2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(35)

国家テロリズム(12)

 「戦争ⅴ節」もメディア批判がテーマだが、今回の論点は、若い新聞記者とのやり取りを反芻しながら、メディアの常套手段となっている両論併記方式の是非を検討している。この方式はテレビで多用されている。私はテレビの両論討論方式の番組は全く見ていないが、例えば東京新聞のテレビ番組解説ページに「反響」という読者投稿欄があるが、そこにはそうした番組を見た人たちが、喚き立てながら権力寄りの論者達が議論を主導してしまうような番組批判記事がよく掲載される。私はそうした投稿記事を共感しながら読んでいる。

 ところで、下の引用文中に、若い新聞記者が辺見さんへのインタビューに備えて、辺見さんの「『反時代のパンセ』をしっかり読んでいきます」と語るくだりがあるが、この『反時代のパンセ』とは辺見さんが『サンデー毎日』(2001年7月29日号~2002年8月18・25日号)に掲載した論考であり、いま教科書として用いている『永遠の不服従のために』はこの『反時代のパンセ』に加筆・訂正をして出版されたものである。

 それでは本文を読んでみよう。

 今度ばかりは長くぐずぐずしている。申しわけのないことをしたという気持ちが六割、あれでよかったのだという居直りが三割、残り一割は、ま、いいか、という、このところ濃くなるばかりの諦めの気分。一般的な論理の整合性からいえば、私のほうがまちかっていた。あの青年はかならずしもまちかってはいない。だが、心のうちで消えかかっていた炭火が突然赤黒く熾(お)きるように反発したのは、青年のそのまちがいのなさに対してなのだ。暗い怒り。我慢できないケースではなかったが私は抑えなかった。単に老いのせいなのかもしれないのだが。

 青年は全国紙の政治部の、たぶん、有能な記者だ。若さだろう、声音に濁りがない。あの声とてきぱきしたものいいから、ああ、少しの汚れもない白いワイシャッでも着ているんだろうなと想像してしまう。前にも彼に求められて選挙に臨む各政党に関するコメットを書いたことがあるが、会ったことはない。電話とEメール。ひどい世の中だ。これでかなり大事な交渉が済んでしまうのだから。今度は、電話ではなく、直接インタビューしたいといってきた。テーマは、「有事法制」。各界の幾人かが記者の問いに答えて持論を開陳する連載インタビュー企画で、取材にあたっては「反時代のパンセ」をしっかり読んでいきますなどと、焼きの回った男を泣かせる見え透いた手管もメールの文言にはあり、私としては、なめるんじやないよ小僧、と口ごもりつつも、さほどに悪い気はしなかった。加えてこの時期、有事立法についてはあらゆる機会をとらえて反対の意思を表明すべきだろうと思ったから、インタビューに応じることとし、日時場所まで決めたのだが、当日の朝になって私のほうからキャンセルした。

 自分のやったそのことが、衣服についたタールみたいに今日までずっと私を不快にさせている。最終的に断ったわけは、あらまし二つ。第一は、この企画がほぼ両論併記方式で掲載されるということをあとになって知ったからである。すなわち、有事法制反対論者と賛成ないし条件つき賛成論者の意見を、いくつかの例外があるにせよ、同一紙面にならべて載せるというスタイル。青年の所属する新聞社が近年来この方法をこよなく愛しているのは私もつとに承知してはいたが、よもや有事立法という国家が戦争にむけて完全武装して立ち上がり、あるべき人間的諸権利を暴力的に制限しようという、マスコミ人なら当然反対すべき悪法にまで、賛否両論方式を適用するとはまるで想像もしなかったのが当方の甘さだ。インタビューを求めるに際し、青年は私にそれをはっきりといわなかったし、私は私で新聞を購読していないから、友人に指摘されてそうと知ったのである。

