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《米国の属国・日本》(23)

ポスト55年体制への道程(2)


 白井さんは 『本当の意味での「戦後レジームからの脱却」とは』=『政治的な実践の中で、この国の「永続敗戦としての戦後」を終わらせること』と言う。そして、そのためには「政治革命」「社会革命」「精神革命」という三つの革命(ここで革命とは自己変革という意とのこと)こそが唯一の穏当な手段であり、しかも『この三つは密接に関係しながら、すでに進行しつつあります』と言う。この三つの革命に対する白井さんの論考をたどってみよう。

《政治革命》
 まず、政治革命とは、本書全般を通じて論じてきたように、「永続敗戦レジーム」を失効させ、ポスト55年体制と呼ぶに値する政治状況をつくり出すことです。それはもちろん、形式的な政権交代や政党がくっ付いたり離れたりの政界再編とは次元が違います。ポスト冷戦期において、このような低次元の政治ショーを見せられ続けた国民は、心底嫌気がさしています。

 しかし、政治家たちのそのような体たらくを許しているのも、結局のところやはり国民自身なのです。「票を入れたい候補が誰もいないので投票に行かない」とか「忙しくて政治のことなんか考える時間がない」といった「常識」は、現代日本人の生活実感に根ざしたものではありますが、愚かで幼稚なものでしかありません。そのようにして状況を放置するならば、本書で述べてきた「悪いシナリオ」を回避することはできなくなるでしょう。

 この政治革命に関しては、本当に時間がかかりましたが、いま糸口が見えてきました。すなわち、2016年の参院選を視野に入れた野党の共闘についての合意形成です。彼らは、「立憲主義の擁護」のほぼ一点で、共闘のために重い腰を上げました。この動きが、永続敗戦レジームと正面から闘う勢力の形成へとつながっていけば最良ですが、その実現の可否は、次に論じる社会革命と国民の精神革命の帰趨に懸かっているでしょう。

 ここで指摘しておくべき重要な点は、このような共闘の契機が、「立憲主義の危機」によって与えられたことです。今日、断末魔の悪あがきを続けている永続敗戦レジームは、その起源を遡ると、短期の起源は第二次世界大戦の敗戦処理に見出されますが、さらに遡るならば、戦前のレジームそのものに見出すことができます。なぜなら、多くの論者が指摘してきたように、戦後レジームは、敗戦を契機とした民主主義改革によって始まったという建前を持ちながら、戦前のレジームを曖昧な形で引き継いだものだからです。ゆえに、私は永続敗戦レジームを「戦後の国体」と呼んでいるわけです。

 戦前レジームにおける根本問題は、私の考えでは、「国民と国家」の関係にありました。すなわち、国民があって国家があるのか、国家があって国民がいるのか。国民と国家のどちらが優越するのか、曖昧であったわけです。この問題は、明治時代には「民権と国権」という語彙で論じられました。明治以降の日本は近代国家を名乗る以上、民権の原理を全否定するわけにもいきませんでしたが、国家主導による急速な近代化の実現を至上命題としたために、結局のところ国権が実質的に優越する体制が固まっていきます。

 戦後、丸山眞男をはじめとする多くの論者が、昭和ファシズム期を明治以来の近代化路線からの異端的な逸脱とみなさずに、明治レジームの確立成長期においてすでに超国家主義に至る芽があったのではないか、という仮説を建てた根拠は、右のような歴史経緯にあります。そして、そのレジームは敗戦を乗り越えて継続してきました。

 丸山らの仮説の正しさは今日あらためて証明された、と私は思います。立憲主義は、国家が暴走して国民をないがしろにすることに対して構造的に歯止めを掛ける仕組みにほかなりませんが、現在の政権で閣僚に準ずるような立場にいる政治家が「立憲主義なんて聞いたことがない」と言ってはばからないという状況は、永続敗戦レジームに戦前レジームのDNAがいかに深く埋め込まれているのかを物語るものです。

 こうした状況は、自民党を中心とする永続敗戦レジームの中核部が、戦後の全歴史を通じて、民主主義を表面上は奉じながら、「国民があって国家がある」のではなく「国家があって国民がある」という原理を根底において堅持してきたことの証左なのです。耐用年数を過ぎてしまった永続敗戦レジームが無理矢理に自己を無限延命しようとする中で、その地金がいま露呈しているわけです。

 したがって、来たるべきポスト55年体制の政治は、明治時代から現在まで綿々と続いてきた、「国家は国民に優越する」という原理を、その原理を奉じる政治家・政治勢力もろともに、一掃するものでなければなりません。このことから、第二の革命=社会革命の具体的課題も見えてきます。

《社会革命》
 社会革命とは、近代的原理の徹底化を図るということです。近代的原理とは、基本的人権の尊重、国民主権の原理、男女の平等、といったいくつかの基本的な原理であり、それらは戦後憲法にはっきりと書き込まれました。

