2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(28 )

国家テロリズム(5)

 2001年当時の世界状況を、辺見さんは「世界同時反動」と断じている。その結果、「戦時体制」が着々と整いつつある、と危惧している。その16年後の現在、武器輸出三原則の撤廃・集団的自衛権行使容認・沖縄辺野古新基地建設強行・戦争法(安全保障関連法)強行採決・特定秘密保護法強行採決等々に続いて、昨日「共謀罪法」がインチキ強行採決されて、「アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト」政権が目指す「戦時体制」が最終段階に突入した。

 今回の辺見さんの論考の表題は「加担」である。辺見さんは「戦時体制」作りに一番加担してきたのはマスゴミであるという。これまでマスゴミの惨状をいろいろの面から取り上げてきたが、辺見さんは、その「加担」の認識が皆無であるという観点から、マスゴミのマスゴミたる由縁を説いている。そして、枕には次の文を引用している。
一次元的な思考は、政治を作り出す人びと、および大量情報を調達するかれらの御用商人たちによって組織的に助長される。
その言説の世界は、自己証明的な仮説――たえず独占的にくり返されることによって、催眠的な定義もしくは命令となる仮説――に満ちている。(H・マルクーゼ『一次元的人間』から生松敬三・三沢謙一訳)

 それでは本文を読んでみよう。

 奇妙なことに、マスメディアで働く者たちは、昨今厳しさを増しているメディア批判の論考を読むときに、批判対象は自分ではなく、同じ領域の遠くの方にいるらしい「困った他者」である、と思いこむ癖があるようだ。自分が批判されているにもかかわらず。だから、だれも傷つきはしない。いわんや、戦争構造に加担しているなどと、ゆめゆめ思いもしない。かくして政治とメディアは、手に手を取って、「現在」という未曾有の一大政治反動期を形成しつつある。

 彼ら彼女らに悪意などはない。誠実で勤勉で従順でちょっと不勉強なだけである。誠実で勤勉で従順で不勉強なことは、しかし、全体主義運動参加者にとって、不可欠な資質である。このことは、米国の巨大な軍需産業を支える研究者や技術者の多くが、エコロジストであり敬虔なクリスチャンでありバードウォッチャーであったりすることと、関係性がどこか似ている。日常のなかにある戦争構造は、表面は醜悪でもなんでもなく、微笑みと誠実さに満ちているか、ないしは、あっけないほど透明なのだ。

 「戦時体制」が着々と整いつつある。テロ対策特措法が国会を通り、自衛隊艦隊がインド洋に向かった。戦後はじめての派兵であり、参戦である。改定自衛隊法も成立し、自衛隊の治安出動の条件が大幅に緩和された。「防衛機密」を漏洩(ろうえい)した者には、5年以下の懲役刑が科せられることにもなった。1985年に自民党が提案し、世論のつよい反対で廃案になった「国家秘密法」の、事実上の導入であり、有事法制整備の先がけである。小泉首相は有事法制による私権や基本的人権の制限はやむをえないといいはなち、中谷防衛庁長官は、憲法9条を改定すべきだと公言してはばからない。PKO(国連平和維持活動)協力法改正案も近く成立しそうだ。PKF(国連平和維持軍)の本隊業務への参加凍結解除と併せ、武器使用基準を見直すという。

 もはや戦争可能である。いや、われわれは、客観的には、いつ終わるともしれない"戦中"に、すでにして入っているのかもしれない。だが、マスメディアに働く者たちは、事ここにいたっても、なお、みずからのなに変わらぬ日常と気だるいルーティンワークを覆すことができないでいる。それどころか、埓(らち)もない社内人事の話からさえ脱することもきずに、全体としては、どこの社の社員も、じつに誠実に勤勉に従順に、翼賛報道の片棒を担ぎつづけているのである。「世界同時反動」という、世にも珍しいこの歴史的時期にそのわけを探(さぐ)る姿勢などあらばこそ、おのれの瑣末な日常にどっぶりと没するばかりのこの国のマスコミの知的水準は、いま、絶望的なまでに劣化している。

 新聞は、濃淡の差こそあれ、ほぼ"大政翼賛"、NHKは大本営発表、民放はこの期におよんで懲りずにおちゃらか騒ぎ(アフガンの飢餓報道をやったり、大食い競争の番組をやってみたり)……と相場はきまっている。なかでも、NHKのひどさは目にあまる。受信料をつかって、国策宣伝にこれ努めるばかりではなく、9・11テロ以降は、ホワイトハウスとペンタゴンのただの宣伝機関になりさがってしまった。某日は、ペンタゴン提供の映像を用いて、アフガンで使用されている米軍の精密誘導兵器の精度がいかに優れているか、まったく無批判に"広報"してやっていた。湾岸戦争時の"ピンポイント爆撃"報道が、その後まったくの嘘であったという苦い経験など、どこ吹く風である。この分だと、戦争狂ラムズフェルド国防長官は、NHKの多大なる対米貢献に対し、いずれ、勲章を授与するのではないか。

 我慢がならないのは、某日、わけ知り顔の解説員なる男が登場して、アフガンでも使用されはじめた燃料気化爆弾(BLU82)というしろものが、戦場でどれほど「効果的」かについて、得々と無機質な声で説明してみせたことだ。その破壊力の凄まじさゆえに、核兵器に次いで残虐な兵器とされ、国際社会から使用禁止の声が上がっているにもかかわらず、米国はそれを拒否して実戦使用しつづけている事実にはまったく触れずに、である。連日の空爆のために食糧援助がままならず、子ども10万人をふくむ数10万の避難民たちがこの冬、餓死ないし凍死すると懸念されていることにはまったく言及せずに、である。このような報道をジャーナリズムとはいわない。官報以下である。

 この解説員には廉恥(れんち)もニュースセンスもなく、おそらく、悪意もない。誠実で勤勉で従順なだけであろう。誠実に勤勉に従順に無意識に、戦争構造に加担しているのである。で、そのことを、NHKの他のセクションで働く者たちは、格別の恥とはしていないようだ。言挙げも議論もしはしない。要するに他人事なのである。そして、それぞれのセクションは、同じように誠実に勤勉に従順に、立派な日本人の物語や、国宝や、民俗や、農業振興や、当局を怒らせない程度の環境・社会問題の番組などを制作し、ごく内輪で褒めたりけなしたりしながら、やはり、しっかりとこの国の戦争構造と全体主義を支えている。ただし、少数の例外を除き、ほとんどの者は、戦争構造に加担しているとは自覚などしていないのだ。「個」というものの無残にすり切れた、思えば、哀しき群体ではある。

 問題は、むろん、NHKだけではない。この国の全域を、反動の悪気流が覆っている。日常のなにげない風景の襞(ひだ)に、戦争の諸相が潜んでいる。人々のさりげないものいいに、戦争の文脈が隠れている。さしあたり、それらを探し、それらを撃つことだ。でないと、気づかずに加担させられ、悪しき波動に無意識に呑まれてしまう。もう手遅れの感もあるけれど。

 「誠実で勤勉で従順でちょっと不勉強」な圧倒的多数を占める善人たちが「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」政権を支えている。
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