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今日の話題

2007年1月26日(金)
阪神淡路島大震災:さまざまなボランティア

 だいぶ間が開いてしまったが、阪神淡路大震災に関して、もう一つ取り上げたいことがあった。無数の無名の人たちのボランティアが、どれほど罹災者たちを助け励ましたことだろうか。諸企業も手を差し伸べている。山口組も救援活動をしたらしい。

 わたしの注意をひいたのは、企業体が救援の課題に取組んでいるという記事(「読売新聞」95・1・19) だ。

(1)トヨタ自動車は日赤に一億円の義捐金。
(2)同じく日産自動車は車両など五千万円分。
(3)本田技研は発電機五十台を兵庫県警へ。
(4)NECは自治体に義捐金と物資一億円分。そのほか業務用移動無線百五十台を兵庫県へ。
(5)日立製作所は一億円の義捐金。
(6)東芝は関西システムセンターの一、二階を診療所や避難施設として開放。
(7)三井物産は十トンのタンクローリー三台に水を積んで被災地へ。関西支社は毛布三千枚を神戸市へ。

 その他、食品などを含めて大手商社は救援の物資を送りこんでいると報道されている。もちろん記事にならなくてもスーパーや労働組合は企業外にボランティア活動をやっていることは間違いないとおもう。

 こんどの阪神大震災で、この企業体と労働組合や市民ボランティアの活動を興味深いとおもっている。またスーパーや百貨店が食糧、生活必需品、水などについて安価に提供していることも大きな印象を与える。この体験が企業体やコンビニ、スーパーや労働組合に新しい体験知を加えるにちがいないとおもえるからだ。それはおおざっぱにいえば、じぶんたちの雇用と被雇用の主戦場が、企業体の内部の職場から大きくはみだしているという現状の認識を身をもって体験することに帰するような気がする。

 この大手企業体と百貨店やスーパーやコンビニの振舞いと、労働組合や市民ボランティアの対応の有様がどう映っているか、海外の新聞の見方がダイジェストされている(「毎日新聞」95・1・21)ので、個条書きに要約してみる。

(アメリカ)
(1)行政当局の救援活動は立ち遅れている。被災者は一日一回の食事で欠乏している。神戸市は緊急食糧の備蓄がなかったことがわかった。救急医療のための医薬品の不足が現場で目立っている。
(2)水、食料、毛布など遅れて不自由しても商店の襲撃や略奪などおこさないで、スーパーの開店を行列して待っている光景は落ち着きと行儀のよさできわだっている。
(3)日本人は「GAMAN」という社会的な気質と美徳をもっていて、政府、行政への非難をあまりしようとしない。

(フランス)
(1)大戦中のドイツ・ドレスデンのような廃墟のなかで、ランドセル姿の小学生がにこにこ話し合いながら学校に通っていたり、マスクをしたサラリーマンがいつも通りに会社に出勤する姿をみると驚きを感じる。消防士も、タクシーの運転手も落ち着いて仕事をつづけている。これは東洋風のあきらめのあらわれなのか。それとも家屋、ビルディング、人の群れの過密な都会で危険をすり抜け、かわしながらロシア・ルーレットさながらに生活してきた慣れとあきらめとが一体になった姿なのか。

(イタリア)
(1)おおきな災害にあっているのに、概して落ちつき淡々として悲しみの表情は人々にそれほどあらわれていない。この落ちつきは不思議だ。
(2)日本のマフィアともいうべき人たち(山口組)が被災者の救援に活動している姿も不思議な感じだ。
(3)日本の地震学者はサンフランシスコ地震の高速道路の崩壊を視察した折に、日本の高速道路は耐震構造が確かだから、こんな災害はありえないと自慢していたが、見事にその見解は裏切られている。

(韓国)
(1)阪神大震災の破壊と復旧の課題が韓国経済に及ぼす影響に注意し、警戒し、分析されなくてはならない。
(2)被災者たちは沈着、冷静に行動していて、大惨事なのに秩序が保たれていることに感銘をうける。

 海外の反響の要旨の紹介記事はざっとこんなところに帰着する。政府、行政のせいでもなく、敵対し、いがみ合っている勢力や党派のせいでもなく、天から降ってきたような災害の場面になると(例外もあるにちがいないが)、相互扶助の美徳(!?)に転じてしまう気質も、政府、行政などは遠くの存在だという認識も、破壊や復旧にたいする最小限の自恃も、そして経済生活における自信とゆとりの意識も、日本の民衆の特質なのかもしれない気がする。

 これから後、復旧の過程で阪神地方の自治体も個人個人も切実な困難に直面することになるだろうが、ひとまず今の段階で、こんな日本人の民衆のもっている不思議な魅力に敬意をあらわしている海外の反響は、そのまま受けとっていいような気がする。東京に住んでいてこんどの阪神大震災を新聞やテレビを介してみているわたし自身の実感もこれに近い。もちろんその奥のほうに向う岸の火事をみながら、なあにあの人たちは速やかにじぶんたちだけでも復活するさと高をくくつている気持も、たしかに自分のなかにあることは認めなくてはならない。わたしは敗戦直後の体験がすぐに二重うつしになって、無言の声援を送っているのを感じる。

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