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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(58)

有事法制(2)

 辺見さんは『不服従』第6章の③「クーデター」では有事法制三法を通読して、この三法は「クーデターの計画書」だと断じている。「クーデター」の語意を論じている文から辺見さんの国家観が読み取れる(特に赤字部分)が、そこから私は「民主主義国家など皆無である、あるのはブルジョア民主主事国家である」という私の国家観との共通性を読み取った。私のその国家観は次の記事で論じている。
『国家とは何か』
『民主主義とは何か』

 さて、「クーデター」は枕として『ユリイカ』(1999年年2月号)から、次の高橋睦郎さんの詩「朝」を引用している。

朝 玄関の戸をあけると
世界は終わっている
きみはさしずめ用のなくなった身
さて これからどうすればいい?
(中略)
きみもすでに終わっているか
終わっているというなら
きみはあらかじめ終わり
世界はあらかじめ終わっていた
戸はあらかじめ消去されていた
朝もなく ゆうべもなかった


クーデター

 日本でクーデターがはじまりつつある。比喩的にも象徴的にも、そしてある意味で、実質的にも。事態はさし追っている。

 ハナミズキの咲き競う卯月のよく晴れた某日のこと。私としたことが相当に無粋なことをした。有事法制三法案すなわち自衛隊法改正案、武力攻撃事態法案、安保会議設置法改正案を改めて通読してみたのである。いやはや、聞きしにまさる悪文であった。新聞読者いや新聞記者の0.1パーセントだって全文は読んでいないであろう、この目の玉も腐るほどの悪文が、じつは曲者である。文章がいかなる風景も立ち上げないものだから、危機が日本語ならぬ国家語のなかに沈みこんで、よくよく注意しないとなにも見えてこない仕掛けなのである。熟読されないことがおそらく計画的に前提とされているこの法案は、そうであるがゆえに、ムネオの不正やヤマサキの愛人話で世間の劣情が大いに刺激されるなか、さして激しい抵抗も受けずにこの国の命運を大きく変えていくはずである。つかえつかえ読み進むうち、どこからか風に乗って淡いラベンダーの香りが部屋にしのびこんだようだ。そのとき、ふと思った。これは法案というより、クーデター計画書ではないか。

 そんなばかな、と笑う人は大いに笑えばいい。クーデターとは、もともと「国家への一撃」という意味のフランス語で、支配階級の一部が自己権力をさらに強化するため、ないしは他の部分がもつ権力を奪取するためになされる支配層内部における権力の移動のことである。一般的には、軍隊、警察などの武力による政権の転覆という形をとり、権力奪取後は、戒厳令施行、議会停止、言論統制、反対派弾圧などの抑圧政策をとることが多い。有事法制は国会審議にふされているのであるから、クーデターであるわけがないといわれそうだ。しかし、無血クーデターということもある。それに、三法案は平和憲法をいただく国家への大いなる一撃であることも疑いない。夕力派の支配階級が有事法制により自己権力を強化しようとしている面もあるし、言論統制や私権の制限、地方自治権の否定も案文段階でつとに明白である。なによりも、有事法制は憲法第98条に違反どころか、これを軍靴で踏みにじろうとしている点が、まさにクーデター的なのである。

 「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と、98条は明記しており、有事法制はいかなる審議過程を経ようが、最高法規の条規に真っ向から反対している以上、国会で可決されたとしても「効力を有しない」はずである。また、最高法規である憲法が「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ぶ」(第99条)という以上、有事法制の国会提出自体が、理の当然、憲法擁護義務違反ということとなる。ところが、コイズミらは憲法違反など屁とも思ってはいないのだ。下位法である有事法制を最高法規である憲法に優先させ、憲法改定のはるか手前で、事実上の「無憲法状態」をつくろうとしているのだから。これすなわち、クーデターでなくてなんであろうか。

 3法案のなかでもっとも大部の自衛隊法改正案は、現行法制度の徹底的な破壊といってもいいほどの恐ろしいしろものである。これは、有事には一切の平時の法制が効力を失うといっているに等しく、よく読むと、改正案の全編にわたって大規模戦闘や多くの死者が想定されていることがわかる。たとえば、「墓地、埋葬等に関する法律の適用除外」という項目がある。なにかと思えば、有事で出動した自衛隊員が死亡した場合、その死体の埋葬、火葬については同法律を適用しない、というのだ。墓地、埋葬等に関する法律は、墓地以外の区域での埋葬、火葬場以外の施設での火葬を禁じているが、有事には戦死者の処分を自衛隊が独自でやりますというわけだ。この伝で改正案は有事における自衛隊に対する現行法の適用除外と特例を仔細に定めている。これには港湾法、土地収用法、森林法、道路法、自然公園法、都市緑地保全法など数多くの法律がふくまれ、有事に出動した自衛隊の部隊が移動・展開したり「防衛施設の構築」などをしたりする場合にはすべて適用されないとしている。

 武力攻撃事態法案の注目点は、国民には戦争に協力する努力義務があるとうたっていることであり、さらに、「国民の自由と権利」に「制限が加えられる場合」を想定していることである。制限は必要最小限ともいうけれども、歯止めの基準などはなにもない。そして、事実上、戦争協力が義務づけられる機関としてNHKなどの名前が具体的に明記され、運輸、通信、金融、エネルギー各部門も「必要な措置を実施する責務を有する」とされている。文言はソフトだが、本質は、日中戦争に際し人的および物的資源を統制し運用する一切の権限を政府にあたえた国家総動員法(1938年公布)とどこか似ているのである。

 38年ではなく、平和憲法下のいま、これだけの有事法制を整備するというのだから、「備えあれば憂いなし」どころでなく、静かなるクーデターと見ておいたほうがいいだろう。首謀者は、むろん、コイズミである。この男のいう構造改革とは、政治、経済のそれではなくして、平和構造の戦争構造への「改革」であることがいまはっきりしたといえるのではないか。コイズミ政権がなしとげた唯一の「貢献」とは、国民に対するものではなく、米国の戦争政策への全身全霊をささげた"売国"的協力でしかなかった。ウンベルト・エーコはかつて語った。ムッソリーニにはいかなる哲学もなかった。あったのは修辞だけだ、と。コイズミにあるのも、安手のレトリックのみ。さて、沈黙してクーデターを受け容れるか、声を上げて抵抗するか。すぐそこで、終わりの朝が待っている。

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