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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(40)

年若い死刑囚A君(3)

 A君のおこした事件の不可解さはいずれ取り上げるつもりだが、今はひとまず置いて、「奈落C」を読むことにする。

 「奈落C」は政治犯と刑事犯をめぐる友人との過去の論争を振り返り、そこからその後のA君との関りを書き継いでいる。アフガニスタンへ出立する直前の記事であり、最高裁への意見書を書かなかったことへの強い後悔と、それへの関りから再び国家テロリズムに言及している。辺見さんの深い苦渋の念が伝わってくる。

C
 昨夜、私はバーで酒を呑みつつメモをとった。ただ単語を羅列しただけの、字体の乱れに乱れたそのメモを見ながら、いま、これを書いている。この文が読者の眼に触れるころ、私はこの国にいない。

 バーには最初、ニルヴァーナの曲が、低く、石と石を擦り合わせるように、流れていた。メモには『UNPLUGGE IN NEW YORK』とある。アルバム名だ。次に「WHERE DID YOU SLEEP LAST NIGHT」の走り書き。曲名である。バーで私は訝(いぶか)った。スピーカーはどこにあるのだろう。歌が、床下、いや、地下深くから聞こえてくるじやないか。酔っぱらっているからそう聞こえるのか、相変わらず耳の具合がおかしいのか。疲れて、かすれた男の歌が、足下からはいのぼってくる。「あのな、俺に嘘つくんじやないよ。おまえ、夕べ、どこで寝てたんだ?」という英語の声が、私の股間のあたりでくぐもって、歌ではなく、呻(うめ)きのように響いていた。

 あのとき、頭蓋の奥の暗がりで、光るイトミミズみたいに、か細く、赤く、明滅するものがあった。それは、思考の常道から解(ほつ)れて、散らばり落ちた、意味のない、けれども、どうしても気になる、微弱な発光体である。メモには、文字どおりミミズが這ったような字で、「破綻」、「裁き」、「刑事犯」、「政治犯」、「CLAPTON」(エリック・クラプトン ミュージシャン)といった単語が、あるいは縦書きで、あるいは横書きで記されている。いま、記憶の川をさかのぼれば、それらの言葉の断片が、どのような想い出の脈絡からこぼれたか、それなりにわかる気がする。

 私は現在のポピュラー音楽に疎く、ニルヴァーナもクラプトンも全く知らないミュージシャンだった。ネット検索してみたら、実に沢山の人たちがいろいろと記事を書いていた。私が参考にした記事をそれぞれ一つずつ紹介しておこう。
『NIRVANA ニルヴァーナ』
『Eric Clapton』

 ついでに、次の引用文で青年Aが挙げているEric Claptonの「Wonderful Tonight」という曲が聴けるブログも一つ紹介しておこう。
『Eric Clapton Wonderful Tonight【歌詞・日本語・カタカナ・フリガナ・読み・和訳】』

 「奈落C」に戻ろう。

 遠い昔、私は友人とつまらぬいい争いをしたことがある。ごく大ざっぱにその中身を説明すれば、友人は、刑事犯と政治犯は社会的存在としての価値がおのずと異なる、と主張し、前者は軽視し、後者をもっぱら重視すべきだという理屈に固執した。私は、刑事犯も政治犯も本質的にちがいなどありはしない、と反発し、これらの名辞は「国家的分類」にすぎない、といいはったものだ。議論の最中、友人は「ただの人殺し」という言葉を口にした。テロリストと「ただの人殺し」をいっしょにしてはいけない――といった文脈だったと思う。薄く赤い唇の端をゆがめ、薄笑いを浮かべて、そういった。理屈より、たぶん、「ただの人殺し」と発音したときの、その面つきに私はひどく腹を立てた。反国家を語る者の内面に酷薄な国家がある、と感じた。

