2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(11)

死刑廃止論(1)

 今回の辺見さん記事の表題は「ストラスブールの出来事」である。ストラスブールはフランス北東部のドイツとの国境近くにある都市である。そこで欧州評議会(CE)の議場を会場として第一回死刑廃止世界会議(2001年6月21日)が開かれた。辺見さんはその会議の最終宣言の中から次の一文を枕として掲載している。

『死刑は司法に対する復讐の勝利を意味し、人間の第一の権利である生命権を侵すものである。極刑が犯罪を防止したことはないのである。(中略)死刑を行う社会は、象徴的に、暴力を奨励している。』

 辺見さんは本文を次のように始めている。

 この国のマスコミが、あたかも各社鳩首凝議(きゅうしゅぎょうぎ)した結果でもあるかのように、決して大きく継続的にはとりあげないテーマがある。死刑問題がその一つだ。ために、この国には死刑制度が存在するという事実さえ知らない若者もいる。国家が、どこで、どのような手段で、死刑囚を殺しているのかについては、さらに多くの者が知らない。確定死刑囚が現在何人いて、どのように遇されているかにいたっては、新聞記者すら知らない場合が多いという体たらくである。

 なぜなのだろうか。国家や天皇制がからむ、まがことらしい暗部には近づかないというマスメディアの習性もあろう。マスコミが日々去勢され、年々歳々体制内化していく一方で、法務当局が死刑に関しては徹底的な「密行主義」を貫いているということでもあろう。この国の死刑は、だから、いまも不可視の暗部でありつづけ、またそれゆえに、確定死刑囚55人の一人、大道寺将司氏は、近著『友へ 大道寺将司句集』で、かくも鮮やかに詠んだのである。

 花影や死は工(たく)まれて訪るる

 死刑に関するかぎり、この国とそのマスコミは、言葉の最も悪い意味で、"社会主義化"してしまっている。ほら、すぐ近くの某人民共和国顔負けなのだ。国際社会の非難も勧告も聞くものではなく、国内で議論すること自体、なにかとんでもない禁忌を犯しているかのような雰囲気がいまだにあるではないか。

 こうした事情から、冒頭の宣言どころか、第一回死刑廃止世界会議(2001年6月21日)がフランスで開かれたという事実そのものが、日本ではあまり知られていない。欧州ではもう旧聞に属するこの会議の意味は、しかし、じつに大きい。やや大げさにいうなら、これほど本格的規模の死刑廃止国際会議は有史以来はじめてであり、会議が死刑制度という視座から21世紀の国民国家のありようを問うたこと、とりわけ、死刑制度存置国・日本の前近代性が炙(あぶ)りだされたこと――などは特筆に値すると思う。

 このまま黙殺されては悔しいので、改めてなぞれば、会議の主催者はアムネスティなどの市民団体だが、ニコル・フォンテーン欧州議会議長やラッセル・ジョンストン欧州評議会(CE)議長らが後援者として名を連ね、フランス・ストラスブールのCE議場が会場となるなど、死刑廃止を加盟条件としているCE(43ヵ国加盟)主導で議事が進められたようだ。参加者800人、発言者120人、取材記者150人というのも空前の規模である。日本からは、冤罪の元死刑囚・免田栄さん、犯罪被害者遺族の原田正治さん、菊田幸一・明大教授、社民党の福島瑞穂議員、弁護士の田鎖麻衣子さんらが出席、それぞれ日本の死刑制度の実情につき発言している。

 上の記事中の「犯罪被害者遺族の原田正治さん」が私の目を引いた。新聞報道など知る限り、殺人事件の被害者の遺族の多くは犯人の死刑判決を望んでいるようだ。私は死刑廃止問題を考えるとき、被害者遺族の方々のそうした怒りの気持ちをどのようにサポートするのかという問題を避けることが出来ないと常々考えていた。その観点から、死刑廃止国際会議に被害者遺族の方が参加されていることに大きな関心を持った。

 今回のテーマ「死刑廃止論」について詳しい資料が欲しいと思いネット検索をしていて、アムネスティ・インターナショナルのサイトの記事『死刑廃止 - なぜ、アムネスティは死刑に反対するのか?』に出会った。以後、この記事を利用することにした。(その記事から直接文章を転載するときは「なぜ、アムネスティは…」と略記する。)この記事を読んでいたら、原田正治さんのことを取り上げていたのだった。さっそく転載する。


 「犯罪で家族を亡くされたすべての方にとって、死刑がもっとも納得いく刑罰に違いない」と思われている方も、いらっしゃいます。

 しかし、必ずしもそうとは限りません。というのも、凶悪犯罪の被害者が、加害者を死刑に罰することに対し、反対する場合もあるからです。当事者の受けとめ方には多様性があるということ、また、時間のながれの中でも変化するものであるということも、知っていただきたいと思います。

 米国では、9.11に触発された犯罪が多発しましたが、その被害者の一人であるバングラデシュ移民のレイス・ブイヤンさんは、自分を撃った犯人の減刑を求めました。「私が信仰する宗教には、いつでも寛容は復讐に勝るという教えがあるのです」と、彼は述べています。

 また、娘を殺害された米国の犯罪被害者の遺族マリエッタ・イェーガーさんは、「自分の娘の名において、もう一つの殺人が行われることを、娘が望んでいるとは思えない」とおっしゃっています。このように、死刑が解決につながると考えない被害者遺族も、多くおられるのです。

 1983年1月に、弟を保険金詐欺のために殺害された遺族の原田正治さんは、さまざまな苦悩をへて、のちに加害者と面会をするまでになりました。しかし、2001年、加害者が死刑を執行されます。その時、原田さんは、加害者が処刑されても、我が家は何一つ変わらないと実感したそうです。「被害者遺族のために」と言われる死刑執行が、自分にとっては何のけじめにもならないと、原田さんは痛感したといいます。

犯罪によって大切な家族を失った遺族が、長期間の苦悶を通してたどり着く「答え」の重み。その中に、感じ取るべきことは多いと思います。

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