2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(41)

年若い死刑囚A君(4)

 「戦争Ⅷ(最終)節」が「年若い死刑囚A君」を論じていたので「年若い死刑囚A君」というカテゴリを設けて少し前の関連記事を取り上げてきたが、今回はこのカテゴリの最終記事として「戦争Ⅷ(最終)節」を読むところにたどり着いた。今回の記事に表題を付けるとすれば、本文中で使われている言葉「愚者の群れ」が最適だろう。では本文を読んでみよう。

 書こうとして書きそびれていたことがある。私がアフガニスタンに行っている間に留守宅に届いた手紙のことだ。差出人は、以前この欄で何度か触れたこともある年若い死刑囚A君である。一読して私は唸った。風景を見とおす彼の視力の冴えに舌を巻いた。なによりも皆が知っておくべき重大な事実の指摘があった。そのことを読者に早く紹介しなければならないと思いつつ今日まで遅れたのは、いいわけにもならないけれど、もっぱら私の怠惰と9・11テロ以降とくにつのっている思考の混乱のせいである。ただ、出来事そのものは旧聞に属するとはいえ、彼が難じた風景は時の経過にもいっかな色あせない、いわば永遠に忌むべき普遍性をもつ。その風景、題すれば「愚者の群れ」とでもなろうか。

 2001年12月27日のことである。午前中、A君のいる東京拘置所の刑場で、66歳になる確定死刑因に対し、絞首刑が執行された。手紙によると、

「昨日までは『風邪ひくなよ』などと言われていた人間が、そう口にしていたほうの人間によって突然連れていかれ、吊されてしまいました」。
 この日の朝には、名古屋拘置所でも一人が絞首刑に処されている。仕事納めの前日、しかも「大安」なのに、国家が無理矢理二人を絞め殺したのにはそれなりの理由があろう。慮(おもんばか)るに、2001年は12月26日まで死刑執行はなされていなかったのだが、法務省の死刑制度存置派の官僚としてはどうしても執行ゼロ年としたくなかったからであり、冷血女史、森山法相がそれに諾々(だくだく)と従ったからである。

 この国には、なんとしても年間に何人かの囚人を殺したいと考えている役人が少なからずいて、1998年11月には国連人権規約委員会から死刑廃止に向けなんらかの措置をとるよう政府が勧告を受け、2001年2月にはEUから前年の死刑執行に関して抗議され、さらに同6月には欧州評議会からも2003年1月までに死刑廃止に向けた有効な策を講じるよう求められていたにもかかわらず、それら国際世論を足蹴にするかのように、暮れの絞首刑を強行したのであった。執行が年末まで遅れたのは、死刑反対の声を避けるために国会の閉会を待ったことと、管見(かんけん)によるならば、皇太子妃雅子さんの出産にかかわる慶祝ムードに法務当局が配慮したことにもよるであろう。蛇足ながら、天皇制と死刑制度の関係はこの国の暗部で不可思議な階調の妙をなしていると私は思う。

 A君の手紙はそうしたことには言及していない。ある意味でもっと大事な事実について語っているのである。手紙によると、東京拘置所には死刑執行の前日から多数の報道陣が詰めかけてきていて、徹夜で待機していたのだそうだ。また、拘置所内では「一部の職員を除き、ほとんどの者が何やら楽しそうにばか話をして騒いでいました」という。塀の内も外もなんだかいつになくにぎわっていたということである。もちろん、死刑執行が楽しくて、ということではないのだ。前日から押しかけてきていた記者団は、死刑の執行を取材しにきたのではない。それならば、まだ救いがあるのだが。彼らはその時点で絞首刑の執行について知ってはおらず、事前に知る手だてをもっていないし、また、切実に知ろうともしていない。ごく一部の例外を除き、国家による殺人行為には総じてさしたる関心がないのである。

 それでは、拘置所職員らが笑いさんざめき、記者団が糞バエのごとくたかり群がってきた理由とは、ぜんたい、なんだったのか。A君の手紙はいう。サッチーこと野村沙知代さんだったのだ、と。法人税法と所得税法違反で起訴されていた彼女は拘置所で絞首刑が執行された同じ27日、高額の保証金を納付して保釈されることになっていたのだ。この日の毎日新聞によると、東京拘置所にはこのゴミネタのために、なんと二百人もの報道陣が押しかけ、午後3時半すぎ、グレーのジャケット姿のサッチーが現れるや、「いまの心境は?」などと、まことに立派な質問を浴びせたのだそうである。A君の手紙はいう。
「外ではサッチーが保釈になり大騒ぎ。ヘリまで出して、高速を追いかけていきました。今朝刑場で吊された人間のことなど、誰一人目もくれません。異常な世界です。本当に異常なほど"平和"です」
 異常なほどの平和。たぶん、それは平和ではない。戦争を体内に併せもつ、腐った平和であろう。で、A君の手紙は推理するのである。
「サッチーに群がった報道関係者は、死刑執行のカムフラージュに使われたのではないでしょうか」。
 記者団が発想しなければならないことを、A君がしている。逆に、糞バエのようにあちこちを飛びまわる愚者の群れが、風景の実相を徹頭徹尾隠蔽している。絞首刑執行とサッチー保釈という二層の風景の芯と全体像を見とおし、正しく絵解きしていたのが、メディアではなく、一切の自由を奪われている死刑囚であったとは、まさに皮肉なものだ。そういえば、彼と同じ確定死刑囚、大道寺将司氏も驚くほど炯眼(けいがん)である。

「花影や死は工(たく)まれて訪るる」(『友へ 大道寺将司句集』)

と詠んだのだから。権力に庇護された糞バエどもの、いったい、だれにこれほどの深い視力と技と心があろう。

 国家が密室で二人の人間を縊(くび)り殺し、マスコミがサッチー保釈に大騒ぎしていたそのころ、私はカブールにいた。日ごとにアフガンを「巨大な刑場」のように意識していた。米英列強の死刑執行人が、空からの国家的殺人行為を飽かず続行していたからである。戦争とは大規模な死刑執行のことではないか。死刑執行とは国家によるシスティマティクな殺人であるがゆえに、戦争の機能と通底するのではないか。夜半に野良犬の遠吠えを聞き、ときおりA君を想いつつ、私は何回かそう自問したことだ。もう一つ。EU諸国は、日本の死刑制度反対派が金科玉条として賛美するように、たしかに自国内では死刑を廃止しているけれども、アフガンなどの他国に対しては、米英のしかける戦争に加担する形で死刑執行をつづけているということにも思い至った。

 にしても、マスコミが国家による凶行をカムフラージュし、異常な平和を演出しているというA君の指摘は、2001年12月27日の事態にのみあてはまるのではない。いままた、ムネオにたかりつき、ツジモトに群がった特権的愚者=糞バエたちは、権力がアレンジした舞台でぶんぶん飛びまわり、皮相きわまる質問を繰り返して、権力が求めるとおりの報道をすることにより、有事法制の円滑な成立に手を貸しているのである。この国の戦争構造はますます安泰である。じつに盤石である。

 7月13日に2名の死刑囚の死刑執行が行なわれた。なんと、そのうちの1人は再審請求中だったという。東京新聞のホームページから関連記事を紹介しておこう。
『再審請求中、死刑執行 岡山の元同僚殺害も』
『再審請求中に死刑執行 「法務省は情報開示を」』
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/2278-ab5141a2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック