2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《米国の属国・日本》(22)

ポスト55年体制への道程(1)


 これから読んでいく最終章には重要はキーワードが二つある。「55年体制」と「永続敗戦レジーム」である。  「55年体制」についてはいろいろな記事で言及しているが、調べてみたら、最も詳しくまとめている記事は『日本の支配者は誰か(8)』だった。必要に応じて参照して下さい。

 また、「永続敗戦レジーム」については『対米従属、その内実の変遷(2)』で詳しく解説している。これも必要に応じて参照して下さい。

 さて、2009年の総選挙で民主党が政権交代を実現したが、とても惨めな終わりを遂げていった。私はいわゆる無党派層の一人だが、この選挙では、松下政経塾出身の党員の存在に危惧を感じていたけど、私も一票を投じていた。最後の民主党首相を「ダメナ野田」と呼んで批判してきた。

 白井さんはこの政権交代の失敗について、次のように分析している。

 政権交代の失敗劇によって明らかになったのは、ポスト冷戦期の日本において、政権交代可能な二大政党なるものは機能しない、という事実でした。この仕組み自体が、「永続敗戦レジーム」なのです。その内部では、自民党がもともと有しているアメリカの傀儡的性格が強まる一方、民主党内部にも右派として同様の勢力がいます。例えば、新安保法制をめぐる国会審議の際、同党の長島昭久衆議院議員が質問をしていましたが、彼が政権に対して言っていたことは「集団的自衛権の行使は否定しない」「もっと時間をかけてくれ」ということでした。要するに、本質的には新安保法制に何ら反対などしていないのです。

 こうした実情があるので、私はある機会に、民主党と維新の党の合流、新党結成に際して、どんな党名がよいかと問われて、こう答えました。「第二自由民主党、あるいは傀儡二軍党でいかがでしょうか?」と。厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、新党は、永続敗戦レジームの補完勢力を追い出し、永続敗戦レジームと対決するという理念・姿勢を確固たるものとしないのであれば、客観的事実としてそのような党でしかないからです。現状では、アメリカから見れば、自民党は傀儡Aであり、民主党は傀儡B、どっちに政権が転がり込んでも安心というわけです。私たちが拒否すべきは、自民党でも民主党でもなく、この構造そのものなのです。

 長島昭久は松下政経塾出身者の一人である。この右派政治家については私も批判文を書いている。『今日の話題「長島昭久と言う政治家の正体」』を参照して下さい。

 白井さんの論評は次のように続いている。

 ちなみに、実は、アメリカは55年体制においても、同じような状況をつくりました。アメリカとソ連の代理戦争という形で55年体制の政治はあったわけですが、親ソ的になった社会党が政権を取ってしまうとアメリカは困る。そこで、社会党内部でソ連に距離を置いている人々を引き剥がして、民社党という別の政党をつくらせたわけです。

 述べてきたように、ポスト55年体制を形成できないまま、日本政治の世界では、新自由主義化と政権の傀儡化か進んできました。永続敗戦レジームは、新自由主義と結合して多国籍資本の走狗となることによって生き残ろうとしているわけです。だから、永続敗戦レジームの対抗軸になる勢力は当然、新自由主義を打倒しようとする勢力として結集しなければならない。これがいま、形成されるべき政治的対立の構図です。

  とはいえ、対米従属が「自己目的化」した現在、「永続敗戦レジーム」は、アメリカの支持のもと、政官財学メディアの中心部に浸透した権力構造となっている。大方の人には、これに対抗したり突き崩そうとする試みはあまりに困難である、と思えるのではないだろうか。実際にそのような道程は可能なのだろうか。これに対して白井さんは「その時に大きなヒント、示唆を与えてくれるのが沖縄です」と述べている。私は《沖縄に学ぶ》を63回にわたって連載してきたばかりである。なるほど、《沖縄に学ぶ》ことがあるという示唆に同感する。白井さんの論評を追っていこう。

 なぜ沖縄かというと、そこで起きたこと、いま起きていることは、言ってみれば、正しい形で政治対立の構図が表れたものだからです。それは、従来の保革の対立でもなければ、構想されてきた保守二大政党の対決とも違うものです。

