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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
歴史隠蔽偽造主義者たち(4)

日本会議(3)

 特集「日本会議とは何か」の第四論考を紹介する前に予備知識として、最終記事の「日本会議を生んだ右派宗教潮流」という図解記事を転載しておこう。(「生長の家」の右下の欠けている部分の団体名は「生長の家政治連合」です)
右派宗派
 このページの右下に次のような解説があり、日本会議に役員を送っている主な宗教系団体の一覧表がある。これも転載しておこう。

  東京都目黒区内の日本会議の事務所があるマンションの同じフロアに、元生長の家信者が中心になって結成した日本青年協議会(日青協)の事務所がある。
 日本会議のルーツの一つである日本を守る会の事務所は明治神宮内にあり、日青協幹部と生長の家職員、及び神社関係者が運営していた。もう一つのルーツである日本を守る国民会議の前身の、元号法制化実現国民会議も同様だった。
 日青協の椛島有三会長は、日本を守る国民会議の事務局長で、日本会議の事務総長。日本会議の系列組織で、現在改憲運動の前面に立っている美しい日本の憲法をつくる国民の会の事務局長だ。日青協の幹部が、日本会議及びその前身の団体の事務局を担当。日本会議や系列団体の動員は、宗教団体の信者に負っている。
・神社本庁・伊勢神宮・新生佛教教団・念法員教・崇教真光・解脱会・熱田神宮・黒住教・佛所護念会教団・天台宗・比叡山延暦寺・神道政治連盟・靖国神社・オイスカ・インターナショナル・モラロジー研究所・大和教・東京都神社庁・倫理研究所・明治神宮(日本会議のHPの役員名簿より)

 さて、第四論考は成澤宗男さんによるインタビューをまとめた記事である。そのインタビューのお相手は三輪隆裕さんで次のような肩書きの方。
「みわ たかひろ 1948年、愛知県、清州山王宮日吉神社宮司。神職三輪家56代。名古屋大学文学部卒業。至学館大学研究員。」

 この論考の中でも取り上げられているが、昨年の正月にほとんどの神社に「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲署名用紙が置かれていたことを知り、私は「神道って何なのだ」と強い違和感を持った。この問題については第四論考の2ページ目に「信念で改憲運動をやている神道人は一握り」という大きな表題が付されている。三輪さんのこの論考によって現在のほとんどの宮司が神社本庁の言いなりである理由が良く分かったし、三輪さんのような事実に即したしっかりとした論考をしている宮司がいることに安堵の念を強く持った。

 では第四論考を紹介しよう。表題は次のようになっている。 「本当の神道の姿を説く三輪隆裕宮司インタビュー
明治時代の天皇崇拝は神道の長い歴史では特殊

 そして次のような枕記事が置かれている。
『日本会議は、「伝統」こそがあらゆる価値の中心と見なす。改憲も、「現行憲法は日本の伝統に合わない」からと言う。だがその「伝統」とは、神道では異端である明治時代の国家神道なのだ。』

 では本文を読んでみよう(「――」の後の太字部分が成澤さんによる問いかけ)

――日本会議は、「皇室と国民の強い絆」は「千古の昔から変わることはありません」と主張し、これが「伝統」だとしています。日本会議と密接な宗教法人の神社本庁もそうですが、天皇の価値を強調し、「国民統合の中心」に置こうとするのは、「伝統」だから、という論理なのですが。

 いや、それは「伝統」ではありません。江戸時代にはごく一部の知識階級を除き、「京都に天皇様がおられる」ということを庶民が知っていたか、はなはだ疑問です。本来神仕とは地域の平和と繁栄を祈るためのもので、この日吉神社でいえば、江戸時代は氏子の地域と尾張国の繁栄を神様に祈願していました。明治になって、日本という統一国家ができたので、その象徴として「天皇」を据えたのです。

――「天皇のために死んだ」とされる人々だけを祀る靖国神社は、「伝統」でしょうか。

 西欧的な一神教では「神と悪魔」がいて、敵と味方を峻別します。しかし多神教の神道は、もともとそうしたことをしません。特に古代から日本では御霊会が行なわれており、非業の死を遂げた人々の霊を手厚く弔う習慣がありました。しかし、西欧文明を受容し、富国強兵を目指した当時の日本国のために死んだ人びとを神々として祀り、戦死を美徳とする必要があったのです。特に戊辰戦争で戦った幕府方の人々は靖国に祀られていませんが、彼らだって一国のために戦った」と思っていますよ。

――なぜ神道にとって伝統でないものが、「伝統」とされたのですか。

 そのポイントは、明治という時代にあります。江戸時代からの神官たちは、明治になって、社領を政府に取り上げられ、一部を除き、廃業してしまいました。そして神社は、土地も建物も国有化され、宗教から外されたのです。新しく神官となった人々にとっては、明治が最初の時代で、彼らは準国家公務員ですから、明治は栄光の時代でした。だから、明治が出発点となったのです。ところで、薩摩藩と長州藩は幕末に最初「尊王」「攘夷」を唱えましたが、実際に外国と一戦を交えて、とてもかなわないことがわかった。そこで新政府を作り、開国して海外から技術やシステムを取り入れ、国が強大になったらいつか「攘夷」をやろうと思ったのです。そして欧米列強と肩を並べようとしたのが、「大東亜戦争」であったとも言えます。

