FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(61)

有事法制(5)

 ③「でたらめ B」は有事法制に先だって有事法制制定の道筋を作った「三矢研究」(1963年2月)を取り上げている。私は「三矢研究」という言葉を何度か目にした記憶があるが、詳しいことは知らなかった。今回、「でたらめ B」を読んでその内容にびっくり仰天した。私は今、密室で行なわれたその研究と同じ事が現在でも密かに継続されてているのだろうという懸念を払拭できない。でたらめな連中が作り上げているこのおぞましい国家の支配体制を覆す方策は一つしかない。その「でたらめ」の中心を担っている自由民主党を支持している人たちがその党の正体(不自由民非党)を知って目覚めることである。(情けないけど、まあ、無理だろう。このグーミンたちに目覚めるときは来ないだろう。)

 「でたらめ B」には「でたらめ男」が続々と出てきて実におぞましい内容であるが、しっかりと読んでおこう。


 密室を想像する。ときには紗(しゃ紗)の、またときには緞帳のようにぶ厚いカーテンに閉ざされた、淡く薫(た)き物の香りのする密室。そこには独特の言語圏がある。外からは計り知れない不可思議な符帳が語られる。遮光のあんばいで声音が変わる。出席者の貌が影で毒々しく隈取られる。外光がさえぎられるかげんに応じて、声がくぐもっていく。そして、戸外の光が完全に遮断されたとき、人の死ないしそれにむすびつく話、すなわち〈戦争〉が話し合われる。そこに、この国独特の言語圏がある。そこで彼らの特殊言語が培われる。ある種の者たちにとって、密室ほど蠱惑(こわく)的な空間はない。人の死を、しかもおびただしい死を手中にしている幻想に浸ることができるからだ。しかし、カーテンが開かれるとき、隠微なその言語圏はたちまち闇とともに姿を消し、出席者らは一、二回わざとらしい咳ばらいをしたのちに、眩(まばゆ)い陽光のもと、にわかに常人を仮装しはじめるのである。

 1963年2月、東京・市ヶ谷の統幕講堂は右のような意味での「密室」であった。陸海空自衛隊の制服幹部ら84人が極秘裏に、朝鮮半島を中心とする戦争の図上演習を行うとともに、それにさいしての国家の全面管理について話し合っていた。いわゆる「三矢研究」(昭和38年度統合防衛図上研究実施計画)であり、戦後日本でははじめての本格的な有事研究だった。演習は第一動から第七動までの想定に基づき、
 第一動では、韓国情勢が悪化、韓国軍が反乱を起こしたとする。
 第二動は、韓国反乱軍に対し北朝鮮軍の支援が行われ、米軍がこれに反撃。
 第三動は、北朝鮮軍が38度線を突破して新たな朝鮮戦争に発展、自衛隊が出動を準備するとともに、日本国内の総動員体制が樹立される。
 第四動は、自衛隊と米軍の共同作戦。
 第五動では、西日本が攻撃を受け、朝鮮半島では戦術核兵器が使用される。
 第六動では、ソ連軍が介入。
 第七動では、日本全土にソ連軍の攻撃がなされ、全戦場で核兵器が使用される。しかし北朝鮮、中国に反攻作戦が展開され、核の報復攻撃も実施して最後的に米側か勝利する。

 白昼夢か妄想か倒錯か。だが、これは一部の単純な狂信者による戦争ごっこではない。統合幕僚会議事務局長であった田中義男陸将の主導で行われ、制服からは「集めうる最高のスタッフ」が参加し、防衛庁内局、在日米軍司令部からも少人数が出席した。「密室」周辺ではものものしい警備がなされ、出席者全員が腕章をつけ、部外者の立ち入りは一切禁止されたという。図上演習は戦闘のシミュレーションにとどまるものではなく、第三動にさいしては、87件にもおよぶ非常時(有事)立法を成立させて政治、経済、社会を全面管理する国家総動員体制を確立するという、憲法など歯牙にもかけない研究が本気でなされたのであった。

