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永遠の不服従のために(6)

ポチ・コイズミの悪政(1)

私は、ブッシュに醜い媚を売った小泉純一郎首相(2001年4月26日~2006年9月2日)を「ポチ・コイズミ」と呼んで、その数々の悪政を取り上げた記事をたくさん書いてきた。1999年問題の悪法の一つ、周辺事態法などの戦争協力法を強引に推し進めたのもポチ・コイズミだった。
(ポチぶりの映像を転載した『今日の話題 ジャーナリストのあるべき姿勢』を紹介しておきましょう。

 さて、辺見さんは『不服従』で「国家の貌」と題してポチ・コイズミを取り上げている。枕には柄谷行人さんの次の言葉を引用して本文につなげている。
『一般的にいって、国家はその内側から見ると、見えませんね。』(柄谷行人「20世紀・近代・社会主義」「週刊読書人」2001年7月13日号から)

 樽や井戸のなかで暮らす者たちには、よほどの想像力の持ち主か慧眼でないかぎり、樽や井戸の外形や容量を見さだめるのが難しい。まして、樽や井戸の外部の他者たちがそれらをどのように見ているかについては、まず考えがおよばない。国家は、むろん、樽状でもなければ井戸状でもなく、ときに「共同幻想」などと呼ばれるほど、とらえどころのないものだ。その貌(かお)の解明は、いとど困難ということになる。一国家を内側から見たときと、一国家が外側から見られたときの、いわば「視差」のようなものについて、どれほど感性が聡(さと)いか ー それが、いま、決定的に大事である。

 私もときおり賢(さか)しらがり、共同幻想を連発してきたくちだが、なに、とくとわかっていたわけではない。内側のまなざしと外側のまなざしの区別と連関までは、とてもじゃないが思い至らなかった。で、冒頭の引用に併せ、柄谷氏の次の文章を読むと、おぼろだったものがいちだんとはっきりしてくる。

「国家は共同幻想だというのは、内部から見たときにのみいえることです。国家は、何よりも他の国家に対して国家なのです。共同幻想という考えは、そのような外部性を消してしまいます」(『倫理21』)。

 自国に対し、他国があれやこれやの非難を加えてくる。それは誤解だ、誤解を解かなくては、真意を説明しなければ、と自国の政治家は焦る。ないしは"外圧"に反発し、居丈高になる。だが、それはほんとうに単なる「誤解」なのだろうか。ポイントはここにある。それはひどい誤解だ、歪曲だと、自国の者たちがいくら歯ぎしりしようが、他国の眼にそのように映じてしまった像こそが、そのときの国家の実像ということにもなるのではないのか。なんとならば、国家はひとりであるのでなく、他の国家に対して国家なのだから。

 内部から見た国家像に固守するとき、嫌中・嫌韓といったヘイト感情に囚われる。一方その裏側で根拠のない日本ホメという自己満足に浮かれる。内部から見た国家像しか認めない似非愛国者が量産される。

 本稿執筆段階で、小泉首相は8月15日の靖国神社参拝の意向を変えていないようである。彼のたまわく、「熟慮断行」とか、参拝後に中国や韓国の理解を求めるとか、「日本人は死ねばみんな仏様」とか。中韓両国とも、首相の靖国参拝の真意を曲解しているといわんばかりである。"外圧"に屈して翻意するのはいやだという心情もほの見える。これらすべては、この国の内側からの発想であり、外部がなぜ憤っているかについての省察は皆無に等しい。「視差」の感覚がこれほど鈍い政治指導者も珍しいといわなくてはならない。

 靖国神社の問題はA級戦犯合祀の不合理にとどまらない。戦前は陸・海軍省所管の別格官幣社(かんぺいしゃ)であり、日清、日露、日中戦争、太平洋戦争などの戦没者を合祀しているけれども、犠牲になったおびただしいアジアの人々や原爆犠牲者は祭られていないことなどもある。戦後は国家神道の禁止にともない、東京都知事認証の宗教法人となったが、春秋二回の例大祭には天皇からの勅使が遣わされ、秋には合祀祭もとりおこなわれる慣例である。形式は変わったものの、戦前・戦中と戦後のまったき断絶とは到底いいがたいのだ。そのことは国内外から一貫して批判されてきたのだが、ことしは様相がずいぶん異なる。「内の眼」が相も変わらず弱視状態なのに比べて、「外の眼」はいつになく厳しく、鋭いのである。

 そのわけは、いうまでもなく、「新しい歴史教科書をつくる会」編集の中学歴史・公民教科書がこの四月に文部科学省の検定を合格したことにある。植民地支配や侵略戦争への反省の意思がきわめて薄く、「慰安婦」制度への言及もなく、明治憲法と教育勅語を評価し、日本民族の優秀性をことさらに強調するような教科書が国の検定を通ったということは、検定制度の実質とはかかわりなく、おおむね国家意思の体現ではないかと外部の眼には映っているのである。さらに、日本側が中韓両国の修正要求を拒否したことで、反発は憤りに変わっていった。

 そればかりではない。1999年の周辺事態法など戦争協力法の成立に加えて、有事立法整備を唱え、集団的自衛権行使に向けた積極発言を行い、米国のミサイル防衛構想に理解を示すような昨今の小泉首相の姿勢もある。

 これら日本側のふるまいは、それぞれ別個に脈絡なくなされているのではなく、じつは地つづきなのであり、統一した流れなのではないかと外部の眼は危惧しているわけだ。それは、国家というものが、柄谷氏の指摘のとおり、他の国家との関係性において、はじめて国家として立ち現れるものである以上、当然といえば当然のことなのである。この国の顔貌(がんぼう)とは、かようしかじかなのですと、内部の者が口先だけでいくら主張しようがすまいが、外部の眼に結像しているそれはまったく異なる、ということだ。北朝鮮やイラクに対する日本の一般的まなざしを思えば、そのことは了解できるはずだ。その意味で、この国は主観的には優しい顔をしていると思っていても、いま、客観的にはまちがいなく「悪相」と見られているのである。

 国家の貌は内部の者が決めるのでなく、外部によって決定されるといってもいいだろう。国家間では、実行のなんらともなわない主観的心情の自己申告など信用されるわけがない。侵略戦争を肯定しているのではないと弁明しても、反対を押し切って、A級戦犯を合祀している靖国に参拝するということは、すでに国際的に裁かれたこの国の「平和に対する罪」を、他意あって覆しつつあることを意味すると、外部には見なされる。多くの若い日本人バックパッカーがアジアの旅行をとおし肌でつとに知っているこうした理屈を、大名旅行しかしたことのない政治家やアジア嫌いの歴史家、はたまた、このところ跳梁している国家主義者たちはどうしても理解できない。無理解はさらに高じて、中韓に対し反発をつよめ、「内政干渉」とまでいいつのっている。危なくはないか。

 容姿の善し悪しって、本人にはなかなかわからないものだ。とりわけ、容姿の変化にはどうも疎(うと)い。いまは、誤解でも曲解でもなく、他国のほうが、日本の面相の穏やかならざる変化を、正確に感知しているのかもしれない。

*小泉首相はアジア諸国からの反発を受け、結局、2001年8月15日の参拝を避けて、同13日に靖国神社に参拝した。現職首相としては96年7月の橋本首相の参拝以来5年ぶりであった。

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