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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
歴史隠蔽偽造主義者たち(2)

日本会議(1)

 前回の最後に予告したように、今日は前回の続きです。さっそく『週間金曜日1089号』(2106年5月27日刊)の特集記事「日本会議とは何か」の第一論考の本文を掲載する。

 日本会議とは、一口で言えば「右派の統一戦線」です。日本の右翼の伝統は少数精鋭主義で、統一戦線は左派のお家芸だった。その統一戦線戦術を実行したのが、日本会議だというわけです。

 この団体には神社本庁のみならず、仏教系の佛所護念会などさまざまな宗教団体、文化人、財界人などが加わっています。①そういう意昧での「統一戦線」なのですが、核になって事務局を掌握しているのは、日本青年協議(日青協)という小さな団体です。日青協は、かつて活発に政治活助をやっていた右派教団である生長の家の創始者・谷口雅春氏の教えを受け継いだ集団です。

 生長の家がすでに政治から手を引き、日青協は教団と組織的つなかりはありませんが、創始者の教えが生きている。その点では他の新興宗教とは合わない部分も大きいはずなのですが、それを巧みにオブラートで包み、本来自分たが持っているものを隠すのがうまい。実際には極右ですが、表面的にはソフト。だから他の宗教団体なども、日本会議に入ってくる。

 知名度は低いですが、日本会義を動かしているのは日青協の彼らだといっていいと思います。

 彼らが影響を受けた谷口創始者の持論は、「明治憲法の復元」でした。改憲ではありません。改憲というと、現行憲法を認めることになる。現行憲法は制定続きに瑕疵があり、正統性があるのは明治憲法だ。そこに戻らねばならない――という理屈なんですね。

 また、敗戦もなかったと。太平洋戦争に敗れたのは、迷いと島国根性に凝り固まった「偽りの日本」だ。「神洲日本国」は破れたのではない――という理屈です。歴史修正主義の、極端なところまでいっている。そうした「教え」を受け継いでいる集団が、今や権力の近くにいるんです。②


安倍政権を支える有力者

 日青協関係者で存在が大きいのは、会長の椛島有三(かばしま ゆうぞう)、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫、そして安倍晋三首相に近い参議院議員の衛藤晟一(えとう せいいち)の各氏です。みな生長の家系の民族派学生運動の関係者でした。

 椛島氏は現在、日本会議の事務総長。伊藤氏は、自民党の右派に影響力を持つ人物です。「戦後50年」の1995年、当時自民党と社会党、新党さきがけの連立与党が「侵略戦争への反省」を盛り込んだ国会決議を採択しようとした動きに対して、自民党を中心とした右派議員が猛烈に反発しました。そうした議員は97年2月、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(2004年に『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』と改名)を結成します。

 そのナンバー1が、故・中川昭一、ナンバー2が事務局長の安倍晋三の各議員でした。他に下村博文、萩生田光一、高市早苗ら後に安倍政権を支える極右的な議員が育ちましたが、彼らは現在、「日本会議国会議員懇談会」の有力メンバーとなっています。

 当時、若手と呼ばれた彼らを日青協の方向に組織したのは、伊藤氏でした。高市議員が、「私たちの会にお力添えいただいた」と回顧談を書いています。また衛藤参議院議員は、日青協と国会議員をつなぐ、重要なパイプ役でした。

 そして安倍政権の一番大きな問題が歴史修正主義ですが、日青協の歴史観とオーバーラップしているのです。日本が西欧の列強と伍して帝国主義戦争に参加した時代の「栄光の日本」に戻りたいというのが、日青協ら日本会議の中核メンバーの心理ですが、それに安倍首相や側近の下村、萩生田、高市といった議員の歴史観が近い。

 そのため、日本会議の実態は小さなクループの寄り集まりで、実際に地域で動いている活動家はごくわずかでも、このように現在の極右的な政権と非常に密接なので、巨大な勢力のように見えてしまう。しかも小選挙区制では、少しの票が移動しただけでも勝敗が左右されますから、新興宗教団体を中心にさまざまな団体が加わっている「統一戦線」としての日本会議は、議員心理として頼もしく映ります。それで、「日本会議国会議員懇談会」に加盟した方が有利に思われ、多くの議員が参加する。

軍事大国路線との符合

 このように日本会議は戦術が巧みで、実態以上に自分たちを大きく見せるやり方が非常にうまい。その結果、彼らがあたかも現在の日本を覆い、政治を動かしているかのような誇大イメージが現在、あちらこちらに広まっている。

 問題は、日青協=日本会議的な心理が単なる復古主義ではなく、現実的な基盤があるということ。未来志向というか、「これからの日本がどう生き延びていくのか」という、現実的な必要性の議論と関係しているという点です。

 たとえば第二次安倍政権になって武器輸出を解禁しましたが、武器をより効率的にかつ規模を大きくして生産できるようにし、日本の産業の核として確立する。その技術はあるし、軍需産業は裾野も広い。これが日本の産業力を高める方策としてベストだ――という考え方が生まれています。

 それは、今の国際情勢は戦前と同様に資源や市場をめぐる国家間の争いの時代であり、日本が他の諸国に対抗して列強として生きていくにはやはり自衛隊を強大に仕立て上げなくてはいけない。そのためにはこれまでの専守防衛体制を変え、敵地先制攻撃も辞さない「軍隊」を確立すべきだ――という、軍事大国路線とつながる。しかも、経済大国復活路線でもあるのです。

 当然、日本会議のような戦前を肯定する歴史観は、そうした軍事的な路線と合致する。必ずしも、復古主義と片付けられない現実性があるのです。そこが怖い。

 しかし、安倍首相や日本会議の路線がそう簡単に実現するとも思えません。戦後の70年間、憲法の平和主義は国民の大多数の無意識の深いところに根づいています。一方で、隣国を罵って溜飲を下げ、「日本は素晴らしい」みたいな単純美化の傾向も強まっている。戦前を反省するような歴史観も、じわじわと後退している。今や、両者のせめぎ合いが正念場にさしかかっているといってよいでしょう。

 その意味で今回の参議院選挙は、自公に3分の2以上の議席を与えるのか否かという以上に、このせめぎ合いがどうなるかを占う重要な機会となるでしょう。(談)

 赤字部分①②については特集記事「日本会議とは何か」の第四論考と第三論考がそれぞれその関連論考となっている。次回から第三論考・第四論考の順で取り上げることにする。
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