 いま、「永続敗戦レジーム」の主役たちは、戦後憲法を是非とも変えねばならないという妄念にとり憑かれていますが、彼らが敵視しているのは九条だけではありません。自民党が提起した新憲法草案には、右の近代的原理に基づく国民の権利をできるだけ制約したいという欲望がにじみ出ています。つまり、彼らは戦後の民主化改革の成果を全部ゼロに戻そうという欲望を露にしているのであり、これは言うなれば逆向きの社会革命です。

 こうしたことが起こるのも、永続敗戦レジームの崩壊の危機のためであると私は思います。それは、戦前戦中から連続してきた永続敗戦レジームの深層の原理を純化させることによって、その危機を乗り越えようという試みであると言えるでしょう。したがって、私たちが求めるべき社会革命は、こうした流れを押し返し、反対に近代的原理を徹底化させることによって導き出されます


 また、この原理に照らせば、諸々の具体的かつ喫緊の政治経済・社会問題に対する処方箋も自ずと見えてきます。

 例えば、福島第一原発事故が原因と疑われる子どもの甲状腺がんの発症にどう対処するのか。現在、政府はこの問題に対して不誠実極まる対応を行なっており、それは人権侵害にほかなりません。事故直後の対応の不適切性・不作為を含め、しかるべき責任追及を行ない、人権侵害の状態を解消すること ―これが当たり前の対応です。

 あるいは、沖縄の米軍基地問題についても、近代的原理を参照することで問題解決への基本的なコースが見えてきます。現在の沖縄への基地集中は明らかに不平等であり、差別的です。すべての国民は平等に扱われ、出自や地域性によって差別されないという近代国家の原理に反した状態にあります。今後も大規模な米軍基地が日本にとってどうしても必要だというのならば(私はそのような見解に同意しませんが)、公平な負担が議論され、実行に移されなければなりません。それができないのであれば、沖縄が日本国を見限って独立を志向するようになることは、まったくの必然であると言わざるをえません。

 したがって、沖縄を失わずに、かつ本土に米軍基地を大規模移転させるのも嫌だというのならば、私たちは米軍基地の大幅な縮小、最終的な撤収を目標とせざるをえません。そして、それをやるためには、第三章で見たように、「アメリカの傘の下の日本」という前提を取り払った国際関係を模索しなければなりません。

 現代日本の政治課題、経済の課題、社会問題を数え上げればキリがありませんが、それらに取り組む原理は、本書で述べてきたことから明らかであると思います。上述の近代的原理の徹底に加えて、「再包摂」が強調されなければなりません。新自由主義政策による社会破壊作用がファシズムの危機をもたらしているのだとすれば、この危機を食い止めるためには、「排除」へと転じた統治の原理を再び「包摂」へと向け変えなければなりません。包摂の原理に基づく具体的で現実的な政策は、各領域のそれぞれの専門家が数多く提言しています。問題は、それらの知恵を実際に役立てる意志があるかどうかなのです。その意志を立ち上げることが、社会革命を現実のものとする始発点にほかなりません。

《精神革命》
 三つ目の革命は、人々の精神領域における革命です。政治革命にせよ、社会革命にせよ、それらが本当に実効性のあるものとして行なわれるのか否かは、しかるべき立場にいる人々にそれらを実行させるだけの十分な圧力がかかるのか、という点に懸かっています。私かいま述べた政治革命や社会革命の内容に特に新しいことはありません。また、多くの政治家や有力者は、しばしば似たような内容の事柄を実行すると言ってきました。では、それらがなぜ行なわれないのでしょうか。

 要するにそれは、意志の問題です。本当にやる気があるのかどうか、また権力者にやる意志があっても、それが周囲から支えられる確信が持てるのかどうか。権力者にしかるべきことを実行するよう迫る、あるいは実行する勇気を与えるのは、広範な「社会からの要求と支持」です。

 この点については、3・11以降、日本社会はかなりの程度変化しました。1980~2000年代の間、縮小しきっていた社会運動・市民運動が爆発的な広がりを見せつつあります。これはある意味で当然のことではありました。あの原発事故によって、この国の地金、そのスカスカになっていた内実が露呈し、もう少し運が悪ければ国家・民族として終了するという瀬戸際まで追い込まれたからです。しかも、そのような事態をもたらした経緯の追跡も、責任の追及もまったく不十分な形でしか行なわれない、ひとことで言えば、「大事故などまったく起きなかったのだ」という究極の否認の態度で、この国の支配階層は事態をやり過ごそうとしていることが露になりました。

