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《米国の属国・日本》(9)

軍事面での対米従属(2):旧安保から新安保へ


 安保条約については「昭和の抵抗権行使運動」の中で「60年「改定安保」の問題点」と題して取り上げた。その中から主要な部分を再掲載しよう(一部書き換えがあります)。

 まず旧安保のおさらい。

 安保は、サンフランシスコでの講和会議の最終日(1951年9月8日)、対日平和条約(「日本国との平和条約」、通称「サンフランシスコ平和条約」)と抱き合わせで締結された。講和条約は、ソ連・中国・インドなどの反対を無視して、それらの国を除く旧連合国48ヶ国と日本との間で調印された。草案はアメリカ・イギリスだけで作成し、会議も討議も一切認めない議事規則で強行されている。

 この安保条約の最大の特徴は、日本の個別的・集団的自衛権を承認し、日本の再軍備とアメリカ軍隊の駐留継続を許容した点にある。さらに、沖縄・小笠原諸島におけるアメリカの施政権継続も盛り込まれており、アメリカの極東戦略が色濃く反映された条約だった。

 敗戦後の連合軍による占領施政は終了したが、アメリカ軍隊の駐留継続により、実質的にはアメリカによる占領が続いてきたといえる。そして、今日に至るまで、日本政府はアメリカの属国のような従米政策を続けてきている。

 この屈辱的な条約に署名したのは吉田首相だった。吉田はこの条約の署名を渋っていたが、その署名を押しつけたのは、なんと、これも天皇ヒロヒトなのだった。

 この講和条約締結時の首相は吉田茂である。吉田茂の長男・吉田健一(英文学者)によると、吉田茂は講和条約締結の一週間ほど前からひどく不機嫌になったという。これを枕に、天木さんのブログ(9月13日)が、講和条約と吉田についてのおもしろい?(「重大な」と言うべきか)エピソードを取り上げている。天木さんは、豊下楢彦著「安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交」(岩波新書)を用いながら、およそ次のように述べている。

 講和条約は日本にとって極めて寛大な条約であり、この条約を吉田茂は高く評価していた。しかし吉田は首席全権代表を強く拒んだ。つまり「ひどく不機嫌」だったのだ。なぜか。

 吉田は講和条約に署名したくなかったのではない。その直後に控えていた日米安保条約に署名する事が嫌だったのだ。吉田は、少しでも対等な条約をと、粘り強い交渉を重ねていた。これに対して、天皇の戦争責任をせまるソ連の影響を恐れた昭和天皇が、安保条約の早期締結を命じ、出席を渋る吉田に、はやく出席し、署名するように、と迫ったという。

 やむなく吉田茂は、日本国民や国会はもとより、全権代表団にさえ安保条約の実態を知らせることなく、責任をみずから一人に負わせる形で、サンフランシスコ郊外の米軍兵舎に一人赴いて署名した。つまり、今日もなお日本の桎梏となっている日米安全保障体制は、昭和天皇と米国の利害が一致して作られたのだ。

 さて、この51年に締結された日米安保の改定に向けての布石は55年の重光外相の渡米(重光・ダレス会談)から始まる。そして、アメリカの意向と資金を背負ってのし上がってきた岸が登場し、安保改定は急ピッチで進行していく。

57年1月 石橋湛山首相病気のため岸外相を臨時代理に指名
57年2月 石橋内閣総辞職、岸内閣成立
57年3月 自民党大会、岸信介を総裁に選出
57年6月 岸渡米、日米新時代宣言
58年9月 改定交渉開始

 以後20回に及ぶ日米交渉によって、安保改定という従米支配層の悲願がいよいよ成就目前となっていった。1959年、安保改定をめぐる階級闘争(安保闘争)が開始される。

(ついでながら、岸信介が「CIAのエージェント」であった事を『昭和の抵抗権行使運動(3):60年安保闘争時の政治裏面』で取り上げている。)

 それでは、新安保とは何か。それが日本にもたらした問題は何だったのだろうか。その問題の核心を捉えている論考として、私は「60年「改定安保」の問題点(1)」で天木直人さんのブログ記事「ビル・トッテンという日本人」(2007年5月3日の記事)を転載している。天木さんは日本国籍のビル・トッテンという人の著書『日本は略奪国家アメリカを棄てよ」(ビジネス社)』を用いているが、その記事から主要部分を再転載しよう。

 その中で私が最も注目したのは、日米安保条約こそ不平等条約であるという事実を喝破したくだりである。周知のように日米安保条約はサンフランシスコ講和条約を締結した1951年に、米国に恫喝されて吉田茂が単独で秘密裏に締結した条約である。そしてそれが10年経って期限が来る前に、米国に命令されて岸元首相が恒久条約化させられて今日に至っている。あの安保騒動の時である。 (管理人注:この有効期限についての記述には誤りがある。旧安保が恒久条約であり、10年毎の見直し条項は新安保のものである。)

 安保改定の最大の改善点は岸元首相が頑張って、それまでの片務協定から、「米国が日本を守る」という事を義務付けた点であるということになっている。

 ところがビル・トッテン氏は、改定後の安保条約こそ不平等条約であるというのだ。つまり改定された安保条約をよく読むと、「共通の危険に対処するよう行動する」と書かれているだけで、どこにも「日本を守る」とは書かれていない事をあらためて日本人に教えてくれている。いったいどれほどの日本人がわずかA4二枚ほどの安保条約に目を通したというのか。

 この文言については今でも関係者の議論が分かれているのである。アメリカが共通の危険を感じる相手から攻められない限り、日本を守ろうとしないという解釈ができる。つまり中国や北朝鮮が日本を攻めてきても、その時点で中国や北朝鮮が米国の友好国となって米国にとって危険を感じる国でなければ、米国は日本を守ろうとしないのだ。そしてその現実が今まさに起きようとしているのだ。その一方で日本は米国の軍隊を日本全土に受け入れることを約束させられ、そのための人的、財政的負担を支払わされている。しかもこれからは「テロとの戦い」という日本の防衛とは何の関係もない米国の戦争の為に、ほとんどすべて日本の自衛隊が使われるのだ。これは大変な不平等条約ではないか。

 実はこの指摘こそ外務省が決して口に出さない、国民に知られたくない点なのである。突き詰めて言えば、日米安保条約は完全にその機能を変えてしまったのである。日米同盟を原点から見直すべき時にきているにもかかわらず、外務省はそれをごまかしているのである。これ以上の怠慢はない。これ以上の不誠実はない。

 それにしてもフルフォードといい、トッテンといい、日本のためを思って「米国から独立せよ」と言ってくれるのがカナダ人や元アメリカ人だけであるというのが、いかにも情けない。右翼も左翼も一致団結して日米関係を見直す努力をすべき時が来ている。彼らに日本国民を思う気持ちがあるのなら、今こそ日本の国益のために、「米国から裏切られる前に、日本のほうから日米関係を見直せ」と日本政府に詰め寄るべきなのである。

 この新安保についての白井さんの論評も、「アメリカに日本を守る義務があるか否か」が最重要論点となっている。それを読んでみよう。

 岸信介内閣時代に結び直された、新安保条約について見てみましょう。安倍首相は、自分の祖父が行なった1960年の新安保条約の締結と、このたびの新安保法制を結びつけて考えています。

 安倍首相は、60年の新安保条約について、次のようなことを述べています。あの頃に安保闘争と言って国民が大騒ぎをしたのは不条理であった、なぜかといえば、彼らは安保のことを理解していなかったからだ、と。岸自身も同じようなことを言っていますが、確かに1951年の旧安保条約には、アメリカには日本に対する防衛義務がなく、アメリカとしては好き放題に基地を使うけれども、有事の際には自分たちの考えで勝手に動くという明白に一方的なものでした。つまり、占領の延長のようなものでしかなかった。岸は、60年の新安保条約で旧条約を相対的に対等なものに変えようとして、ある程度は実現をした。そのことを理解せず、アメリカに国を売った奴だ、といった批判を反対派がしていたのはまったくのナンセンスである、と岸は主張しています。しかしながら、反対派は、60年に新条約になったところで、アメリカの防衛義務は決して厳格なものではない、と批判します。

 どちらの言い分に真実があるのでしょうか。留意しなければならないのは、反対派の60年安保批判は、アメリカとの軍事同盟関係を恒久化する必要があるのか、という疑問を投げ掛ける「そもそも」論であった、ということです。その意味でそれは、条約の対等性・非対等性を問題にしていなかった。このことを無視して、反対派の主張はナンセンスであったと決めつける岸=安倍の論法は、対米従属以外の方針をアプリオリ(無前提)に斥けるものにほかなりません。

 51年の旧条約と60年の新条約には大きな違いが何点かありますが、興味深いのは条約の有効期間です。51年の条約においては、なんと有効期間がありません。未来永劫、アメリカは日本に基地を好きなだけ置き続けて、それでいて、何かあっても必ず守るわけではない。さらに、内乱条項がありました。日本で深刻な内乱が起きて日本の警察力や自衛隊だけで対処できない場合は、米軍が鎮圧する、という条項です。要は、日本国内の行く末についても、アメリカが最終的な決定権を握っていることが、明白な条約なのです。

 岸は安保条約の改正をアメリカに対して持ちかけるにあたって ―これは岸自身が言っていることですが― 最初は相手にもされないだろう、しかし、このように占領軍的性格がむき出しなままでは日本人のあいだに広範な反米感情が生まれてくることを避けられない。だから結局、改正せざるをえなくなるだろう、と考えていました。

 かくして、新安保では、条約の期間が定められました。アメリカから日本に、あるいは日本からアメリカに、この条約をやめましょうといえば、そこから1年で安保条約は失効するという約束になっています。内乱条項も廃止されました。ですから、60年の新条約によって、51年の旧条約が持っていた占領軍的な性格が確かに薄められたということは言えます。

 しかしながら、占領軍的な性格が薄まったとはいえ、先に述べたように、本当のところ、新安保条約においても、防衛義務がありやなしやということが、厳格に決定されていません。そこが、安保体制にまつわる究極的な曖昧さでもあります。もし日米が国策を共有していて、防衛義務について完全に合意し、有効であるのだとすれば、親米保守派の主張する、日米安保体制は日本にとって得な話だという理屈には、それなりの一貫性があることになります。

 そして、今回の新安保法制の件は、同じ理屈の延長線上にあります。すなわち、中国の脅威(それが新安保法制賛同者の主張通りにリアルなものだと仮定して)に対してアメリカが全力で対処してくれるならば、日本の自衛隊がアメリカの戦争へ加勢して少々の血を流すぐらい当然ではないか、というわけです。しかし、もしアメリカに防衛義務がないのだとすれば、その前提はすべて覆ります。

 では、日米が本当は国策を共有しておらず、そしてアメリカの日本に対する立場は中立なものであるとした場合、つまり日本がアメリカにべったりと追随していくことに何の利益があるのか曖昧な場合、アメリカにとって安保体制と在日米軍基地は、純粋に自身の世界戦略のためのものであり、占領の継続だということにもなります。

 そのとき、日本にとって安保体制にはどんな意味があるのでしょうか。それは、国民の利益とは直接に関係がないということになります。とすれば、残る機能は、対米従属の権力構造を維持するための装置としてのそれ以外には、何も見出せなくなる。日本国家の側から見れば、国内の権力構造を維持するために、世界最強の軍隊を自分のところに引き込んだということです。明らかに、51年の旧条約はそのような性格を持っていました。

 また旧条約の内乱条項も、この性格に関係しています。この条項は、安保条約が成立する以前、つまり占領軍としての米軍がいた頃の状況に照らせば、非常にリアルな意味合いを持っていました。戦後間もない頃、東京では、共産党に率いられたかなり戦闘的なデモンストレーションが起きていましたが、それを最終的に止めたのは、米軍です。GHQが解散命令を出して、吉田茂の政府を救ったわけです。

 あるいは、1947年に官公庁の労働組合を中心に計画された、いわゆる2・1ゼネストにしても、最終的にはマッカーサーの命令で中止されました。GHQがいなければ2・1ゼネストは決行されていたわけです。そうすれば、当時の日本の国家権力は崩壊の危機に瀕したでしょう。つまり、占領期においては、米軍は当時の日本の支配構造、国体を守っていたと明確に言えるわけです。

 このように見てくると、岸の企てた安保改正とは、ある側面では安保条約の「国民化」であったと定義できます。露骨な占領軍的性格をある程度まで相対化したことで、日米安保体制を日本国民のための体制とする、日本国民のための安保条約にしていくということを、ある程度成し遂げたとは言えるでしょう。ただし、それはあくまで、日米が国策の根本内容を完全に共有できるという前提があってのことです。

 天木さんからの引用文中に「いったいどれほどの日本人がわずかA4二枚ほどの安保条約に目を通したというのか。」とあったが、これをはじめてよんだとき(約6年前)、私は
「天木さんの指摘に私の耳が痛いと言っている。教科書程度の知識で分かった気になっていた。次回、学習し直すことにしよう。」
と書いている。その時安保全文を順を追って解読をしている大変レベルの高い「60年安保全文」という記事に出会った。それを改めて紹介しておこう、と思ってアクセスしてみたら、「サービスは2015年2月28日をもちまして終了させていただきました」というメッセージが表示されていた。しかし、実は『「60年「改定安保」の問題点(2)」』に転載していたので興味ある方はそれを読んで下さい(しかし残念ながら、その内の前文の解説だけだった。全文転載しておくべきだったと、いま悔やんでいる)
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