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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(57)

有事法制(1)

 『不服従』第6章の「③有事法制:④クーデター:⑤Kよ」を「有事法制」というカテゴリでまとめて扱うことにする。

 今まで読んできたように、辺見さんは『不服従』の中で有事法制に対する強い危惧を何度も取り上げている。ポチ・コイズミが有事法制を閣議決定したのは2002年4月16日だった。この閣議決定をけしかけたのは日本の政治政策の根本を牛耳っている「アーミテージ・ナイ・レポート」であった。

 「アーミテージ・ナイ・レポート」については『「《『羽仁五郎の大予言』を読む》(100):終末論の時代(36)』で、山本太郎さんが国会で「アーミテージ・ナイ・レポート」を用いて、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権の対米従属ぶりを厳しく追及したことを取り上げた。

 実は「アーミテージ・ナイ・レポート」はこれまでに2000年・2007年・2012年と三回出されている。山本太郎さんが取り上げたのは「第3アーミテージ・ナイ・レポート」である。2000年の「第1次アーミテージ・レポート」は日本に対して、有事法制の整備を要求する文言が盛り込まれた。これに尻尾を振って従ったのがポチ・コイズミだった。ポチ・コイズミが閣議決定した有事法制の基本法は武力攻撃事態法(武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)だが、全体は武力攻撃事態関連3法。と呼ばれている。

 ポチ・コイズミが打ち出した有事法制に対する辺見さんの怒りのメモを読んでみよう。辺見さんの怒りの矛先は政治家や糞バエだけでなく、「私自身、私の周辺、それらを包む日常」へと向かっていく。まず枕の文。

暗く陰惨な人間の歴史をふり返つてみると、反逆の名において犯されたよりも
さらに多くの恐ろしい犯罪が服従の名において犯されていることが
わかるであろう。(スタンレー・ミルグラムが『服従の心理 アイヒマン実験』で引用したC・スノーの言葉から岸田秀訳)

 では本文を転載する。
(有事法制の閣議決定を受けてすぐに夜を徹して書いたメモのようで段落がない文章だが、読みやすくするため、私の判断で段落を設けて転載する。)

 政府が有事法制関連三法案を閣議決定した。来るものがついに来たのだと思う。というより、ポイント・オブ・ノーリターンを越えた。満腔(まんこう)の怒りと底なしの虚脱感の両方に私は襲われた。政治も軍事も経済も、私の内面からもともとは一万キロも離れた異空間のできごとでしかない。少なくとも、そのように自己韜晦することが可能であった。いままでは。だが、有事法制についてはそうはいかない。長年の流連荒亡(りゅれんこうぼう)のすえに、正直、私は精神の芯のあたりからなにか腐れたにおいを発してしまう男になった。

 どうしても許せないというものがあるとすれば、おのれ以外にはないと思いもして、つまりおのれのみを気にしつつ、お釣りのような人生を生きてはいる。だから、ふだん口にしている量ほどには、じつのところ、政治には関心がない。いや、てんでない。だが、有事法制はちがう。私のことも許せないが、有事法制もとうてい許せはしない。余人はどうあれ、有事法制が閣議決定された2002年4月16日夜は、私の個人史にとってきわめて大きな意味をもつ。その所感をこの夜のうちに書きとめておきたい。

 私には鬱勃(うつぼつ)とした怒りがある。だが、それはかならずしも小泉内閣だけへのものではない。この国の愚昧な好戦家たちがここまでやることぐらい、ずいぶん以前からわかりきったことだったからだ。では、マスコミヘの怒りか? いや、いや、そんなものはとうにいい厭(あ)きている。マスメディアの腐敗はいまにはじまったことではない。なにをいまさら、である。戦前も、戦中も、戦後も徹頭徹尾腐敗し、ほとんど法則的といってもいいほど堕落していた。ごく一部の尊敬すべき例外を除いて。

 では、いわゆる革新政党への怒りか? 公設秘書の給与流用疑惑で陰謀的にやっつけられた社民党が、ほとぼりもさめない時期の自治体首長選挙で自民、公明などと相乗りした。こんなもの革新政党とはいえない。地方自治体がどれほど中央権力に抵抗できるかどうかが有事法制論議の緊要なテーマの一つだったのに、選挙となるとろくな議論もせずに自民党と事実上、手を結んでいる。呆れかえるのみである。