 ですから、私は3・11以降(あるいはその前から)立ち上がった人々に対して強い連帯感を抱いていると同時に、その数があまりに少ないことに苛立ちを感じています。

 ともあれ、まずは最初に立ち上がった人たちから始め、その数を増やしていくしかありません。脱原発運動に始まり、排外主義に抗する運動、新安保法制に対する反対運動に至るまで、止むに止まれぬ思いに駆られて街頭に出てくる人々は増え続けています。

 この動きに対しては、一部の人々からお定まりの冷笑が浴びせられていますが、この現象こそ、日本の国民精神に深く浸透した奴隷根性を証明するものにほかなりません。立ち上がったわれわれの主張がそうやすやすと通るものではないことなど、参加者の誰もが知っています。原発推進にせよ、新安保法制にせよ、この国の権力中枢が全力を挙げて取り組んでいるイシューなのですから、数万の人が街頭に出てきて騒いだからといって、簡単にブレるものでないことなどわかりきったことです。どうせ勝てるわけがないのだから最初から主張などしない方がよいという判断は、合理的かもしれませんが、それは「奴隷の合理性」にすぎません。

 デモンストレーションをはじめとする大衆の行動が政治を直接に変えることは稀です。しかしそれは、社会を変えるための重要な震源地になるのです。近年の例を挙げれば、2011年の秋にアメリカで起ったオキユパイ・ウォールストリート運動がそうでした。参加者たちは、「99%と1%」というスローガンを掲げ、新自由主義を、カジノ化した金融資本主義を、激しい格差社会を批判しました。それによって、何か変わったのか。もちろん何も変わりません。ウォールストリートの住人は、抗議運動に直面したら行動様式をガラッと変えるような人々ではない。では、何の成果もなかったのかといえば、まったくそんなことはありません。

 オキュパイ運動に参加した人々は、いまバーニー・サンダース氏の大統領選挙キャンペーンの主力となって活動しています。社会主義者を名乗り、政治革命の実行を宣言するサンダース氏が、特に若年層からの支持を集め、有力な大統領候補となっていることには驚きましたが、この躍進を支えているのがオキュパイ運動の経験者たちなのです。

 社会運動の一時の盛り上がりは、それが形を変えて持続するための努力が払われるならば、人をつくり、人々のつながりをつくり、さらに大きく有効な運動、そして変革へとつながっていきます。同じことが、今日の日本の運動についても言えるはずです。すでに、2011年以来、私も含め多くの人たちが、運動を通して貴重な経験を積んできたと思いますし、その成果はすでに現れ始めているのです。先に触れた野党共闘なども、これまでの運動からの圧力がなければ、決して実現していなかったでしょう。

 さらに言えば、いま人々は「起ち上がる作法」のようなものを身に着けつつあるのだと思います。ちょうどこの原稿を書いている最中の2016年2月、「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログが話題を呼んだことをきっかけに、子育てと仕事の両立に苦しむ多くの母親たちが声を挙げ、それが国会審議をも揺るがしています。「日本死ね」という表現が乱暴だというような批判が理解していないのは、この表現にどれほどの強い憤りが込められているのか、ということです。保育園の不足、待機児童の問題は、すでに長らく認識されながら、放置されてきました。してみれば、これほどの強い表現をしなければ政治家たちが問題に向き合おうとしないことこそ、真の問題にほかなりません。

 多くの人々がこのブログに共感を寄せ、抗議行動を起こすまでの事態が生じたことは、国民の行動様式の変化を示唆しています。いまようやく、当然の憤りを私たちは表現してもよいのだ、という感覚を獲得しつつあるのです。

 誰がそれを禁じてきたのか? 実は誰も禁じてなどいません。禁じてきたものがあるのだとすれば、それは自己規制であり、自分自身の奴隷根性以外にはないはずです。自らが自らを隷従させている状態から解き放たれたとき、「永続敗戦レジーム」がもたらしている巨大な不条理に対する巨大な怒りが、爆発的に渦巻くことになるでしょう。


 この来るべき嵐だけが、革命を革命たらしめる根源的な力として、私たちが信じることのできるものなのです。

 POST55年体制の道程の端緒となるのは「精神革命」だ。それが「社会革命」を拡大し、「政治革命」へとつながる。しかしその端緒となるべき「精神革命」はとてつもない難事業だろう。「自らが自らを隷従させている状態から解き放たれ」るべき人々(=庶民2)に自己変革は期待できないのではないか、と暗澹たる思いが沸いてくる。例えば今日(9月23日)の「田中龍作ジャーナル」の記事『TPP国会、目前アンケート 「ISD条項?分からない」』には愕然とした。

 一方、今日の東京新聞朝刊一面に「大きく有効な運動へとつながる」希望の光を届けてくれる記事があった。昨日開かれた代々木公園での脱原発集会の記事だ。秋雨前線による豪雨が降りしきる中、ずぶ濡れになりながら、全国各地から約9500人が集結したという。

(以上でシリーズ《米国の属国・日本》を終わります。)
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