2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(34)

国家テロリズム(11)

 「戦争ⅳ節」は、本人達にその自覚がないという点で最も強力な国家テロリズムの育成者である「メディア」と、そのメディアの音頭にのって調子よく踊る「庶民=世間」を手厳しく批判している。

 「大衆」という言葉が好きになれない。「民衆」というのも苦手である。「国民」というのもどこか抵抗がある。「臣民」など冗談ではない。「公民」もお断りだ。だいたい、「公民」は「天皇の人民」という原意をふくみ、もともと私有を許されない人々を指していた。シチズンとしての「公民」にしても、「公民館」や「公民の義務」という用法にみられるとおり、行政の側からの押しつけがましい概念なのである。これが学校の教科の名称になっていること自体、愉快なことではない。だからといって、「公衆」というのも変だ。では「人民」ならどうだ。これも中国にいたときからどうもなじめなかった。さりとて、「住民」といえば空間的限定がある分だけ、語感が人間集団のダイナミズムに欠ける憾(うら)みなしとしない。ならば、「市民」はどうだろう。やむなく用いることもあるけれど、この幻想の概念を私は本気で信じてはいない。

 空間的かつ心理的に集合状態にある人間たちのことを、すーっと腑に落ちるように抽象した言葉というのは案外に少ない。そういえば、「庶民」というじつに日本的な集合名詞もあった。丸山眞男は半世紀以上も前に、庶民の動態に注目し、
「官僚と庶民だけで構成されている社会、市民のいない社会、それが日本だ」
と記している。『自己内対話』に収録されたこの文は、さらに
「ジャーナリズムの批判性はここでは庶民的シニシズムのそれだ。シニシズムはそれ自体、原理ではない」
とつづく。お上品なインテリ臭芬々(ふんぷん)たる指摘ではあるけれども、ジャーナリズムと庶民のおよそ慎みというもののない野合を丸山は看破していたのであり、この俗情の結託は今日にまでうちつづき、いよいよ拡大し、両々相まって、日常の何気ない戦争構造を無意識にこしらえているのである。けだし炯眼(けいがん)ではあった。

 「砂のような灰色の大衆」とは、だれがいった言葉だったか。汀(みぎわ)の砂の像のようにもろく崩れ、ときに粘土のように形を変え、慈愛に満ちているのかと思えば、衆をたのんで理不尽な行動にうってでる。顔のない庶民とはまことに勝手で哀しい実在なのである。これとマスメディアがつるんだ日には目も当てられない。私か近年来いいつのっている「鵺(ぬえ)のような全体主義」の主役がこれら二者である。そして、両者の俗情の結託によってできあがった作品第一号が、あの凡庸なるファシスト、コイズミであった。メディアは庶民のせいにし、庶民はメディアの尻馬に乗り、あろうことか80パーセント以上という支持率をあたえて、ろくに労働もしたことのない無能な七光り男をすっかりその気にさせてしまった。このたびは、めでたくも支持率激減のよしたが、マスコミも庶民もコイズミを押し上げたことを恥じ入るどころか、つい先だってのことをもう失念したようすである。自覚したのでも進歩したのでもない、マスメディアと融合した砂のような灰色の大衆は、オポチュニズムの風土でしか生きることのできない体質になっているのだ。

 昨日(7月2日)の都議会選の結果に私は唖然としている。自民党の大敗は目出度い限りだが、自民党を離党してもいないし、日本会議国会議員懇談会の副会長を務めていた極右政治屋・小池百合子の「都民ファースト」という甘言に騙されて「マスメディアと融合した砂のような灰色の大衆」が「都民ファースト」を都議会の第一党にしてしまった。

