2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
(追記 2016年12月10日)
 (2007年2月15日~19日の「今日の話題」は、「囚われたる民衆」というカテゴリ名で掲載することにします。)

2007年2月15日(木)
焼け跡で生まれた憲法草案

 ビデオに撮っておいたETV特集「焼け跡で生まれた憲法草案」(NHK教育テレビ 10日放送)を観た。

 鈴木安蔵、岩淵辰雄、室伏高信、馬場恒吾、高野岩三郎、杉森孝次郎、森戸辰雄という7人の学者・ジャーナリストが「憲法研究会」を立ち上げた。第一回会合は敗戦約3ヶ月後の1945年11月8日にもたれている。7人はそれぞれ思想信条を異にしているが、戦中に厳しい言論弾圧を受けていたことで共通している。

 その番組は、彼らがまとめた憲法草案がGHQの草案に大きく影響していたという主旨の内容であったが、私は「高野岩三郎」という名に注意を引かれた。

 7人の討論の過程で一番問題になったことはやはり天皇の扱いだった。主権在民をはっきりと打ち出すことには異論なく一致したが、それと天皇制とは相容れない。結局は「象徴天皇制」に落ち着くが、実は天皇制廃止を主張した人がいる。高野岩三郎である。

『デモクラシーと君主政治は到底調和すべくもない。反動的分子が天皇を担ぎ上げて再挙を計ることも決して絶無なりとは断じがたい』
と言い、大統領制の草案を会に提出している。『国民感情を配慮する』と国民の支持は得られまいという理由で、これは他のメンバーの入れるところとはならなかった。

 「象徴天皇制」では天皇に政治的権力はないが、それが主権在民、特に「思想・良心の自由」と相容れない矛盾を露呈して、高野の杞憂が現在、杞憂に終わらない状況になりつつある。憲法に天皇条項を残した瑕疵が今大きくなろうとしている。

 さて、「高野岩三郎」という名が私の記憶の片隅にあった。資料として度々利用している『「天皇制」論集』に高野岩三郎による「囚われたる民衆」という論文がある。そこに大統領制の憲法草案が記録されている。初出は「新生」(1946年2月号)となっている。これもその番組で知ったのだが、「新生」は「憲法研究会」のメンバーの一人・室伏高信(政治評論家)が発刊した雑誌だった。

 次回から何回かに分けて、高野の論文「囚われたる民衆」を全文紹介しようと思う。(実は私はその論文をまだ読んでないので、何よりも自分のためであります。)
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