 Pro and con(賛否双方)が一つの重大事をめぐり同じ土俵で議論するという方式は、米国のテレビ・ジャーナリズムがしばしば採用する著しく阿呆な"民主主義"の典型だ。まずもって報道する側の主体的判断を、"民主主義"を装って放棄するのである。主権国家に対する問答無用の軍事介入を前に、それが是か非かなどという非にきまっているテーマでも、このプロ・アンド・コン方式でディベートさせ、勢いづく好戦派を主催者側(多くはテレビ局)が批判もせず、結果、じつに数多くの無法な軍事侵攻、国家テロを"民主的"に後押ししてきたのが米国のメディアであった。それと、青年のいる新聞社がまったく同じだと私はいわない。後者のほうがおそらくはもっと無意識的に欺瞞に満ちているという点では、かえって手に負えないのかもしれないのだ。私はそうと知りつつ、コイズミ政権誕生のときや米軍のアフガン空爆開始などのさい、請われるままに絶対的コンの側からその新聞に原稿を寄せた。偽善バランスの一方の錘(おもり)なんだな、俺は、とぼやきつつ。

 プロ・アンド・コン方式は手ごわい。手続き的に遺漏(いろう)なくみえるこの方法は、その分だけジャーナリズムというよりむしろ行政的である。H・マルクーゼ(Herbert Marcuse、1898年 7月19日 - 1979年 7月29日、アメリカの哲学者)の口調を借りれば、民主的で、摩擦がなく、道理にかなった、いんちきなのだ。なにより社、記者、論者のだれも傷つかない。やり方はまちかっていなくても、人間的には卑怯ということがある。まして有事法制は、この国の戦争構造の構築と改憲に直結する、記者生命を賭けてもいいくらいの重大テーマである。下駄をふやけた"識者"にあずけてどうするのだ。プロ・アンド・コン方式は、むしろ有事法制賛成論の無責任な誘導につながるではないか――と、私はキャンセルの理由を青年にまくしたてた。青年は「それでもあなたに話してほしかった」と気落ちした声でいい、当方は当方で、たしかに、それでも私は話すべきだったのではないかと内心わだかまり、いまも気持ちが解れてはいない。電話ではあからさまな言葉は投げなかったけれど、私は彼に、おい、もっと破綻しろよといいたかったのだ。戦争なんだから、少しは楯突いて傷ついて挫折しろよ、と。

 この苦いやりとりのころ、私はウンベルト・エーコ(Umberto Eco、 1932年 1月5日 - 2016年 2月19日、 イタリアの小説家・エッセイスト)の『永遠のファシズム』(和田忠彦訳)を読んでいた。その気分もあって、ことさらにかたくなになったのかもしれないとも思う。インタビューをキャンセルしたことの、これが第二のわけだ。エーコは永遠のファシズム(原ファシズムともいう)の今日的特徴は「時にはなにげない装いでいる」ことだという。エーコは語る。
「いまの世の中、だれかがひょっこり顔を出して、『アウシュヴイッツを再開したい、イタリアの広場という広場を、黒シャツ隊が整然と行進するすがたをまた見たい!』とでも言ってくれるのなら、まだ救いがあるかもしれません。ところが人生はそう簡単にはいかないものです。これ以上ないくらい無邪気な装いで、原ファシズムがよみがえる可能性は、いまでもあるのです。私たちの義務は、その正体を暴き、毎日世界のいたるところで新たなかたちをとって現れてくる原ファシズムを、一つひとつ指弾することです」。

 そうだな、と私は思う。ファシズム菌は透明で、とても日常的なのだ。丸山眞男のいう「アズ・ユージュアル」(いつもどおり)のなかにも、なにげないファシズムが潜んでいる。マスコミのアズ・ユージュアルのなかにも永遠のファシズムが隠れている。日本の主要メディアはいま、無意識に、しかしながら、じつに大がかりに戦争に加担していると私は確信する。これに永く抗することのできるのは、手負いの個人しかいないはずだ。そのように私は青年にいいたかった。さはさりながら、気持ちは片づかない。私はやはりあのインタビューに応じるべきだったのではなかろうか。

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