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2007年2月17(土)
高野岩三郎著「囚われたる民衆」(2)


 再言する、亡兄の労働組合運動は自然発生的であると。ちょうどこれと同様にまた私の民主主義観は自然発生的である。けだし兄は、すでに述べたように、明治19年日本を去り、爾来十余年間故国の実際より遠ざかっていたが故に、同期間、すなわち明治27、8年の日清戦役前後におけるわが社会的変革、殊に状勢ないしその雰囲気にはほとんど触れ得なかったのである。

 しかるにこれに反して私は生立ち境遇教育幼少時代をまったく兄と同じうしたる私は、わが国に在りて時代の雰囲気を満喫し、そのうちに青年時代を経過したのである。すなわち明治27、8年前後の私の青少年時代にはわが国にはフランス流の自由民権論旺盛を極わめ、国会開設要望の声は天下を風靡した。貴族もなく、財閥もなく、しきりに打倒を叫ばれたのは、薩長藩閥打破、すなわち近来の用語をもってすれば軍閥打破の声であった。

 この時代にはまた一方に帝王神権説を唱うるものあれば、他方には主権在民・共和政体論を主張するものありというありさまであった。当時集会も言論も始めは自由であって、政談演説余は盛んに催おされて民心を鼓舞したのである。

 かくのごとき社会状勢のうちに立って、天領すなわち藩主という頭の押え手なき土地、しかもまた国際的都市の比較的自由開放の天地に生まれ、やや長ずるや東京の真中に来て、下町気分町奴気風を吸収した私のごときものが、青年の血を沸き立たせ、民主主義を謳歌し、その実現の促進に熱情を注いだのもまた当然であろう。

 当時君臨せる明治大帝に対してはすこぶる親しみを覚え、敬愛の情切なるものありしが、それ以上何ら神懸り的威厳を感じなかったというのが私ども平民の率直なる感情であったのである。しかるにその後に至りようやく窮屈な形式的神懸り的・国家主義的風潮浸潤し始め、ついには最近時代に至り軍閥の跋扈となり、われわれの手も足も、口も筆もいっさい縛り上げらるるに至れる時勢の推移に対して、日夜悶悶たる不満不快の念を抱きたるも、また怪しむに足らないであろう。ただ近年マルキシズムの勃興左翼運動の旺盛によりて、わずかに慰めらるるところありしも、これまたいくばくもなく弾圧せられてほとんど形をひそめたるがため、再び悶々の情を新たにし、わが国にはとうてい自主自由の風は頭上を空過し、国民は未来永劫奴隷的境遇に呻吟するのやむなきかを憂わしめたのであったが、今や時世は急転し、旧時代は忽然として消失し、デモクラシーの新時代はわが全土を蔽うに至ったのである。

 われわれの満足何者かこれに如かんと言わざるを得ない。しかるにもかかわらずわが国民の大多数はなおデモクラシーの真義に徹せず、依然として一種の迷信偶像的崇拝の念に固執するは、私のごとき自然発生的なる民主政治観を抱懐する者に取りては、むしろ奇怪にして諒解に苦しまざるを得ざるところである。すなわち囚われたる民衆と 叫ばざるを得ざる所以である。


 近時世間論議の中心たる天皇の地位ないしは天皇制の問題に関連して、デモクラシーの意義を論ずるもの少なからず。しかしながらその中においてきわめて明快にその意義を解明して最もわが意を得たるものは、東大法学部横田(喜三郎)教授の説明である。

 横田教授はまずその第一段において喝破していわく、
「主権の所在の問題はこれからかなり紛糾した議論を惹起すると思う、これはこの間題に感情的な要素が強く入り込んできて、冷静な判断を害することが少なくないからだと思う。それに政治的な要素も入って来て、例えば選挙に有利だとか不利だとかいうことから故意にぼかしたり、中途半端なところで打ち切って仕舞うというようなこともある、こういう雑音を取り除き、純粋に徹底的に理論を押しつめて見ると、どうも主権が天皇にあるという議論は民主主義の根本義と調和しないように思われる。ひとり天皇に限らず一般にすべての君主についても同様である。民主主義の根本観念として人民の政治ということ、人民が政治の主体だということがある。これは結局において主権が人民にあるということにほかならない、そうすれば主権が君主にあるという議論は民主主義とどうしても調和しないことになる。」

 まことに横田教授の指摘したように、この問題の重要性はきわめて冷静なる考察とわが国の将来に対する洞察とによって慎重に決定すべきであるが、デモクラシーは民衆の民衆による政治であって、君主政治は君主の君主による政治であって見れば、両者は正に対蹠的のものであり、とうてい調和すべくもない。このことはすこぶる簡単明瞭であって、しかもこの簡明なることその者がまさによく多数民衆の心を捉え、魅力もあり、実行力も生ずる所以である。

 教授は論歩を進め、主権在君説と民主主義との調和を計らんとして古来行なわれたいろいろの議論を挙げてこれを批判する。その一はイギリス流の国王と議会とが主権を共有するという議論であって、これに対する教授の批評は下のごとくである。
「一見して巧妙な説明のようだが、実はごまかしの議論に過ぎない、王と議会の議論が異なったら一体どちらが勝つのであるか、この点で王の拒否権が問題になる、この権利も長い間の不行使によってすでに消滅したと一般に言われているが、もし消滅しているのなら、最後の決定権が議会にある訳で、主権は議会に存し、もはや王には存しない、これに反してまだ拒否権が王にあるならば、主権は王にあると言わなくてはならぬ、王と議会の共有にあるという議論などは、実際の事態をはっきりさせないごまかしの議論にほかならないと思う」と。

