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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
歴史隠蔽偽造主義者たち(3)

日本会議(2)

 特集「日本会議とは何か」の第三論考は能川元一(のがわ もとかず 大学非常勤講師)さんによる「幼稚な陰謀論と歴史修正主義」という表題の論考で、「生長の家元信者で、政府の諮問機関委員にもなっている」という高橋史朗の歴史隠蔽偽造主義を厳しく批判している。その論考の前書きで次のように書いている。

「反米」か?
「東京裁判史観」批判の荒唐無稽


 日本会議の代表的な論客の一人、高橋史朗氏。戦後になって戦争を反省したのは、「占領軍の洗脳」のためだという。こんな「理論家」が幅を利かせているのが日本会議なのだ。

 私は『右翼イデオローグの理論レヴェル』
で八木秀次という右翼学者の論考批判を書いている。その中で八木を次のように紹介した。
『この右翼イデオローグは「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていたことがあり、いまは「日本教育再生機構」理事長だそうだ。政府の諮問機関「教育再生会議」と紛らわしいが、「日本教育再生機構」は右翼巨大団体「日本会議」傘下の民間組織である。つまりヤギは「日本会議」の教育部門のトップ・イデオローグということになる。』
 つまり、能川さんが取り上げている高橋史朗と同類なのだ。八木秀次の論考は「憲法」についてなのだが、その底流に流れているイデオロギーは高橋史朗と全くと言っていいほど同じなのだ。

 では能川さんの論考を転載しよう。

 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(以下、WGIPと表記)という用語を、ご存知だろうか。評論家の故・江藤淳氏によって保守・右派論壇に導入されたもので、「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(江藤『閉された言語空間』文春文庫)を意味するという。

 具体的には、占領期にGHQ(連合国総司令部)が行なった検閲や、NHKラジオ番組「真相はかうだ」に代表される、一連のプロパガンダ事業を指している。現在もこのWGIPについて熱心に語っている右派論壇人の一人が、明星大学の高橋史朗特別教授だ。日本会議の代表的なイデオローグの一人であり、育鵬社の右翼的な中学校用公民・歴史教科書を実質的に支えている一般財団法人「日本教育再生機構」の理事でもある。

 2014年に高橋氏が刊行した『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』(致知出版社)の第3章によれば、WGIP政策を遂行した民間情報教育局(CIE)の主要任務は、日本人の「内部からの自己崩壊」「精神的武装解除」であったとされる。今日の日本が「自虐的にすべて日本が悪かったのだと謝罪をくり返すようになって」いるのは、このWGIPの「成果」だ、というのである。

 東京裁判やその報道、検閲などを通じ、GHQが日本の侵略戦争や戦争犯罪についての認識を当時の日本人に持たせようとしたことは、事実である。有名なところでは、1945年12月15日に出された「神道指令」により、国家と神道が分離され、「大東亜戦争」など国家神道、軍国主義と密接に結びついた用語の公文書での使用が禁じられた。

 また、同時期にCIEは全国紙のすべてに「太平洋戦争史―真実なき軍国日本の崩壊」という記事を掲載させ、同趣旨の内容のラジオ番組「真相はかうだ」をNHKで放送させた。満州事変以降の日本の戦争を侵略戦争とするとともに、責任をもっぱら軍部に負わせるという、東京裁判とも共通する歴史認識を日本国民に提示し、検閲制度とあわせ「太平洋戦争」という用語の定着を図ったのである。

 高橋氏らのWGIP論が史実にそぐわない陰謀論となっているのは、第一に「洗脳」の効果を極度に過大評価し、GHQの占領の終了以降も日本人を呪縛し続けたという、心理学的に無理のある主張をしているからである。

すべてはWGIPのせいか

 前述の『閉された言語空間』に対する一橋大学の吉田裕教授の「アメリカ側の提示した価値観をうけいれるだけの歴史的土壌が日本側にもあったことが、完全に無視されている」(『日本人の戦争観』岩波現代文庫)との批判は、高橋氏の議論にもそのままあてはまる。加害責任の認識より「戦争はもうこりごり」という意識が支配的だったにせよ、アジア・太平洋戦争を批判的に捉える自発的な契機は、日本の庶民の間にもあった。

