性のなかに、無限の偶然性を内包しており、人々がぶつかるその一つ一つの偶然性の総体が、その人、一人一人の場から見ての戦そのものであったと言えるようなものなのであったかもしれない。そうして、その一つ一つの偶然性は、その人一人一人の生と死にかかわった」(『方丈記私記』ちくま文庫)。
ずいぶんもってまわった言い方ではある。『方丈記私記』が戦後も戦後、1971年に刊行されたものとはいえ、「人々がぶつかるその一つ一つの偶然性」「一人一人の場から見ての戦争」「その人一人一人の生と死」という、「ひとりびとり」の視点は、1918(大正7)年生まれの作家としてはめずらしい。
「ぼくは(……)明治の民権自由の婆さんに育てられた、生まれつきの日本共和国論者ですから、レパブリカン(共和主義者)ですから」(武田泰淳・堀田善衛『対話 私はもう中国を語らない』 1973年、朝日新聞社)
という、ケロッとしたどこか陽性の言い方をみても、なるほど堀田という人物があらかじめの「脱ニッポン」的自我の持ち主であったことかわかる。だからこそ、中国人インテリの目でみた南京大虐殺を描いてみるなどというはなれわざに挑戦したのであろうし、であるからこそ、「積屍」なる、ダイナミックな中国語をためらわずもちいることができたのではないか。

 言うまでもないことだが、中国とニッポンとではいっぱんに死生観がことなる。死生観がちがえば、屍体についてのかんがえかた、すなわち「屍観(かばねかん)」もちがうはずである。堀田善衛がまだ十九歳で慶應義塾大学政治科予科学生だった1937年という年はエポックメーキング(画期的)な年であり、ニッポン人の死生観と「屍観」につよい影響をあたえただろうできごとがあいついだ。この年には、なによりも日中戦争の発端となる盧溝橋事件が勃発し、それまで経験したことのない規模で人間とモノと「精神」を上から下までやみくもに総動員する「国家総力戦」のはじまりとなった。国家総力戦の精神的支柱は「挙国一致」である。挙国一致とはなんだろうか。大辞林にはその語義として「国全体が一つの目的に向かって同一の態度をとること」と、じつにおどろくべき事象を、おどろくほどすっきりあっさりと述べていて、たしかにそのとおりなのである。堀田的な「ひとりびとり」の視点はもののみごとに圧殺された。国ぜんたいが一つの目的にむかって同一の態度をとること……という挙国一致の定義には、しかし、肝心なことが抜けおちている。いったいなんのために、がないのだ。盧溝橋事件の翌月にあたる1937年8月、近衛内閣は「国民精神総動員実施要綱」というのを閣議決定する。国家権力が「精神」をとなえ、「動員」をよびかけ、それらのことをかってに「閣議決定」するくらい怪しいうごきはない。だが、歴史の実時間にあって、果たして、どれだけのひとがこれをまがうかたない危機と感じえたか。わたしはいぶかる。抵抗はなきにもひとしかったのだ。閣議決定された「国民精神総動員実施要綱」の「趣旨」には、なんのための挙国一致かが、まるで呪文のようにかたられている。

 挙国一致堅忍不抜ノ精神ヲ以テ現下ノ時局ニ対処スルト共ニ今後持続スベキ時艱(じかん)ヲ克服シテ愈々皇運ヲ扶翼(ふよく)シ奉ル為此ノ際時局ニ関スル宣伝方策及国民教化運動方策ノ実施トシテ官民一体トナリテ一大国民運動ヲ起サントス

 一大悪文とはこのことだ。挙国一致と堅忍不抜の精神をもって現下の時局に対処するという、根拠も裏づけもない、ほとんど無内容な、むかしの体育会的な気合い入れの目的は、だが、ひとびとの幸福のためではなく、「皇運を扶翼し奉るため」だというのである。これをあえてなぞってみよう。時艱とは、時代の直面しているこんなんという意味だ。それを克服するのが最優先課題であり、言わずもがな、「ひとりびとり」の視点などあったものではない。「ひとりびとり」の視点は、挙国一致の思想の明確な敵であった。若いひとはたぶん知らないだろう。そういう時代がじっさいにあったのだ。そういう時代に似た時代がまたくる(もうきている)のかもしれない。では、「皇運」とはなにか。皇室の運命または天皇の権勢と威信ということだ。ニッポンというクニは皇運の下にあったし、げんざいもひきつづきそうであるかもしれない。「扶翼」とは、皇運としばしばセットでもちいられたことばで、おたすけし、お守りすること。あわせれば、天皇の勢威をお守りさせていただくために、官民一体となり国民精神総動員運動という一大国民運動をおこさなければならないというのである。皇室――国家権力――社会(というより「世のなか」)には離間も緊張もなく、世のなかぜんたいが「皇運」をささえるべきものとアプリオリにみなされていた。丸山眞男に言わせれば、これぞ
「『万世一系』のイデオロギー的な強み」
 なのであり、
「(……)皇室が、『貴種』のなかの最高貴種(primus inter pares)という性格によって『社会的』に支えられていた(斜体文字は辺見)(丸山眞男「歴史意識の『古層』」『忠誠と反逆-転形期日本の精神史的位相』ちくま学芸文庫)
ということではないのか。いまもその基本構造はかわらず、そのながれはとだえていない。

