2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(53)

機密文書「日米地位協定の考え方」(10):内容の検証(7)


《米軍の違法を合法にするための法改正》

 前泊さんは『PART2「日米地位協定の考え方」とは何か』を終えるに当たって「最後に米軍の国内法違反を法改正によって「合法化」したという話をご紹介しましょう。」と述べている。その話とは「村雨橋の闘争」と呼ばれている事件である。その事件の経緯は「BLOGOS」というサイトの記事『忘れてはいけない「村雨橋の闘争」』で読むことができるが、ここでは前泊さんによる解説をそのまま転載しておこう。

 1972年8月5日、横浜市での話です。横浜市の近くには米軍相模原補給廠(相模原市)があって、ベトナム戦争のときに破壊されたり故障したりした米軍戦車や兵器を、補給廠に運んで修理して、またベトナムに送り返すという作業が行なわれていました。

 その日も修理を終えた米軍M48戦車が、大型トレーラーにのせられて横浜港桟橋に待つベトナム向けの輸送船に陸送されていました。ところが大型トレーラーが横浜港のノースドックにつながる村雨橋の手前に差しかかったところで、市民団体によってゆく手をはばまれてしまいます。「大型トレーラーは重量オーバーで、市道が損壊される」というのが公の理由でした。

 根拠となっていたのは「車両制限令」という法律でした。車両制限令というのは、道路が壊れたりしないように「道路構造上の限界を超える重量、路帽を超える車両の通行を制限」する法律です。市道の構造を超える過重量の戦車をのせた大型トレーラーの通行は法令違反になるとして、当時の横浜市長(飛鳥田一雄:後の社会党委員長)が市道の使用を許可しないとしていました。

 戦車をのせた大型トレーラーは、二日間も足止めされ、結局、相模原補給廠に引き返しました。「国内法が米軍にも適用されることを確認した」として、いまも語りつがれている事件です。

 しかし問題はそのあとでした。国内法による米軍の行動規制に、焦った日本政府、外務省は、戦車を足止めした「法的根拠」の解消に動きます。2カ月後の10月17日、政府は車両制限令の一部改正を閣議で決定します。その中身は、「制限令の適用除外」を定めるというものでした。

 閣議で決定された適用除外の内容を、ご紹介しておきましょう。
「〔車両〕制限令の適用除外を、現行の緊急車両のほか、たとえば自衛隊の教育訓練、警察部隊活動の訓練また消防訓練に使用される車両など、公共の利害に重大な関係がある車両および米軍車両におよぼす」(官房長官談話一:1972年10月17日)
 自衛隊や消防車の訓練時に使えないと困るからというのが表向きの理由ですが、まるでつけたしのように最後に書かれている「米軍車両」という言葉を入れるのが最大の目的だったことが、次の文面からわかります。
「(官房長官談話)二、政府は8月上旬、米軍車両の通行・輸送の問題が生じてから現行法令の範囲内で円満に事態の解決がはかられるよう、努力を傾けてきたのであるが、許可権をもつ道路管理者が道路の管理・保全上の理由以外の理由をもって通行ないし輸送の許可を保留するなど、法の適正な運用が阻害される状態が生じるにいたった」
 そしてこう説明をつづけます。
「(官房長官談話)三、政府は種々検討の結果、わが国は条約上、米軍に対し、国内における移動の権利を認めており、他方、車両制限令の他の特例との比較においても米軍車両を適用除外とすることは当然であるとの観点から今回の改正を行なうにいたった」

 つまり、米軍の国内における移動を邪魔するような法律は、改正して米軍の特権を保障したということです。しかも問題が起きてから法改正まで、わずか2ヵ月という迅速な対応をしています。驚きです。

 この結果、
「たとえ市町村の道路が過重量の車両の通行で壊れることがわかっていても、米軍車両なら黙って通しなさい」
という、米軍の特権が法的にも合法化されることになりました。

 では『PART2「日米地位協定の考え方」とは何か』のまとめの記事
《欠陥が多すぎる協定》
を読んで『機密文書「日米地位協定の考え方」』を終わることにしよう。

 沖縄県は、なぜ地位協定の改定に熱心なのでしょうか。それは、日本にある米軍専用施設の74%が、日本の国土面積の0.6%に過ぎない沖縄県に集中して配置されているという過重負担の現状が背景にあります。

 米軍基地の74%が集中しているということは、米軍の基地・米兵犯罪被害の大半が沖縄県に集中しているという現実にぶつかります。そして、その被害を未然に防止したり、犯罪を抑止するためにも日米地位協定の「実効性」が必要というわけです。

 ここで大切なポイントです。沖縄県民はすべて米軍基地に反対しているというわけではありません。現在の知事である仲井真弘多さんは、日米安保を重視する自民党の支持を受けて当選しています。米軍基地の必要性は認めているのです。それでも、日米地位協定については改定を強く求めています。

 沖縄県の「改定要望書」にある次のような記述からも、そのことがうかがえます。
「(沖縄にある)広大な米軍基地の存在は、計画的な都市づくりなど振興を促進するうえで大きな制約となっているほか、さまざまな事件・事故の発生や環境問題など県民生活に多大な影響をおよぼしております。(略)米軍基地から派生する諸問題の解決をはかるためには、米軍基地と隣りあわせの生活を余儀なくされている周辺地域の住民や地元地方公共団体の理解と協力を得ることが不可欠であると考えます」

 広大な米軍基地があることで沖縄は都市計画もままならず、事件・事故、環境問題でも被害を受けている。それなら「全米軍基地の撤去」といってもいいはずですが、仲井真知事は米軍基地の撤去についてはふれていません。「諸問題の解決」を提案し、そのためには基地周辺住民や市町村の「理解と協力を得ることが不可欠」と、まるで基地存続のためのアドバイスをしているようにも読めます。

 そして、理解と協力のためには次のようなことが必要だとのべています。
「そのためには、個々の施設および区域〔米軍基地〕に関する協定の内容について、地方公共団体から要請があった場合、地元の意向を反映できるような仕組みを明記することが必要であり、施設および区域の返還についても同様であります。さらに個々の施設および区域の使用範囲、使用目的、使用条件等、運用の詳細を明記する必要があると考えます」

 米軍基地には、地元の意向も反映できるような仕組みが必要だ。どんな使い方がされているのか外からはまったく見えないような、現状のような米軍基地の運用は改めた方がよい。そういって、要望するふりをして基地存続のためのアドバイスをしているのです。

 敗戦によって駐留を開始したはずの米軍が、サンフランシスコ講和条約によって「主権国家」となった日本の国内に、すでに70年近くも駐留しつづけています。あきらかに異常な「平時における外国軍の長期駐留」に対し、「米軍の〔法的〕地位を明確に律するため地位協定が必要となった」と、「日米地位協定の考え方」(増補版)は地位協定が結ばれた経緯を説明しています。しかし肝心の「米軍の撤退時期」についてはなにも書かれていません。

 そのうえ、すでにふれたように「在日米軍」については、実は「安保条約や日米地位協定上なにも定義がない」ことを、外務省の作成した「日米地位協定の考え方」自身が認めているのです。そのため本来、厳重な規制の対象であるべき在日米軍は、解釈次第でどのような権利ももてる、まさに超法規的存在となっているのです。

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