 ニルヴァーナはうたっていた。「松林で、陽なんかささない松林で、俺は一晩中震えているだろう……」。私はあの青年を思った。先日、最高裁が上告を棄却し、新聞はこぞって「死刑が確定した」と伝え、世間が「ただの人殺し」とみなしている青年、私の友だちを。彼はニルヴァーナではなく、エリック・クラプトンが、ことのほか好きだった。私より、彼のほうが、いわゆる普通なのだ。拘置所にCDは差し入れできないので、クラプトンの近影をあしらったCDのジャケットを手紙に同封して送ったら、「嬉しくて、嬉しくて、常に布団の上に立てかけて飾っています。これはベスト版なんですよね。ここに載っている曲は、一曲目をのぞけば、ほとんど空で口ずさめるのばかりです。WONDERFUL TONIGHTなど、思わず口笛を吹いてしまいそうになりました。もちろん、やったら(看守に)怒られます」という礼状がきた。一曲目とは、「ブルー・アイズ・ブルー」である。彼の逮捕時には、まだリリースされていなかったのだ。逮捕前、青年はことギターの演奏にかけては、とてもいいセンスをしていたという。そうだろうな、と私は思う。

 去年の晩夏だった。彼のいる監房のコンクリートの壁に、しきりに蝉がぶつかってくるのだ、という内容の手紙をもらった。コツン、コツンと、夜半まで蝉がぶつかってきて、うるさいのだ、と。死にゆく蝉たちのぶつかる音を、私は夜ごと、私の頭蓋骨内での衝突音のように、狂おしく聞いたことだ。コツン、コツン。あのときから、もうカウントダウンははじまっていたのだ。私が気づかなかっただけだ。コツン、コツン……。

 ニルヴァーナがうたっていた。「1.5マイルほど向こうで、彼の頭がジャーのなかにあるのが見つかった。けれど、胴体は見つからなかった」。いやはや、ひどい歌だ。私は、なぜ、判決の前に、最高裁への意見書なり嘆願書を書くことができなかったのか。私のなかにも、「刑事犯」と「政治犯」を無意識に区別する発想が、ほんとうになかったといえるのか。このまちがった発想から、私はテロと戦争の問題に入れこみ、一方の「公憤」に浸(つ)かりこんで、つまり、見端(みば)がよく、かつ、大きな「正義」を隠れ蓑にして、絶対的に形勢不利な青年との関係を、一気に薄めてしまったのではないか。私の外面の理屈は一見、整合していても、ひとつの重大な背信といっていいほど、内面は破綻しているのではないか。おそらく、そうだろう。

 耳が轟々(ごうごう)と鳴っている。だいぶ酔ってきた。青年は拘置所で朝日新聞を購読していた。じつによく記事を読みこんでいた。面会でアフガンのことを話題にしたとき、そこいらの学生などより、よほど事情に通じていることがわかった。で、面会室で、じつは、私はあることを大声で彼にいってやりたかったのだ。それをいったら、すべては乱暴にシャッフルされてしまうから、軽々にはだれも口にしないことを。それは、とてもまちがった考えかたである。ただ、それがなぜまちがっているのかを、だれもが得心するように立証することは、相当に困難なはずではあった。実際に私がそれを口にしたら、青年は「そんなばかな……」と苦笑いしたかもしれない。あるいは、「それとこれとは別でしょう」と反論したかもしれない。

 私は、衝動にまかせて、〈国家が「正義」の名のもとに理不尽な大量殺戮を行い、日本も国際社会もそれを黙認しているいまの状況下で、いったいだれが君を裁く資格があるのだろうか〉と、いってみたかったのだ。ついでに、米軍やイスラエル軍は、「ただの人殺し」をしているではないか、と。もちろん、私は彼にそういいはしなかった。衝動は、しかし、完全には消えていない。意見書を書かなかった後悔の念も、まだ消えていない。ずっと消えはしないだろう。足下からニルヴァーナの歌声が聞こえてきた。
「あのな、俺に嘘つくんじゃないよ」

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