6 国民精神総動員とラヂオ

 いま読めば、まことにばかばかしい。けれども、国民精神総動員実施要綱の「指導方針」には、「挙国一致」「尽忠報国」「堅忍持久」「国民ノ決意」といったことばがならぶほか、「思想戦」「宣伝戦」「経済戦」「国力戦」が、国策遂行上不可欠だという。露骨といえばあまりにも露骨だが、いまはこうした国家意思がかんぜんに消えさったのだと胸をはって言えるだろうか。国民精神総動員の「実施機関」としては、「情報委員会、内務省及文部省ヲ計画主務庁トシ各省総掛リニテ之ガ実施ニ当ルコト」などとして、なにがなんでも[総がかり]がうたわれている。注目すべきは「実施方法」と「実施上ノ注意」である。中央省庁や道府県、市町村、会社、銀行、工場、商店などすべての組織が国策への協力を義務づけられたのはいうまでもない。くわえて、「各種言語機関ニ対シテハ本運動ノ趣旨ヲ懇談シテ其ノ積極的協力ヲ求ムルコト」「ラヂオノ利用ヲ図ルコト」「文芸、音楽、演芸、映画等関係者ノ協力ヲ求ムルコト」とある。刮目(かつもく)すべきはここである。「各種言語機関」とはいかにも面妖なことばだが、新聞、出版、放送などのマスコミである。おもしろいものだ。マスコミにはただ強圧的に命じるという言い方ではなく、国民精神総動員運動の趣旨を懇切に説明し、積極的な協力をもとめる、というやわらかな表現になっている。マスコミの役割が総力戦においていかに重要かを当局が知りぬいていたことをものがたっている。「ラヂオの利用」がことさらに強調されたのも、ゆえなしとしなかった。

 1930年代は、ラジオという「ニューメディア」の劇的な普及期であった。重大ニュースはラジオで速報され、受信者の関心をあつめた。それとともに、受信機の普及がすすみ、とくにベルリン・オリンピック(1936年)と盧溝橋事件がラジオ聴取加入者を増やした。まさに〈戦争がメディアをつくり、メディアが戦争をつくる〉といわれるほど、戦争やオリンピックとメディアのかんけいは密接不可分である。社団法人東京放送局が日本ではじめてラジオ放送を開始したのが、皮肉なことに、治安維持法が普通選挙法とだきあわせで成立した年の1925(大正14)年で、翌年に日本放送協会(NHK)が発足し、本格的な国策伝達・宣伝機関となる。1931年9月18日の柳条湖事件(満州事変)の翌年2月には全国のラジオ聴取加入者が百万人をこえ、犬養首相が殺害された同年の5・15事件直後には、聴取加入者がさらに増えて、1936年の2・26事件とベルリンオリンピックなどで全国のラジオ聴取加入者は一気に三百万人を突破する。新聞もラジオの速報に負けじと「号外」を連発するようになり、読者をどんどん戦争に煽(あお)っていくことになる。しかし、情報内容の真の重大性だけが新聞に「号外」発行をうながしたわけではない。36年の阿部定事件では事件発覚後と阿部定逮捕後の二度にわたり号外がくばられ、新聞、雑誌は売れに売れた。陸軍の青年将校らが「昭和維新の断行」をさけんで決起したクーデター未遂事件である2・26事件と愛人の男性を扼殺(やくさつ)し、局部を切りとった猟奇的事件である阿部定事件。知(らせ)るべき情報の性質の軽重は明らかであった。にもかかわらず、ひとびとはまるで暗転する世相の脱出口をもとめるかのように阿部定事件報道に興奮し、新聞・雑誌をむさぼり読み、ラジオに耳をかたむけた。メディアのがわも、ことの軽重ではなく、読者、聴取者の熱狂ぶりに報道の照準をあわせるようになる。36年5月21日の東京朝日新聞には「昂奮する猟奇の巷(ちまた)」という異様な横見だしがおどり、阿部定フィーバーをおもしろおかしくつたえている。時代にはすでに妖気がただよっていた。

 1937年にただよっていた妖気は、現在ますます怪しい妖気となって、この国に覆い被さっている。この流れも途絶えていない。
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