2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(19)

9・11同時多発テロ後の世界(1)

 『不服従』の第3章の残りの3節は9・11同時多発テロが誘発したならず者国家アメリカにより引き起こされたアフガニスタンやイラクへの侵略戦争を始めとする数々の蛮行を取り上げている。この問題については私もかなり多くの記事で取り上げてきた。それらと重複する内容もあるが、一応全部読んでみよう。

 最初の節の表題は「ブタ」である。この節は第1章の「国家の貌」(ポチ・コイズミの悪政(1)・(2))の続編である。枕には宇都宮徳馬さんの言葉が引用されている。
ブタですよ、彼らは。
アメリカの夕力派は、中国やソ連に対して、つめもくちばしも持っている。
日本のは、アメリカの夕力派が獲物を食い残したのをあさっているだけの、つまりブタですね。
ブタが怒るだろうがね。
(宇都宮徳馬氏の司馬遼太郎氏への話から)

ブタで思い出したことがある。「『「非国民」手帖』を読む(1)」で『「非国民」手帖』の宮崎哲弥さんによる後書きの一部を引用したが、その中に次のような一文がある。
『辺見や「撃」の筆者たちからすれば「保守反動ブタ」に違いない私までも不眠症になりそうだ。』
 「保守反動ブタ」が辺見さんの使った言葉なのか「撃」の筆者が使った言葉なのか不明だが、『不服従』の「ブタ」はこの「保守反動ブタ」のことなのだ。本文を読んでみよう。

 小泉首相の面差しが、案の定、変わった。飲み屋の友人にいわせれば、あれは、すっかり「いっちゃった顔」なのだそうだ。目が据わってしまった。険がでてきたというか、勇ましくなったというか。変貌は、申し上げるまでもなく、同時多発テロ事件の2001年9月11日からである。ご本人は、むろん、覚えていまいが、駆けだし記者時代に、彼の立候補を横須賀で取材したことがある。つまらなかった。いうこともご面相も凡庸すぎて、さっぱり原稿にならなかった。いま、立派になったのかといえば、そうではない。まだあのころのバカっぽさのほうがましであった。ま、無害だったから。いまはこの国にとり、明らかに有害になりつつある。

 顔が変わったのは、戦争にやたらと血が騒ぐからであろう。だから、いわんこっちやない、といまさら書いてもはじまらないけれども、もとから特攻隊が好きだったりして、要するにそういう人なのである。子どもっぽいといえばそうだが、一国の首相なのだから、たまったものでない。米軍の報復攻撃を後方支援することや、「情報収集」のために自衛艦をインド洋に派遣することなどを決めた七項目のテロ事件対応策を、9月19日に発表したと思ったら、同21日には、海上自衛隊の護衛艦と掃海艇数隻に、作戦行動のため横須賀基地からインド洋に向かう米空母を、大した必要もないのに、史上はじめて、わざわざ護衛・随伴航行させている。作戦中の米艦船を自衛艦が護衛するのは、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触しており、七項目の対応策のなかにも憲法違反の疑いの濃厚なのがいくつかある。小泉氏の引きつった顔は、「戦時」なのだから、とでもいいたそうだが、冗談ではない。米国の戦争が、すなわち、日本の戦争ではないのである。

 小泉氏にとっては、集団的自衛権の行使を戒めている憲法が邪魔で邪魔でしょうがないようだ。首相就任前には、改憲して行使できるようにすべきだと放言してみたり、就任後は憲法解釈の範囲内で行使できるといってみたりした。いまは、愛する米国の(とくに保安官ブッシュの)ために、自国の最高法規を犯したくて、いてもたってもいられないという様子である。米空母の護衛は、その既成事実つくり以外のなにものでもない。

 同時多発テロ事件後の小泉首相の言動は、明確な憲法9条および99条(憲法尊重擁護義務)違反であると私は思う。その首相が、9月27日の臨時国会所信表明演説で、だれが智恵をつけたか、憲法前文をことさらに引用して、あろうことか、米国の報復戦争に軍事的に協力することの、事実上の根拠としているのだから、いやはや、開いた口がふさがらないとはこのことだ。引用個所は前文の最後にあたる
「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。/日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」
である。
 この前文をどう拡大解釈したら、海上自衛隊のイージス艦をふくむ「支援艦隊」を、インド洋の米軍作戦海域に派遣するなどという、でたらめな構想がでてくるのだろうか。「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」からか。バカも休み休みいえ、である。これはまったくの恣意的引用であり、見えすいた牽強付会なのだ。引用は、つまり、故意に前のパラグラフを抜かして、報復作戦を念頭に「各国の責務」のみを強調しているわけだ。首相の引用個所は、前のパラグラフの
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
という、第9条に通じる絶対平和主義の流れのなかでしか解釈が許されないはずなのである。道義のない報復戦争をやるべく、いきりたっている超大国を支援せよ、などとは、憲法のどこにも書いていないのである。

 この問題については、辺見さんは『抵抗論』で「憲法、国家および自衛隊派兵についてのノート」という表題でより詳しく論じている。その中から「人間相互の関係を支配する崇高な理想」について論じている部分を、私は『憲法前文について追記』で引用しているので紹介しておこう。

 建前は天皇の絶対を認めておいて、実際には天皇を利用するだけの者らを、藤田省三は、名著『天皇制国家の支配原理』で、「天皇制的俗物」と呼んだ。小泉氏をふくむ靖国好きの自民党幹部の大半がこれにあたるが、同時に、彼らは、建前は憲法を認めながら、実際には恣意的にこれを利用し、無制限の拡大解釈をしようとするだけの「立憲制的俗物」でもある。時勢がいよいよ危ういいま、「いっちゃった顔」の純一郎氏の言動にはとくだんの注意が必要ではなかろうか。

 にしても、靖国や特攻隊が大好きなこの国の夕力派連中は、同時に、どうしてこんなにも米国好きでいられるのであろうか。内向きには、米国なにするものぞといって胸を反らしたりしても、いざ訪米すると、お前はブッシュの幇間(ほうかん)かい、と首をかしげたくなるほど追随的になって、よせばいいのに、駅前留学1ヵ月程度の英語を口走ってしまったりする。リチャード・アーミテージ国務副長官という、知日派のくせ者は、そのあたりの、滑稽で哀しき夕力派の心性をよく心得ていて、日本の弱みにつけこんでは、今度の作戦では「日の丸」を見せてみろだの、集団的自衛権を行使できるように憲法をなんとかしろだのと、恫喝(どうかつ)をかけてきている。日本をまるで属国視しているような、こうした傲慢男の無理無体を、毅然と拒否できる政治家が、不幸にも、日本の現政権にはいない。逆に、アーミテージらの圧力により、米国の戦争への日本の加担は今後ますます深まりそうだ。憲法を武器に最大限の抵抗をするほかない。

 冒頭の「ブタ発言」は、國弘正雄氏の「追悼―政治家・宇都宮徳馬」(『世界』2000年9月号所載)からの孫引きである。故宇都宮・司馬対談は、1970年に行われたらしい。米国の獲物の食い残しをあさる日本の夕力派ブタは、それ以前も、その後も、いまも、やせたの肥ったのたくさんいて、ときどき、ブヒブヒと奇妙な英語で鳴いている。

 悲しいかな、辺見さんが危惧していた属国化はアーミテージの指示を忠実に実行している「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」政権によってますます酷い状態になってしまった。
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