国家神道は伝統に非ず

――しかし明治時代に強くなったのだから、日本会議のような右派は「栄光の明治」と呼んでいます。

 たまたま日清・日露戦争で勝てただけです。私に言わせれば、明治政府は文化と宗教の破壊者です。彼らは開国した以上、それまで禁教だったキリスト教の布教を認めざるを得ませんでした。一方で、日本がキリスト教国家になると困るので、防波堤になるものを考えた。そこで、神道を宗教から外して、国民の精神を昂揚させるための手段とし、神社から宗教色を抜くために、仏教的な色彩を取り除こうとしたのです。これが文化破壊です。

――明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)ですね。

 明治政府が考えた対応策が、「神社は宗教ではない。国家の儀式をつかさどる機関である」という、「国家の宗祀」理論です。宗教ではなく国家の儀礼だから国民に強制でき、同時にキリスト教に対抗できる西欧の「市民宗教」的な機能を神道に持たせようと考えた。そこでは神社は国営化され、建物も敷地も国家のものになりました。神社を管理するのは内務省、宗教を管理するのは文部省と区分された。そして「宗教ではない」からと、神社の宗教行為まで禁止したのです。儀式だけやれと。布教したらダメで、それに代わって国家が国民の教化のために作ったのが、「教育勅語」だったのです。しかしこのように一つの価値観と規律で国民をしばる、などという発想は、多神教の神道にはありません。

――そうすると、国家神道は、神道の歴史ではきわめて特殊だと。

 それが、今の神社本庁には理解できないのですね。戦後、占領軍の「神道指令」で国家神道は解体されました。その後、神社は生き残るために宗教法人・神社本庁として再出発しますが、当時の神道界のリーダーは、ほとんど明治時代に神主になった人だったため、それ以前の本来の神道ではなく、明治政府が作った神道が「伝統」だと思ってしまった。その感覚が、戦後70年経ってもまだ残っているのです。

――だから今日も、過度に「天皇の価値」を強調するのでしょうか。

 天皇は国民を思い、国民は天皇を敬愛し、大切にするという、天皇を頂点とした一種の家族主義的国家観、「国体」観が明治以降、国民の意識に植え付けられましたからね。しかし、家族主義というのは、せいぜい通用するのは家庭内とか友人関係、つまり「顔」の見える範囲の社会です。それを国家のような巨大な社会まで拡大したら、危険ですよ。なぜなら近代の民主主義の前提は、「人間を信用しない」ということです。だから人々が契約を結び、違反したら法で裁かれる。法治社会です。どんなに素晴らしい政治家でも、常に人々にチェックされます。しかし、親子関係は、契約で結ばれていますか。違うでしょう。家族主義を国家まで拡大すると、権威主義や全体主義となります。「良いリーダーの元に素直な人々が結集して良い社会を作る」。これが一番危険です。戦前のファシズム、あるいは共産主義もそうです。カルト宗教なんかも同じです。今のイスラム原理主義もそうです。民族派の人たちが主張するような社会になったら、また昔の全体主義に逆戻りしますよ。

神社の改憲署名に違和感

――そうした「国体」観を破壊した占領軍が作ったのだから、現行憲法は改憲しろ、というのが日本会議と神社本庁です。今年の正月には多くの神社で、日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲署名用紙が置かれていました。

 人々は神社にお参りに来たのであって、改憲署名には違和感を覚えたのではないですか。しかし、ほとんどの神社の宮司は、本庁から書類が来ているのでそのようにしているだけです。

――まったく、意外ですね。

 それが、全体主義の怖さなのです。個々人が自分の頭で考えず、「組織から言われたから」と引きずられる。主体性がない。

――改憲をどう考えていますか。

 時代に合わせて改憲をするのはよいことです。しかし、方向性が問題です。現在の世界で、人類社会の基本的価値として認められている、民主主義、基本的人権、自由で平等な社会、経済の市場システムといったものをより強く育んでいけるような憲法なら変えてもよい。しかし、日本の独自性とか、妙な伝統とかいったものを振りかざして、現代の人類社会が到達した価値を捨ててしまう可能性があるような憲法なら、変えないほうがよい。日本会議の改憲案は世界の共通価値と離れ、時代錯誤の原理主義と権威主義に満ちている。私は、自身のブログで詳細に論じています。

――三輪さんのような考えは、神社界では異端なのですか。

 私自身、右でも左でもないリベラリストだと思っていて、似たような考えの人は他にもいますよ。

 三輪さんのブログを覗いてみた。なかなか良い記事が沢山ある。毎日訪問ブログに加えた。紹介しておこう。 『宮司のブログ』
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