2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
(すっかり忘れていましたが、今回から5回連続で沖縄問題を取り上げていました。今年(2016年)の1月6日から5月28日まで「沖縄に学ぶ」というタイトルで、沖縄問題を詳しく取り上げていて、それと重複する事項もありますが、10年前の記事もそのまま再録しておくことにしました。)

今日の話題

2006年12月4日(月)
沖縄が経済的に自立することは可能か。

 11月2日に沖縄県知事選挙を取り上げましたが、沖縄の問題に戻ります。

 沖縄が返還される2年ほど前(1970年ごろ)に、吉本隆明さんは次のように喝破していた。

 琉球・沖縄が保存している弥生式文化成立以前の古層を掘り起こすことによって、『弥生式文化=稲作農耕社会=その支配者としての天皇(制)勢カ=その支配する<国家>としての統一部族国家、といった本土の天皇制国家の優位性を誇示す るのに役立ってきた連鎖的な等式を、寸断すること』、つまり琉球・沖縄の存在の重みによって『弥生式文化の成立期から古墳時代にかけて、統一的な部族国家を成立させた大和王権を中心とした本土の歴史を、相対化すること』によって、琉球・沖縄が思想的に自立することの重要性を述べた上で、吉本さんは次のように述べている。 (『情況』所収「異族の論理」より)

 政治的にみれば、島全体のアメリカの軍事基地化、東南アジアや中国大陸をうかがうアメリカの戦略拠点化、それにともなう住民の不断の脅威と生活の畸型化という切実な課題にくらべれば、そんなことは迂遠な問題にしかすぎないとみなされるかもしれない。しかし思想的には、この問題の提起とねばり強い探究なしには、本土に復帰しようと、米軍を追い出そうと、琉球・沖縄はたんなる本土の場末、辺境の貧しいひとつの行政区として無視されつづけるほかはないのである。

 そして、わたしには、本土中心の国家の歴史を覆滅するだけの起爆力と伝統を抱えこんでいながら、それをみずから発掘しようともしないで、たんに辺境の一つの県として本土に復帰しようなどとかんがえるのは、このうえもない愚行としかおもえない。琉球・沖縄は現状のままでも地獄、本土復帰しても、米軍基地をとりはらっても、地獄にきまっている。ただ、本土の弥生式以後の国家の歴史的な根拠を、みずからの存在理由によって根底から覆えしえたとき、はじめていくばくかの曙光が琉球・沖縄をおとずれるにすぎない。


 もちろんその後、「沖縄の存在理由」の掘り起こしという思想的営為は、吉本さんによっても、沖縄の人たち自身によっても続けられてきている。一例をあげれば、1988年12月に那覇で吉本さんを迎えて『琉球弧の喚起力と「南島論」の可能性』というシンポジュームが開かれている。

 しかし、沖縄は日本に復帰し、三十数年が経過した。現在の時点での政治的経済的な問題の解決がやはり切実である。沖縄の人たちが政治的経済的な曙光を強く求めていることを私は疑わない。

 沖縄が基地に依存しないで経済的に自立する可能性はあるのか、ないのか。(明日に続く。)

 なお、私が古田さんによる古代史の一連の解明を『天皇制の基盤を撃つ』ものとして取り上げたのも、「古田古代史」が『弥生式文化の成立期から古墳時代にかけて、統一的な部族国家を成立させた大和王権を中心とした本土の歴史を、相対化する』起爆力を持つと考えたからにほかならない。
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