 では、いったいなにに私は怒っているのか。ほんとうのところ、よくはわからない。だが、煎(せん)じ詰めれば、怒りの矛先は、私自身、私の周辺、それらを包む日常に向けざるをえない。一つの大きな謎がある。私の周辺には有事法制に賛成する者など、彼ら彼女らの飼っている猫やハムスターや犬をふくめ、一人として、一匹として、いやしない。友人をとくに選んでいるからではけっしてない。自然にそうなっているのである。もちろん、世論分布からすれば多数派ではないであろう。けれども、ひどく少ない数でもないのだ。彼らは「越えてはならない線を越えた。ひどい世の中がきた」という。「このままいったら徴兵だね」ともいう。「新聞が後押ししてるし、とんでもない話だ」と憤る。「まるで国家総動員法じゃないですか」と位置づける。「憲法は完全に壊滅だ」と嘆じる。「命令に違反すれば懲役刑もありうるらしいよ」と案じる。私も同感である。世論調査では負けるかもしれないが、こうした意見の持ち主はこの国に数十万、いや数百万人、いやもっといるかもしれない。そのままデモ隊にしたら大変な数字だ。だが、私の周辺からデモに行った者などほとんどいない。憤激のあまりノイローゼになった者も自殺した者も辞職した者もいない。

 翼賛論調を支持する編集幹部を罵倒し殴りかかったという記者も寡聞にして知らない。謎といえば謎である。「武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務」をもつとされ、またぞろ大本営発表機関とされかかっているNHKのわが友人たちも、小声で有事法制反対くらいはいうものの、とくにそのために時間を割いてなにかしたわけではないようだ。出版社の私の担当編集者たちも、問われれば有事立法には反対というけれど、有事立法がそもどんなものか勉強しているふしはない。個人情報保護法についてもろくに知らないし反対集会に参加するわけでもない。それでも、有事法制にも個人情報保護法にも徹底的に抵抗しようという中身の私の本を熱心に編集し、懸命に売ろうとする。同時に、私のとまるっきり反対の趣旨の本をも、じつに誠実に編集し販売している。まことにはや……。ある者は美食しすぎて太ったからアスレチックジムに通っているという。結構である。もう少しで妻と離婚できそうだと眼を輝かせている編集者もいる。よかったなと思う。私の書いたチョムスキーの話をとても面白いといってくれる。彼の苛烈さを味わったらすぐに辟易するくせに、それに、チョムスキーのものなんかまともに一冊も読んだことがないのに。しかし、平気でチョムスキーを語ることのできる優秀な編集者ばかりだ。「くらべれば、日本の知識人ってほんと腑抜けね」と利いたふうなことをいったりもする。社にも作家にも誠実で眼前の男の本がなんぼ売れるか売れないかを反射的に計算もできる、有能な編集者たちばかりだ。空虚だ。あまりにも空虚である。記者が編集者がディレクターが、連夜、飲み屋で評論している。「うちはためになった」と皆がいう。「うち」ってなんだ、うちって。出社すれば、だが、だれもルーティンワークに逆らいはしない。有事法制などなんの関係もなくなる。日常のイナーシア(慣性)が、自他のすべてを制していく。皆で中身のない"勤勉合戦"をはじめる。有事法制が閣議決定された夜だってそうだった。抵抗を抑圧する不当な強権が別して発動されたわけではない。抵抗そのものが皆無だったのだ。皆が数十年来のイナーシアに夢遊病のように従っていた。闘わずして安楽死である。この国のマスメディアで有事法制反対を口にするのは、たんに月並みな知的お飾りにすぎない。口先でいうだけで、なにか失う覚悟なんかありはしないのだから。ファシズムの透明かつ無臭の菌糸は、よく見ると、実体的な権力そのものにではなく、マスメディア、しかも、表面は深刻を気取り、リベラル面をしている記事や番組にこそ、めぐりはびこっている。撃て、あれが敵なのだ。あれが犯人だ。そのなかに私もいる。
                     (2002年4月16日夜記す)

 武力攻撃事態対処関連3法は2003年6月13日に成立し、自衛隊のイラク派遣へと繋がっていった。
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