 WGIP論を陰謀論とする第二の理由は、高橋氏らがWGIPの目的を日本人に「自虐意識を植え付け」ることだと理解している点にある。アメリカ側から見れば「侵略戦争」や「戦争犯罪」は事実に即した認識なのであるから、日本人がそうした認識を持つことが「自虐」であるはずがない。高橋氏らがアジア・太平洋戦争の侵略性を否認し、南京大虐殺に代表される日本軍の戦争犯罪を否認しているからこそ、「侵略戦争だった」「南京大虐殺は事実だった」という認識は、一方的に「自虐意識」だと写るのである。

 この意味でWGIP論は、日本会議や右派の南京大虐殺否定論や日本軍「慰安婦」問題否認論といった個々の歴史修正主義的主張を包括する、メタ理論(注=一理論の、さらに上位の理論)の役割を果たしている。歴史認識に関する右派の攻勢に日本社会がまだ完全に屈するに至っていないことも、また国際社会において日本の右派の歴史認識がほとんど受けいれられないことも、すべてWGIPが原因だとされる。

 高橋氏の最新著『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在』(宝島社)は冒頭、「戦後70年の節目が過ぎた今日も、いまだ戦後の占領政策が日本を支配している」とし、「そこに付け入り、中韓が露骨な反日プロパガンダを仕掛けてきている」とする。つまり、WGIPを起点とする「歴史戦争」が70年間続いている、というのが高橋氏の戦後史認識なのだ。

 何しろ日本の戦争責任を追及する動きをすべてWGIPに根ざした「反日キャンペーン」のせいにしてしまうのだから、高橋氏の歴史認識は主観的には無敵となる。自らの主張が国際社会から(あるいは「左翼」から)否定されればされるほど、WGIPの「呪縛」という決まり文句が、効果を発揮するのである。

対米追随だからできる「反米」

 高橋氏のWGIP論の特徴は、それがアジア・太平洋戦争についての歴史認識のみならず、占領下での改革全般、特に「個人の尊厳」に立脚した家族政策の否定に結びつけられていることだ。「日本国憲法を神聖視し、批判をタブー視する傾向のルーツ」がやはりWGIPにある、というのである(前掲の最新書第5章)。

 日本会議の出版物や公式サイトなどにおいて披瀝されている戦争理解、戦後史認識は、WGIPについての高橋氏の主張こそ前面に出ていないが、その大筋は高橋氏のそれと一致している。アジア・太平洋戦争を侵略戦争だとする戦争理解を「東京裁判史観」と呼び、そこからの脱却を主張したり、教育勅語の否定や「押し付け憲法」が戦後の「教育荒廃=家族破壊」の元凶である――とする点などに、そのことはよく現れている。

 WGIP論に依拠した戦後史理解は、強い「反米」色を帯びている。日本の占領統治を主導したのが米国である以上、必然的なことだ。親米/反米の対立は戦後の保守・右派論壇においてくすぶり続けている火種で、2000年代のはじめに小林よしのり氏らが、親米派を「ポチ・保守」と批判したことで顕在化したこともある。

 だが論壇内でのいさかいならともかく、現実の政治においては、対米追随によって米国の「同盟国」としての地位を確保することが、保守派にとって動かしがたい既定路線となっているのが実情だ。そもそも、大日本帝国の戦争を美化し、その戦争犯罪を否認するような政治団体が公然と存在しているのは、戦後、戦争責任追及が中途半端に終わり、日本が冷戦下で米国の忠実な同盟国として対米追随を選択したから可能だった。日本会議や高橋氏が、米国の許容を逸脱した「反米」路線を追求したら、現在のような影響力はなかっただろう。

 イデオロギー面で日本会議ときわめて近い安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」という趣旨の発言をする一方で、正面からアジア・太平洋戦争を「侵略戦争ではなかった」と公言できなかったことも、右派の歴史認識に関する主張の限界を如実に示している。「反米」的歴史認識は、対米従属が可能にしている。右派は、米国が日本の反動的動きを制止するつもりはないのもそのためだと、心得ておかねばならないだろう。

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