 私も教授の説明には双手を挙げて賛成する。教授またいわく
「国家法人説を採り、主権は国家そのものにあるという議論などはなおさらごまかしの説である。それは国家法人説の意味をまったく理解せず、ただ言葉だけを悪用したものに過ぎない、国家を全体として考え、例えば国際関係で対外的な法律関係を問題にするようなときには、まだいくらか意味をなすことがあるけれども、国内関係で主権の所在を問題にする場合などにはまったくナンセンスである。主権とは国家の最高の権力のことで、結局は最高の決定権にほかならないから、主権の所在の問題は何人が最後の決定権を有するかという問題であり、それが国家であるというなどはまったく意味をなさないことである」と。

 かく論じ来たって教授は直裁に要約していわく
「要するに主権の所在の問題はいろいろと論議されているが、民主主義の根本観念から言うと、人民にあると言わなければならないと思う、理論的に徹底すればどうしてもそうなるのである。日本でも本当に民主主義を確立しようとすれば、それを淡泊に承認し、そこから出発しなければならぬと思う」と

 断定明確千鈞の重味ありといいたい。

 しかしながら教授は終りに民主主義の確立と天皇制維持との妥協案を示して、いわく
「天皇制を廃止しなければ、民主主義は確立されないというのではない、民主主義のもとでも天皇制を維持することは可能である。ただその時には、天皇はもとより主権を有するものではなく、単に儀礼的機関としての地位を有することになる。この点で先日発表された民間の憲法草案なるものは民主主義のもとに天皇制を維持する立場を理論的に徹底していると思う」
と説く。

 私は遺憾ながらこの点において横田教授の論にもまた憲法研究会同人の多数とも所見を異にする。

 この天皇制維持説についてまず第一に疑問とする点は天皇をもってもっぱら国民的儀礼機関とするということは、天皇制はあたかも家の中に設けられた神棚のごとき意義以上には余り多く出でないようであるが、これをもってはたしてしきりに皇室の尊厳を主張する多数の人々を満足せしめるに足るか否か、天皇の地位をあまりに軽侮するものであると、非難の囂々(ごうごう)として、発生して侮るべからざる勢力となることなきやを惧れる。

 さらに私の疑問とするところは、現下の状勢においてすでに憲法の改正により主権在民の根本原則を容認せしむることができると考うるならば、何が故に単に儀礼的機関に過ぎざる天皇制を存置するの要ありや、むしろただ一歩を進めて紙一重の障害を撤去し、天皇制の維持を放棄するに躊躇せずして可なりとせずやとの点である。

 しかるにもかかわらずなおかつ天皇制に未練を残して純然たる民主主義の採用に猛進せざるは、依然として天皇制に対する若干の信頼と民主制に対する自信の念の薄弱とによるものではあるまいか。もしはたしてしかりとするならば、このことはわが国における民主制の将来に対してすこぶる憂うべきことといわざるを得ない。

 今やわが国における新時代の発足にあたってはわれわれはいかなる困難もこれを突破し、幾多の荊棘(けいきょく)もこれを排除して真に新しい途を開拓するに鋭意努力しなければならない、いやしくも過去の残存勢力に恋々とし、一種の仮空的迷信や、頼むべからざる偶像に依頼するの痕跡を留むべからずと信ずる。いわんや軍閥財閥の過去の勢力はすでに芟除(せんじょ)せられたるも、残存の余燃はなお潜在し、再起の機会を狙いつつあるものと覚悟しなければなるまい。殊にわが国民は由来自主独立の気象欠如し、とかく既存勢力に依頼する傾顕著なるをもって、五年十年の後連合軍の威圧力緩減したる暁において、反動的分子が天皇を担ぎ上げて、再挙を計ることもけっしで絶無なりとは断じ難い。

 したがって私はこの際あっさりと天皇制を廃止して、主権在民の民主制を確立し、人心の一新帰一に向って勇往邁進、国民の啓蒙に大々的努力を払うをもって得策とすと信ずる。

 天皇制の廃止論は現下わが国においては共産党の独占に限らるる観あるも、社会党の内部にも、また冷静に民主政治の理念を考察する有識者の間にありても、たとい私のごとき生立ち境遇よりして自由にこの問題を考え得べきものでなくとも、またたとい天皇の個人に対しては愛敬の念禁じ難き場合にも、同様の思想を抱くもの世間その人に乏しからずと認められる。これ私があえて私見を開陳して世人の参考に資せんと欲する所以である。

(管理人追記 2016年12月11日)
 この高野岩三郎の天皇制に対する危惧は現在あからさまに表面化してきた。アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権を牛耳っている「日本会議」というカルト組織が「天皇を国民統合の中心と仰ぐ国柄」を目指して暗躍している。
 アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権と日本会議の強い結びつきについては『沖縄に学ぶ(41)』の最終節をご覧下さい。
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