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今日の話題

2006年10月24日(火)
第五福竜丸事件

 10月10日の「今日の話題」(『言葉の詐術』)で紹介した詩人のアーサー・ビナードさんが「第五福竜丸事件」を題材にした絵本を出しことを「赤旗日曜版10月22日号」で知りました。児玉由紀恵記者のインタビュー記事です。

 「第五福竜丸事件」。そのころ私は高校生だった。どちらかというとおくての私は社会的な事件への関心が薄く、この事件がとてつもない大事件だという認識をもつこともなく、その事件はすっかり記憶の底に埋もれてしまっていた。

 思えばアメリカのならず者ぶりは今に始まったことではない。太平洋のど真ん中で広島に落とされた原爆の千倍の威力という水爆の実験を我が物顔にやっていたのだった。

 私(たち)は次々と起こる国家が起こす不祥事や暴虐な事件に呆れ怒り抗議したりするが、また次々と忘れていく。人間の健忘症が支配階級の支配の永続を許している。

 「第五福竜丸事件」を改めて復習します。資料は事件史探求(現在はブログを閉じているようです。2016年10月13日、追記)からいただきました。

1954年3月1日
 静岡県焼津漁港の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁近く出漁していた。午前3時50分、水平線から一斉に光があふれ昇ってきた光が第五福竜丸を包み込んだ。漁労長の見崎吉男は無線長の久保山愛吉に「アメリカの船や飛行機が哨戒しているはずだ。厳重に見張ってくれ」と指示し甲板員に「エンジンを掛けろ、縄をつかめ」と指示した。

 閃光から7~8分後、轟音とともにキノコ雲が上空を襲い付近は一変した。午前7時頃、白い灰が雨といっしょに降り始めた。灰は甲板に足跡が残るぐらい降った。二日目には目や口元がヒリヒリし手のひらが痛み出した。一週間すると仲間の髪を掴むと掴む分だけ髪が抜けた。

 3月14日、乗組員23人を乗せた第五福竜丸は静岡県焼津に帰港した。ガイガー・カウンターで計測したところ全員のからだが激しく反応し「急性放射能症」と診断された。結局23人の内8人が亡くなり、生き残った乗組員も後遺症に悩まされることになった。

 以下はビナードさんへのインタビュー記事からのビナードさんの言葉の抜粋です。

 五福竜丸のことを英語で〝ラッキー・ドラゴン″と言いますが、皮肉な因縁めいた名前だと言う人がいます。でもぼくはそう感じない。被災したのは不幸なことでしたが、23人の乗組員はその後、力強く自らの運をつかんで離さなかった。常に海に立ち向かって過酷な労働をしていた彼らが、世界一の軍事大国とわたりあって、生き残ったのです。

 乗組員の平均年齢は25歳。無線長の久保山愛吉さんが最年長で39歳でした。マーシャル諸島の海域でいつか漁船が不審な消え方をしたという話を聞いていた久保山さんは、自分たちがアメリカの軍事機密に遭遇したことをすぐ察知した。無線で助けを求めたり、日本に知らせたりしなかった。発信が傍受されたら撃沈されかねないから。

 ビキニで「死の灰」を浴びて吐き気に悩まされ髪は抜け、顔は黒ずんで吹き出物ができた。それでも2週間も耐えて静岡の焼津に帰りついた。それは奇跡です。乗組員は、被害者であることをのり越えて、水爆の生き証人となりました。

 事件の持つ意味の大きさ、それに見合ったベン・シャーンの絵の雄大なスケール、その両方が、ぼくに今こそ絵本を作らなければ、と思わせたんです。漁労長だった見崎吉男さんに聞いた話を思い出すと、23人の乗組員と一緒になっているように思える時がある。そこで気がつく。この物語が葬り去られたら取り返しのつかないことになると。忘れられるのをじっと待っている人たちがいますから。

 本当は、人間という生き物は、そんなに忘れっぽくないはずですけど。ただ、毎日テレビのまがいものニュース、ホワイトハウス本営発表の洪水に流されて、忘れてはいけないことまで忘れているんです。一人ひとり脳みそと心を鍛えて日々抵抗しなければ、大事なことをどんどん取り上げられてしまいます。

 ここで再び核兵器が使われる戦争を許したら、おしまいです。ぼくの母国が、朝鮮戦争でもベトナム戦争でも核兵器を使用できなかったのは、許さないという世界の市民の良識が力を発揮したからです。

 日本語に魅せられて来日したのは、90年の6月。まもなく湾岸戦争パート1が始まりました。そのときの日本の動きの中心に日本国憲法があって、議論の土台になった。そしてアメリカのマッチポンプの茶番に、日本の兵士が引きずり込まれなかったのは、憲法のおかげです。そんな防火壁になる、骨のあるすばらしい憲法があるんだ、と驚きました。

 憲法を守ろう、とよく言うけれど、それってちょっと生意気なんじゃないかという気がします。日本に住むぼくらみんな、どれだけ憲法に守られているか、どれだけその恩恵を受けているか、計り知れない。憲法の歯止めがなければ、日本国民もアメリカ国民並みに「国防費」を吸い取られ、社会を乗っ取られかねない。現行の憲法を変える必要はなく、もっと積極的に生かすべきです。

 安倍政権がどんなに憲法法に冷水を注いでも、憲法そのものはビクともしない。危ないのは憲法ではなくて人間です。憲法の危機ではなく、ぼくら日本の生活者の危機なんです。わが身にひきつけて考えることが大切で、そこから行動する勇気と活力がわいてくる。行動さえすれば世の中は変わるはずです。

《追記 2016年10月13日》
 この引用文中の安倍政権とは勿論第一次安倍政権だ。現在のアベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権は強引に「戦争法」という解釈改憲を行ない、「国防費」を大幅に増やし、アメリカから不当に高い戦争道具を買いまくっている。このようなアベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権の支持率が50%というのだから、その愚民たちにまたまた深く嘆息せざるを得ない。
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