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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(60)

有事法制(4)

 これまでテーマにしてきた以外の節は飛ばして、第7章の③「でたらめ」を読むことにする。枕には『大辞林』の「でたらめ」の項を引用している。
でたらめ【出鱈目】(名・形動)
〔「出鱈目」は当て字。「め」はさいころの「目」で、「出たら出たその目」の意〕
筋の通らないことやいい加減なことを言ったりしたりする・こと(さま)。また、そのような言葉。「-な話」「-を言う」「-な男」
                (三省堂『大辞林』第二版から)

 さて、「でたらめ」はA・B・Cの三節で構成されていて、「でたらめな男」達が次々と登場するが、まずAに登場するのは当時(2001年)ポチ・コイズミの下で官房副長官をやっていたアベコベ晋三である。現在、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権がしゃにむに「でたらめな悪政」を行なっているが、それらがポチ・コイズミの腰巾着のときからの念願の事項だったことが「でたらめA」を読むと良く分かる。(ちなみに、その悪政の数々を『マスゴミが報じる世論調査は信用できるか』で列挙しておいた。)

 では「でたらめA」を読んでみよう。


 まだ日中の暑熱のこもる逢魔(おうま)が時に散歩から戻り、汗を拭き拭きテレビをつけたら、若い女性のキャスターだかアナウンサーだかが、「防衛庁による情報公開請求者リスト作成が、カイジョウマクリョウカンブだけでなく……」と涼しい顔してニュースを伝えており、はて、マクリョウカンブとはなんだろうと思案することしばし、ああ、そうか「海上幕僚監部」のことかと、からくも了解、彼女としては「幕の内弁当」の幕だからマクと読んだまでで、あれをバクと読んだら、お弁当はバクノウチになってしまうじゃないの、といった至当の判断がはたらいたのかもしれないと私は想像し、にしても、「マクリョウ」とはそぞろに気の抜けた、とてもではないが戦うに戦えない、かえってほれぼれするほどいい響きだなあと感じ入ったことではあった。そばにいた男のキャスターが眼をつり上げて「バクリョウ」といいかえていたけれども、なにも色をなすことはない、有事法制論議かまびすしいおりから、幕僚を読みちがえた彼女の言語センスは、テレビ業界における識字率の途方もない低さをものがたるものとはいう定、どこかしら健全といえば健全なのだから。かかる言語状況にかんがみ、防衛庁もいっそ幕僚の読みを統一してマクリョウとしてはどうか。統合幕僚会議は、すなわち、統合マクリョウ会議である。シビリアンーコントロールなどどこ吹く風、あろうことか情報公開請求者の個人情報を調べ上げ、そのリストまで作成して、シビリアンを監視しコントロールしようとたくらむ反国民的幕僚たちなど、マクリョウと呼ぶさえもったいないのだけれども。

 このところのうつせみのでたらめのほどを論じるとするならば、右の彼女の誤読など、むしろほめてあげたいくらいのものだ。比するに、『サンデー毎日』がスクープした安倍晋三官房副長官の早稲田大学における発言はでたらめの極みといっても過言ではない。ここになぞるだけでも吐き気をもよおすが、この現職の政府高官は学生たちに対しこれだけのことをいってのけたのである。
「有事法制を整えたとしてもですね、ミサイル基地を攻撃することはできます……」
「先制攻撃はしませんよ、しかし、先制攻撃を完全に否定はしていないのです……」
「(日本に対するミサイル攻撃に着手した)基地をたたくことはできるんです、憲法上ですね」
「大陸間弾道弾はですね、憲法上はですね、憲法上は問題ではない」
「日本は非核三原則がありますからやりませんけども、戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。それは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」
「憲法自体を変えるというのは……ちやんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるかわかりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」
「アメリカがイラク攻撃するということになったら、きわめて日本は悩ましい選択になるだろうと思うのですが、昨年つくったテロ特措法では協力できない。……イラクは周辺事態ともいえませんから、周辺事態法でもいけません。新たな法律をつくらないと私は難しいと思います」(同誌2002年6月9日号)

 おぞましさをこらえて引用しつつ、二つの言葉を思い出した。一つは、いわば畑ちがいだが、チャールズ・ブコウスキーのエッセイ「政治ほどくだらないことはない」にでてくる嘆息。
「そのような状況にあって、われわれは突然、自分たちの命が愚かな連中の手中にあることに気づくのである」(青野聡訳『町でいちばんの美女』所収)。

 そうなのだ、平生ならこのような低級政治家の内心の風景など関心もなければ覗きたくもない。だが、余儀なくかいま見るとき、狂気、錯乱、妄想が、放置され、もっともらしい顔をしたまま、こうまで肥大していることに慄然とするのである。それは、予想をはるかに超えるサイズにまで増殖していたわれわれ自身の癌(がん)組織を見せつけられたときの悪寒に似ているかもしれない。とても正視に堪えない。できるならば気づかずにいたかった。だがしかし、憲法解釈では「詭弁に詭弁を弄しています」とみずから認めて羞じない、思想も理想もないこの手の好戦派に政治の実権が握られていることはまぎれもない事実なのである。ICBMや戦術核の保持・使用が憲法上問題ないと学生を前に平気でいいはなつ心性はまさに沙汰の外(ほか)だが、この手合いのためにわれわれが税金を支払い、まことに結構な生活をさせてやっていることもまた否定のできない事実なのだ。あまりの低劣さに心は萎えるけれども、これに怒らずして他に怒ることなどいったいなにがあるだろうか。

 2001年夏ブッシュ大統領と会談した小泉首相が、冒頭、父純也氏が日米安保条約改定時の外務委員長だったことや、同席していた安倍官房副長官が安保改定に踏み切ったあの岸信介元首相の孫にあたることを大統領に紹介、日本の対米追従のために小泉と安倍の両家がいかに一族あげて長く貢献してきたかを強調し、親分ブッシュの歓心を買ったことは記憶に新しい。つまり、この二人のバイコク的品性は天分というより相伝のものといえるかもしれない。安倍は、おそらくこうした品性から、米国がイラク攻撃をしても即座には協力したくてもできないので「悩ましい」旨の発言をしたのである。換言すれば、安倍の考える有事法制とは、本土防衛というより米国の意を体して集団的自衛権の行使をできるようにするためのステップなのであり、さしあたりは米国のイラク攻撃のためにも有事法制成立を急ぎたかったのだ。

 安倍発言をなぞりながら思い出したことの二つ目は、先年物故した宇都宮徳馬さんの怒りの声である。「核兵器で殺されるよりも、核兵器に反対して殺されるほうを私は選ぶ」が信条だった。中国政府に対してはいささか甘い政治家だったが、反核軍縮の意思はこけおどしではなく、国会内の夕力派議員に常に睨みをきかせていた。宇都宮さんのような人物がほんとうにいなくなってしまった。いま彼が生きてあり、小泉・福田・安倍らのでたらめな立ち居振る舞いを知ったならばなにをいうか、私には容易に想像がつく。「チンピラ・ファシストどもが!」と語気を荒げたことであろう。

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