 この三矢研究の「国家総動員対策の確立」のなかでとくに鳥肌が立つのは、「人的動員」の項目で、「一般労務の徴用」「業務従事の強制」「防衛物資生産工場におけるストライキの制限」「官民の研究所・研究員を防衛目的に利用」「防衛徴集制度の確立」(兵籍名簿の準備・機関の設置)「国民世論の善導」などを、制服組が当然のごとくに論じていることだ。さらに、「国民生活の確保」の項目では、「国民生活衣食住の統制」「生活必需品自給体制の確立」「強制疎開」「非常時民・刑事特別法」「国家公安維持」などが語られている。まさに「軍政」そのものである。

 なにかに似ている。そう、文言こそ故意にソフトかつ曖昧にされているが、現在の有事関連三法案に相通じるなにかがある。いや、三法案には三矢研究と地つづきのなにかがあるというべきか。三矢研究はもうひとつ、核戦争の可能性についてもシミュレーションしたという事実を伝えている。「密室」の言語圏では「核」は少しもタブーではなかったのだ。安倍晋三官房副長官が早稲田大学で「戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。ですからそれは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」と発言した心性と論理も、そうした密室言語圏となんらかのかかわりがあるのではないかと私は想像している。安倍発言の弁明にまわった福田官房長官による非核三原則見直しに通じる発言もまた、福田や安倍らがカーテンで閉ざされた彼らだけの密室にあっては、憲法だけでなく非核三原則も邪魔もの扱いにする話をごく普通にしているであろうことを示唆するものである。

 さて、1965年2月になって社会党の岡田春夫議員により衆院予算委員会で暴露され、「軍事クーデターの研究」と騒がれたこの三矢研究で、野党の総攻撃の矢面に立ったのが小泉首相の父、小泉純也防衛庁長官であった。いっときは「作戦として仮想敵国を考えるのは当然」といった趣旨の反論をするなど突っ張りもしたが、メディアや野党の猛攻の前に結局、辞任に追いこまれている。息子の純一郎は当時、慶応の学生であり、父親が連日野党の攻撃にさらされるのを間近に見た。これがルサンチマンとなりまたトラウマともあいなって、現在の夕力派ぶりが形成されたのではないかという、うがった見方が一部にあるのは周知のとおり。これに加えて、有事法制研究を首相みずから指示したのは77年、福田赳夫(たけを)首相、安倍晋太郎官房長官の時代であったことも忘れえない史実だ。福田首相は、民間防衛体制確立にも熱心な夕力派中の夕力派であり、その体質が「安倍派をへて森派へと受け継がれ、現在の小泉首相・安倍晋三宮房副長官の代まで有事法制の血脈を伝えたのだとも考えられる」(前田哲男氏)という。福田首相のせがれが福田康夫官房長官、安倍官房長官の息子が安倍晋三官房副長官とくれば、三バカジュニアを結ぶひとすじの"黒い糸"が、おぼろおぼろに見えてこようというものだ。

 彼らにさらに加えるに、「私か総理だったら、北朝鮮と戦争してでも(拉致被害者を)取り戻す」と吠えた石原慎太郎、「私と小泉君、石原君の三人のDNAは一致するところがかなりある」と託宣したという中曽根康弘元首相、防衛庁個人情報リスト問題で報告書内容を隠蔽するよう指示したとみられている山崎拓自民党幹事長ら……。老いたる夕力派の情念と親の七光り組の屁理屈、自衛隊制服幹部らの増長が渾然として重なり、日々に発生せしめている悪気流――それがこの国の今日的ファシズムではないか。彼らには「密室」がある。そこでのみ通じるジャーゴン(<管理人注>仲間うちにだけ通じる特殊用語)がある。彼らは密室の言葉と外向けの言葉の二層言語を巧みに使い分ける。神妙なふりして少しく謝ってみせても、密室に戻るや、べろりと汚い舌をだし呵々大笑している。ファシズムはいま、W杯サッカーに打ち興じるマスコミと民衆にも支えられて、意気軒昂である。

 「べろりと汚い舌をだし呵々大笑している」でたらめ男たちの醜い映像をブログ「営業せきやんの憂鬱」から転載しよう。(8・15日。ブルジョア支配階級の元締め一人笹川の別荘に招待されご馳走にありついたときの映像だそうだ)
でたらめ男たち
スポンサーサイト



 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/2300-f7e0794e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック