2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
(2007年3月8日からの「今日の話題」は5回に渡って「右翼イデオローグの理論レベル」を論じている。「右翼イデオローグの理論レベル」というカテゴリ名でまとめて掲載します。)

2007年3月8日(木)
右翼イデオローグの理論レヴェル(1)

 東京新聞が「試される憲法 60年」という連載を行っている。毎回いわゆる識者が一人ずつ登場してそれぞれの改憲についての意見を開陳している。

 昨日は八木秀次であった。この右翼イデオローグは「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていたことがあり、いまは「日本教育再生機構」理事長だそうだ。政府の諮問機関「教育再生会議」と紛らわしいが、「日本教育再生機構」は右翼巨大団体「日本会議」傘下の民間組織である。つまりヤギは「日本会議」の教育部門のトップ・イデオローグということになる。

 このセンセイが「試される憲法 60年」で書いている内容は右翼イデオローグたちの主張の最大公約数を極めてシンプルに分かりやすくまとめたものとみなすことができる。時間と金の無駄だから、私は右翼イデオローグたちの著作物を買ったり読んだりしたことはない。断片的に得た知識だけでの判断だけど、そう間違ってはいないと思う。

 まずヤギセンセイのご高説を読んでみよう。(文頭の番号は後ほど利用するために私が付けたものです。)

守る国柄前文で表現すべき

(1)現行憲法は、敗戦の産物として日本の歴史から切り離されて生まれたものです。

(2)前文では、米国の独立宣言とそのベースとなった(英国の哲学者)ジョン・ロックの「市民政府論」を借用し、個々人の生命、自由、財産を守るために国家をつくったという論理を展開している。

(3)しかし、それでは国防は説明できない。国防とは、国民が生命さえ犠牲にして国家の連続性を確保することだからです。

(4)前文では自然、歴史、伝統、文化、宗教といった国柄を表現するべきです。連続する国の姿をうたう。そうでないと「守るべき国とは何か」が分からなくなります。

(5)今の前文には「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と「決意」という言葉が二回出てくる。過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落していることの表れです。

(6)本来、国家とは観念的なものです。多民族、多宗教、多言語の人たちは、国家という観念を常に意識して忠誠を誓う。それは国家を壊さないための努力です。北海道には北海道の、沖縄には沖縄の自分たちの具体的な経験から生じる愛郷心がある。それとは違い、日本人意識や愛国心は観念です。

(7)国家や国民、愛国心という観念を共有し、次世代に継承するには強制が不可欠です。例えば、歴史的名場面を子供たちに「読みなさい」 「考えなさい」と教える。観念は自然任せでは継承できないからです。

(8)若者たちがネットで表現する排外的な激しいナショナリズムは、愛国心の美しい作法を知らないためです。

(9)護憲派は憲法九条が戦後の平和を守ってきたと言うが、現実は自衛隊と在日米軍によって保たれてきた。今では国民の大多数が、北朝鮮や中国という極東アジアの脅威に対する抑止力の必要性を理解し、九条と乖離(かいり)した現実を支持しています。

(10)愛国心を否定し、同胞意識が希薄だったが故に横田めぐみさんは拉致され、帰ってこない。戦争を避けるためにも、法治国家としてきちんと守りきれる憲法に作り替えるべきです。

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