 穏やかで協調的で毫も個人的責任のともなわない日常的戦争構造から脱するには、まずは「畜群」の一人である自分の顔を、夜半に鏡にうつしてとくと対面することではなかろうか。せめて、鏡のなかの自分にアッカンベーでもすること。個人は、そこからしか発生しない。畜群とは、今村仁司(いまむら ひとし、1942年2月26日 - 2007年5月5日 現代哲学研究者)氏の『群衆――モンスターの誕生』にでてくる言葉である。民主主義などといっても、トクヴィル(1805年7月29日 - 1859年4月16日 フランスの政治思想家)が指摘したように、群衆という名の畜群とデスポット(専制権力者)という「群れの番人(牧人)」の両極からなる支配・庇護・服従の関係にすぎないのではないかという基調が同書にはあり、とても示唆的だ。「デスポットが群衆を作りだすのではありません。群衆がデスポットを生みだすのです」と今村氏はいう。デスポットだけが戦争の構造を築こうとするのではありません。群衆とマスコミだってより積極的に戦争構造をつくろうとするのです。私にはそうも読める。

 私は12年ほど前に、秋山清さん・滝村隆一さんなどの論説を頼りにしながら『民主主義とは何か』という記事を書いたが、そこで得た「民主主義」の実態は、上の文中で紹介されているトクヴィル説く「民主主義」と同じだった。

 好個の例がある。ペンタゴンが最近、「対テロ戦争への国際社会の貢献」と題する資料を発表し、対テロ戦争の支援国として当初26ヵ国を列挙したが、そのなかに日本がふくまれていなかった。そうしたら、アフガン空爆にも怒らなかった日本の多くのメディアが、政府とともに露骨に色をなした。米国の対テロ戦争に積極的に貢献した国として認めてもらえないのは不快だというのである。結局、米側の"ケアレスミス"ということで、貢献国にふくめてもらったのだが、いったいなんということであろうか。米国がしつらえる世界的な戦争構造の重要な一角を日本も担うべしと、政府だけでなく、マスメディア自身が煽動しているのである。メディアの音頭にのって、庶民=世間が調子よく踊る。まじめな人ほど懸命に踊り、カーニバルのように練り歩く。ほら、その道のすぐ先には有事法制がある。

 以下、こうした危惧が現実化した証言の一つとして、辺見さんは丸山眞男の『自己内対話』の文を引用しながら議論を進めている。

 丸山眞男の思想についての予備知識として、浅井基文さんのサイトに掲示されている『丸山眞男の思想に学ぶ(公開講座)』を紹介しておこう。以下で辺見さんが引用している丸山眞男の文章も読むことが出来る。

 私がいちばん恐れるのは、何気ない、どうかすると心休まる風景だ。たとえば、丸山が記したような戦慄の対照がそれである。
「僕がつかまって、あと解放されたとき、灯のともった本郷通りを歩いたときの感想! バナナ屋は相変らず、バナナを人々の前にぶらさげてたたき売り、ゴモク屋の前には人だかりがしてみな言葉もなく、ゴバンの『問題』をみつめている。そうして、本富士署の壁一つ隔てたあのなかでは、すさまじい拷問がいま行われているのだ」(前掲書)。
 世界の外面には、圧倒的多数の人々のなんということもない「アズ・ユージュアル」(日常)があるけれど、内部には、それとどうにも釣り合わない凄惨な光景がある。アズ・ユージュアルに生きる庶民は拷問の悲鳴に耳傾けようともせず、想像しようともしない。丸山眞男はそういいたかったのだと思う。アズ・ユージュアルこそ問題なのだ、と。

 丸山が見たのと私がいま見ている風景はずいぶん異なるけれども、可視的な外面と不可視の内部との絶望的な関係性には根本的な変化はなかろう。いまだって、どこからか間遠(まどお)に人の悲鳴が聞こえてくるのだ。でも、私たちは隣人だちとほぼ同じ顔をした庶民であることを選び、悲鳴など聞こえなかったことにして暮らしている。そうするうちにも、戦争の構造は膨らみつつある。

 どうすればいいのか。庶民から「市民」になればなにかが解決されるというものでもあるまい。それより、鏡のなかの自分をのぞくべきだ。もしくは、深夜、自画像を描いてみるというのはどうか。おのれの貌を取り戻すために。ちなみに、阿部謹也氏によれば、明治以前の日本絵画には自画像の歴史がなく、「個人」という言葉も明治17年まで存在しなかったという。この国ではもともと「私」が希薄なのである。いまは、服従しない「私」を少しずつ立ち上げるしかない。

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