 保守二大政党制では、保守党VS革新党に代わって、保守党AVS保守党Bという構図ができればいい、と言われてきたわけですが、最後は「自民党野田派」とまで呼ばれた民主党政権の惨状を見ればわかるように、これでは結局のところ、アメリカ傀儡A党とアメリ力傀儡B党の闘いにしかならないのです。ならばどっちを選んでも同じだということが、この25年間で明らかになったことです。

 沖縄で現れた構図はまったく違うものでした。辺野古新基地建設問題への対応をめぐって、前沖縄県知事の仲井眞弘多氏の時代ですでに、知事が一時は辺野古には断固基地をつくらせないと表明せざるを得ないところまで、沖縄の反基地の民意が高まったわけです。しかし結局のところ、仲井眞氏は屈服させられました。しかもその後の彼は、県知事選に再出馬することによって、いわば「永続敗戦レジームの代理人」に堕ちてしまったわけです。

 それに対して、もともとは仲井眞氏を支える立場にいた翁長雄志氏が、保革を横断する「オール沖縄」を掲げて叛旗を翻しました。東京の政府が(そして本土の日本人が)、沖縄に対して突きつけた選択肢は次のようなものです。すなわち、耐用年数200年と言われる巨大な新基地を自然環境破壊を犯してつくらせるか、それとも「世界一危険」と言われる普天間基地をいまのまま放置するか、どっちかを選べということです。この「究極の選択」に対して、翁長陣営に集った勢力は、「どっちも選ばない」という、二者択一の選択そのものを拒否する態度を鮮明にしました。これは、私の理論図式に当てはめるならば、永続敗戦レジームそのものを拒否した、ということです。

 これによって本質的な政治対立の構図が現れました。2014年の県知事選は、「永続敗戦レジームの代理人」(仲井眞氏)対「永続敗戦レジームを拒否する勢力」(翁長氏)という形で、闘いの焦点が定まったのです。このとき、私は、極めて正しい対立の構図が現れたと感じました。それは、いまや日本全土で現れるべき対立の構図にほかならないのです。

 しかし、「「永続敗戦レジームを拒否する」という問題意識は本土の圧倒的多数には無い。「アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト」政権の支持率の高さがそれを表徴している。白井さんもいらだちを隠さない。

 悠長に構えている余裕など、どこにもないのです。なぜなら、永続敗戦レジームの耐用年数は過ぎてしまったにもかかわらず、これを無限に生き延びさせようとするために、無茶なことや腐敗が多方面で生じてきているからです。

 TPPも、永続敗戦レジームを維持するためのものです。冷戦構造の崩壊後、アメリカにとって日本は、無条件に庇護するべきアジアのナンバーワン・パートナーではなくなった。TPP交渉から見て取れるのは、アメリカ自身が衰退する中で、日本を収奪すべき対象へと新たに位置づけているということです。

 日本の永続敗戦レジームの担い手たちは、自らを守ってきた権力構造を維持するためならば、あらゆる富を売り払うということにまったく躊躇しません。TPPについては、現在では農産物の市場開放のことばかりが言われていて、その問題もきわめて重要ではありますが、これから来るのは健康保険の問題です。日本の国民皆保険制度が民間企業に開放されるならば、そこには100兆円規模の市場が出現すると算出されています。多国籍資本は、虎視眈々とそれを狙っていますが、それが実現されれば、世界的に高く評価されてきた日本の医療制度(それは一種の富なのです)は「命の沙汰はカネ次第」というアメリカ型へと変貌します。

 安倍首相は、「TPPに加盟しても国民皆保険制度は絶対に守る」と言っていますが、これを額面通りに信じるのはよっぽどのお人好しです。皆保険制度を形骸化させ、ほとんど無意味なものにしてしまっても、「守った」と強弁するでしょう。そのためには、混合診療制度の導入や薬価の改定などを進めることによって、民間保険会社の参入する領域を増やしていき、皆保険制度を存続させたままそれだけでは十分な医療が受けられない状態にしてしまえばよいのです。このままの政治が続けば、確実にこの方向へと進んでいくことになるでしょう。これほどまでに堕落は進んできたのであり、それは国民生活を直接的に破壊することになります。「戦後の国体」としての永続敗戦レジームは、国民をすり潰しながら自己保存を図るのです。あの戦争のときと同じように。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/2118-facc6b9a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック