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《米国の属国・日本》(2)

対米従属、その内実の変遷(2)


 白井さんは
「複雑な対米従属の構造の原点は、占領期にあります。そこにすでに複雑な構造が発生していました。GHQの占領方針が途中で転換したうえに、それに関連して内部が一枚岩ではなかったからです。」
と書いている。占領期の対米従属については、私はシリーズ「昭和の抵抗権行使運動」の中で、「アメリカ属国化路線を敷いた張本人」と題して、7回(2008年10月3日、4日、10日、13日~10月16日の記事)にわたって取り上げた。そこでは、属国化路線を敷いた張本人としての天皇ヒロヒトの言動とそれに対するGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の対応を追った。これに対して、白井さんはGHQの占領方針の転換に焦点を当てている。

 GHQの中にはGS(民政局)とG2(参謀二部)という二つの有力な分局(セクション)があった。
GSは
 文民出身者によって構成されていた。社会民主主義的な思想を待ったニューディーラーが数多く所属し、民主主義改革について熱心な勢力であった。
G2は
 生粋の軍人によって構成されていた。パワー・ポリティクス的な論理によって、民主化よりもとにかく日本を冷戦構造の中でうまく利用することを重視した勢力であった。

 占領期初期の財閥解体、軍国主義の打破をはじめとする民主主義改革を意図した政策は、そのほとんどがGSが企画立案したもだった。つまり、占領初期においては、GSがGHQにおいて中心的な役割を果たしていたのだった。
 しかしGHQは、東西対立が激しくなると、民主化よりも反共主義の方が優先されるという政策転換が行なった。いわゆる「逆コース」である。朝鮮民主主義人民共和国の樹立(1948年)、続いて中華人民共和国の樹立(1949)、そして1950年には朝鮮戦争が勃発する。そうした中で、日本を民主化することよりも、冷戦構造下のアジアにおける米軍の拠点にしていくことの方が重要視されるようになってきた。

 GHQの政策転換を象徴する事項が1947年2月1日に実施を計画していた「2・1ゼネスト」に対するマッカーサーよる中止命令である。それまでは労働組合の結成や活動を民主化に資するものとして積極的に後押ししていたのが、「逆コース」をたどることになった。1949年立て続けに起こった国鉄三大謀略事件(7月6日下山事件、7月15日三鷹事件、8月17日松川事件)に代表されるように、労働組合、そしてその背後にいる日本共産党への圧力が高まっていった。そして1950年になると、レッドパージと公職追放解除が進行し、自衛隊の前身である警察予備隊が組織されて再武装が着手される。この一連の事件は、GSとG2の関係が逆転したことを表している。

 以上のようなGHQの政策転換に応じて対米従属の内実も変化していく。白井さんは「確立の時代」「安定の時代」「自己目的化の時代」という三つの時代区分を提示して、その変化を次のように解説している。

 「確立の時代」というのは、占領期から保守合同による55年体制の成立を経て、おおよそ60年の安保闘争あたりまでを指します。この時期が「確立の時代」だというのは、逆に言えば不安定な時期だったということでもあります。敗戦後の社会の根本的な不安定さの中で、支配層からすれば、何とかしてこの構造を確立させなければならなかった。またこの頃は、共産主義革命の可能性がまだリアルに感じられた時代です。それが、60年安保を支配権力の側か乗り切ったことで、何とか一定の安定に到達したわけです。

 そこから対米従属の「安定の時代」に入りました。この時代に日本は、「安定」を背景として驚異的な経済的成功を収めます。この状況を決定的に終わらせたのは冷戦構造の崩壊でした。ですから、「安定の時代」は冷戦終焉までということになります。

 冷戦が終わった時点で、日本が無条件的な対米従属をしている合理的な理由が無くなりました。なぜなら、「共産圏の脅威」があったからこそ、米軍の駐留を無限延長させ、アメリカを親分として仰いできたはずだからです。ところが、その後の25年間に何が起きたかというと、かつては依存と自立の志向が複雑に絡み合ったものであった対米従属構造が変質し、盲目的従属が深まっていくという摩詞不思議なことが起こったわけです。

 「確立の時代」と「安定の時代」においては、対米従属は、まずは強いられたものであったと同時に国を復興しなければならないという合理的な理由づけから始まり、共通の敵に一丸となって対峙するため、という理由づけがなされました。この二つの時代においては、対米従属を正当化することが可能だったわけです。

 ところが、90年代以降は、明らかに正当化が難しくなりました。その中で、日本の対米従属の特殊性、その歪んだあり方が際立ってきています。やめられないのはなぜか。それが「自己目的化」しているからです。明確な目的、国を復興させて、国民を豊かにしようという目的があり、そのための手段として対米従属があったはずが、いまや対米従属することそれ自体が目的になってしまった。

 こうして、90年以降から現在まで、55年体制から本当の意味で脱却することに失敗し続けた結果、今日の日本はまさに「永続敗戦レジーム」の名にふさわしい状況になってしまったわけです。

 ここで「永続敗戦」という概念が出てきた。白井さんは「序論」の中で、この概念の意味を次のように解説している。
「最も簡潔に言えば、負けたことをしっかり認めないので、ズルズルダラダラと負け続けることになる、という状態を意味します。」

 この概念の初出は白井さんの前著『永続敗戦論』である。そこでは加藤典洋著『敗戦「後」論』 を分析しながら、この概念に到達している。その部分を引用して置こう。

 話を加藤典洋の議論に戻す。そこにおいて問題とされるべきはむしろ、加藤が『敗戦「後」論』という枠組みで問題を提起していることである。右に述べてきたように、今日表面化してきたのは、「敗戦」そのものが決して過ぎ去らないという事態、すなわち「敗戦後」など実際は存在しないという事実にほかならない。それは、二重の意味においてである。敗戦の帰結としての政治・経済・軍事的な意味での直接的な対米従属構造が永続化される一方で、敗戦そのものを認識において巧みに隠蔽する(=それを否認する)という日本人の大部分の歴史認識・歴史的意識の構造が変化していない、という意味で敗戦は二重化された構造をなしつつ継続している。無論、この二側面は相互を補完する関係にある。敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。かかる状況を私は、「永続敗戦」と呼ぶ。

 安倍政権は得意げに「戦後レジームからの脱却」というスローガンを繰り返し述べ立て、同じように無知な支持者たちはが喝采をしている。私には、実際に行なっているあからさまな対米従属ぶりからは「戦後レジームの堅持」をしているとしか見えない。で、彼らが言う「戦後レジームからの脱却」とは何かというと、宗主国・アメリカが絶対認めるはずがない、いやまともな日本人が絶対認めるはずがない時代錯誤の大日本帝国の復活なのだ。上の引用文に続いて、白井さんがこうした問題を語っているので、少し長くなるが、その部分も引用して置こう。

 永続敗戦の構造は、「戦後」の根本レジームとなった。事あるごとに「戦後民主主義」に対する不平を言い立て戦前的価値観への共感を隠さない政治勢力が、「戦後を終わらせる」ことを実行しないという言行不一致を犯しながらも長きにわたり権力を独占することができたのは、このレジームが相当の安定性を築き上げることに成功したがゆえである。彼らの主観においては、大日本帝国は決して負けておらず(戦争は「終わった」のであって「負けた」のではない)、「神洲不敗」の神話は生きている。しかし、かかる「信念」は、究極的には、第二次大戦後の米国による対日処理の正当性と衝突せざるを得ない。それは、突き詰めれば、ポッダム宣言受諾を否定し、東京裁判を否定し、サンフランシスコ講和条約をも否定することとなる(もう一度対米開戦せねばならない)。

 言うまでもなく、彼らはそのような筋の通った「蛮勇」を持ち合わせていない。ゆえに彼らは、国内およびアジアに対しては敗戦を否認してみせることによって自らの「信念」を満足させながら、自分たちの勢力を容認し支えてくれる米国に対しては卑屈な臣従を続ける、といういじましいマスターベーターと堕し、かつそのような自らの姿に満足を覚えてきた。敗戦を否認するがゆえに敗北が無期限に続く ―それが「永続敗戦」という概念が指し示す状況である。

 そして今日、このレジームはもはや維持不可能なものとなった。ひとつには、グローバル化のなかで「世界の工場」となって莫大な国力を蓄えつつある中国は、日本人のかかる「信念」が中国にとって看過できない害をなすのであれば、それを許容しはしないということ。そして第二には、1970年代以降衰退傾向を押しとどめることのできない米国は、冷戦構造の崩壊以後、日本を無条件的同盟者とみなす理由を持たない、という事情が挙げられる。そのとき、米国にとっての日本は、援助すべき同盟者というよりも収奪の対象として現れる。だが、こうした客観的情勢にもかかわらず、「侮辱の体制」はいまだ頑として聳え立っている。

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