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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(43)

年若い死刑囚A君(6)

 ②「わが友」は『永遠の不服従のために』の刊行記念サイン会での思いがけない二つの出来事をめぐって話が進められている。一つは「爆弾をしかける」という脅迫電話があったこと。辺見さんの死刑廃止論やブッシュのポチ・コイズミへの批判に腹を立てたネットウヨ並の人の仕業だろうか。もう一つはA君の母親がサイン会に現れたという思いがけなくも嬉しい出来事。最後にはA君の起こした事件のことにも触れている。『不服従』の発行日は2002年10月10日だから、「わが友」の内容はそれ以後の出来事である。枕にはA君からの手紙からの一文が使われている。

このところ自分の体臭が感じとれなくなってきました。死期が定められている者には、どうやってもその死臭から逃れられないといいますし、ということは、ニルヴァーナ流に言うなら、僕はもう既に生者のそれではなくて、死者の臭いを漂わせつつあるということなのでしょうか? (友人Aの手紙から)

 この連載を一冊にまとめた『永遠の不服従のために』の刊行記念サイン会をした。いつもなら、麗々しい儀式を恥じ入る気持ちと闘いながらやるのだが、今回はちがった。事前に「爆弾をしかける」という脅迫電話が入ったものだから、恥よりもなによりも、私は緊張で身構えていた。襲われてもすぐに飛び退くことができるように椅子に浅く腰かけ、机の下の脚をスタートラインの陸上の選手みたいにくの字に曲げ、両のくびすは終始床から上げていたのである。顔はなんとか平静を装っていたつもりだが、会場にみえた読者のなかにはものものしい空気に不快を感じた向きもおられたであろう。とりわけ、駆けつけてくれた友人Aのお母さんには申しわけなく思っている。警戒のあまり、日々の心労をいたわる言葉も満足にかけることができなかった。Aにくれぐれもよろしくといったつもりではあるけれども、やや上の空だったかもしれない。もっとゆっくりと心をこめてお話しすべきであった。そのことをいま悔やんでいる。

 Aの母堂がくるなど夢にも予想しなかった。お母さんは心もち肩のあたりが削げたようだ。驚く私の顔を見て、彼女は声を殺すようにして話した。息子からこのサイン会に行ってくるようにといわれたのです。息子は新聞の広告でこれを知ったのです。サインの為書きには息子の名前をしたためてほしいのです、と。Aは私の最良の読者の一人である。あれほどの読解者はそうそういない。彼のことを私は三日と忘れたことはない。嬉しかった。獄中のAには私の本のほとんどをすでに差し入れた。だが、確定死刑囚となったいま、近い親族ではない私には面会することもこの新刊を差し入れることも手紙を送ることもできない。世界でも最悪クラスの拘置所制度のゆえである。だが、これできっと母からAへとこの本は渡ることになるだろう。サインする私の手が震えた。脅迫電話とAの母との再会の二つに動揺し、声は抑えても抑えても上擦ってしまった。

 風の便りに、Aがハンストのようなことをしたと聞いていた。食事になにかの虫が入っていたことに腹を立てたのだという。日に十数回も石鹸で手を洗うほど潔癖性の彼のことだから、大いにありうる。ことの顛末がどうだったか、私は母堂に訊ねる余裕もなかった。教誨師を頼んだらしいという話も耳にした。けれども、その人物が死刑制度反対の立場だったので、拘置所側が教誨師として認定せず、不首尾だった、とも。明文化されてもいない拘置所のこうした「規則」が平気で憲法を食い破っている。名古屋刑務所刑務官の受刑者に対する暴力事件が明るみにでたが、東京拘置所には同種の問題がないのか。これらの話を私はAの母とすべきであった。けれども、頭の三分の一ほどが脅迫電話のことで占められていたために、あらためてお会いして話す約束も取りつけないでしまった。母堂は背をまるめ、私の本をおしいただくようにして帰っていった。

 帰宅してから、Aの手紙を資料箱から取りだして読み返した。桜マークのなかに東京拘置所の「東」が印字された便せんからは、もうかなりの時をへているのに、濃い石鹸のにおいが褪せもせずむせるほど漂ってくる。刑が確定する直前の手紙のなかに冒頭の文章はあった。10ヵ月以上も前である。あの時点から、みずからは嗅ぎとることのできない死臭をそこはかとなく感じて苦しんでいたのだとしたら、刑が確定したいまはどうなのだ。明日かもしらん。数年先かもしれない。いつくるのか、死の直前まで告げられない絞首刑の時を、この先、あの青年はどうやって待つことができるのか。そんなようなことをくさぐさ思いめぐらしていたら、脅迫電話など暴風雨のなかでひる屁のようにどうでもいいことのように思えてきた。これは私の悪い癖で、おい、くるならきてみろよ、どうだ、その気ならサシでやろうじやないか、と自棄にまがう心もちにもなった。これはしかし自棄ではない。Aの魂が私に入りこんできたのかもしれないのだ。たぶん、ほのかな死臭ごと。

2017/07/21(金) 永遠の不服従のために(39) 年若い死刑囚A君(2)  彼の手紙には
「今でこそシアトルというとイチローや佐々木ですが、僕らの世代はシアトルの陰鬱な空=カート・コバーンでした」
という個所もあった。私がコバーンが結成したニルヴァーナの音楽のことを書いた(『永遠の不服従のために』の4「奈落」所収 この記事は『年若い死刑囚A君(2)』で紹介しました。)とき、Aが手紙でつよく反応してきたのだ。E・クラプトンなんかより、じつはニルヴァーナのほうがよほど好きだったのだ、と。どうやら、クラプトンの話は私の歳に合わせてレベルダウンしてくれただけのことだったようだ。油断ならない。Aが犯行時に使った車には、伝説的アルバム『ネバーマインド』かなにかも積みこんであったようだ。彼が人々を死に至らしめたときも、頭蓋の奥でニルヴァーナのホワイトノイズが鳴り響いていたかどうか、事件の鍵をにぎる少女と車のなかでいっしょにそれを聴いたか、私にとっては大事なことなのだが、いかなる法廷資料にもそれは記されていない。彼とそれを話すチャンスもなくなってしまった。Aは書いていた。
「コバーンが銃で頭をぶちぬいて自分を消去した のはたしか27歳の時でしたが、僕はいつの間にか彼の歳を追い越してしまいました」。
 コバーンが自殺する2年前、Aは数人を刃物で死に至らしめ逮捕されている。自死は拘置所で知ったはずだ。
「もう何年もニルヴァーナを耳にしていませんが、今はここでも唯一水曜日午後6時から6時50分までの間、FMで洋楽専門のリクエスト番組が流されているので、僕の脳みそが飛び散るまでは、いつか一度くらいは聴くことができるかもしれません」
とも彼は書いてきた。ずっと忘れていたが、いつかその番組に曲をリクエストしてみようと思う。Aの耳に届くかわからないが、「WHERE DID YOU SLEEP LAST NIGHT」を頼んでみよう。

 夜半に、Aが刃物を突きたてた人々の死体の現場写真を見た。私はまれに、そのようなことをして自分をたしかめる。刃物が突き刺された臓器をいちいち取りだして撮影した司法解剖の映像をも正視してみた。酷(むご)い。あまりに酷い。血がにおいたち、死臭が私の部屋にも満ちてきた。それでもAに対する死刑執行に反対するか、自問した。ややあって自答した。絶対に反対する。そして、眼に見えぬ私への脅迫者に対し、もう一度つぶやいた。おい、くるならきてみろよ。

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